2008年6月13日


秋葉原無差別殺傷事件

今回考えた側面は 2つ

1) 事件そのもの
2) 報道面



1) 事件そのもの
犯行原因
マスコミが報道するようなテンプレートはもううんざり。オタクも格差社会もインターネットも何を分析しても、よほど変な団体に属していたとかいう事実がない限りどれも決定的な原因にはなりえない。社会は無理やりにでも原因を作りだそう(見つけよう?) としているが、無理。天災レベルだと思うし、防ぐのはかなり厳しい。1% でも凄惨な事件が起きる可能性を下げられるのであればやるべきなのだろうか?

少し考えれば同様の境遇の人間が多数いることがわかる。全員を監視でもするんだろうか。ただ、同様の事件を起こす可能性がある人間はかなりいるということであり、最低でもそういった人間がたくさんいるということを認識しておく必要はある。ある程度までは自衛するしかない。

犯行予告から事件を防ぐのもむずかしい。国は大金をかけて犯行予告から事件を未然に防ごうとするシステムを作ろうとしているが、ハッキリ言って無駄。犯行予告をしている犯罪者が果たしてどれほどいるのだろうか。逆に少数派でしょ。たとえできたとしても、そこからサーバー調べて、IP 割り出して、プロバイダー調べて、許可取って、IP の住所割り出して、住所に行ってという段階までに一体どれだけの時間がかかるのだろうか。これが 5分でできるようになるのであれば多少の抑制効果は生まれるのかも知れないが、権力側によってまったく別の目的で乱用されそうで怖い。

規制
こういった事件が起きると必ず何らかの規制がかかる。今回は特殊ナイフの規制、ホコ天の規制、雇用規制。

もう規制ばかりが増えていっていい迷惑。武器にしても代替手段は無限にあるし、人が集まるところも無数だし、日雇い派遣だけを優遇したところで他の労働者の不満はどうするの? 凶器は包丁で FA?


2) 報道面
事件現場がアキバであったこともあり、デジタルデバイスを持っていた人が多数いたため、文章、画像、映像とかつて無いほどの情報がネット上にあふれている。しかも当日は Ustream を使って 2人が中継していた。

現場から中継した野次馬とマスコミの違いは何? 覚悟? 肩書き? 機材の差?

報道に関わっているというプロ意識と経験、体制の差だろうか。現場から中継した人達に倫理問題や肖像権うんぬんまで認識していた人はいないはず。少なくともテレビというフィルターを通して流された映像とは、結果的に内容は同じだとしても、その差はでかい。とはいえ、NHK で明らかに携帯電話で撮影されたと思われる画質の映像が流れたときにはびびった。

ただ、現場で被害に遭われた方、救助活動に参加された方々の意見がネットに多数上がっているが、読んでいる限りでは、野次馬もマスコミも全く大差がない。他人の不幸は蜜の味がごとく、単なる野次馬根性でしかなく、報道する側は余りにも身勝手。想像力の欠如が顕著。報道されることを拒否する自由もあるはず。

その後の報道も、事件の被害者の環境を根掘り葉掘り報道したり、加害者の人間性を過去の文集やらネットの書き込みから無理矢理、"こんな人だから犯罪を犯す" みたいないつものようなテンプレートを適用したりと意味あるの?

今回の事件は考えさせられることが多く、まだ完全にはまとまらない。


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