2008年05月10日

 

新井裕己メモ 1

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2003/7
滝沢第三スラブ(上) (上毛新聞)
滝沢第三スラブ(下) (上毛新聞)

2007/4
「雪崩は起こるもの」、雪山登山の心得=東大スキー山岳部の新井裕己監督(上) (livedoor News)
「雪崩は起こるもの」、雪山登山の心得=東大スキー山岳部の新井裕己監督(下) (livedoor News)

山スキー
2000/5/3:富士山・測候所からお釜滑降。登り返し、馬の背鞍部から南面の大斜面を滑降。([yamaski:08393]:2000年5月9日 大沢崩れ初滑降の記録(内輪ML向けオリジナル))
2000/5/4:富士山・3550mの小御岳流し最上部から小御岳流しを滑降。([yamaski:08393]:2000年5月9日 大沢崩れ初滑降の記録(内輪ML向けオリジナル))
200/5/5:富士山・富士宮口から登頂。5合目から見て正面の沢を滑降。([yamaski:08393]:2000年5月9日 大沢崩れ初滑降の記録(内輪ML向けオリジナル))
2000/5/6:富士山・大沢崩れ ([yamaski:08393]:2000年5月9日 大沢崩れ初滑降の記録(内輪ML向けオリジナル))

大沢崩れを滑る。滑れるかわからないが、行ってみる。駄目なら登り返すか、死ぬ以外にはないのだろうな。
---
頼りないアイゼンの前爪とシングルアックスでは、かなり厳しいトラバースになりそうだ。さらに悪いことに、氷の下は腐れザラメ。氷面全体が崩れないとも限らない。
落ちたら助からない。そんなことは大沢崩れに入った瞬間から分かり切ったことだ。
ただ幸運なことは、死体を降り積もる落石が覆い隠し、富士山を墓標にできることだろう。遺体捜索も絶対不可能な場所だ。

そう思えば、気が楽になる。
---
水を飲み干す。終わった。また死ななかった。死に場所を探す人生の旅を、まだ終わらせてくれないようだ。

2000/5/27:北ア・白馬岳2号雪渓 ([yamaski:01456] 白馬岳 2 号雪渓)
2001/3/3-4:北ア・十石山 ([yamaski:02180] 3/3 、 4  十石山)
2001/3/8-2?:アラスカ・Valdez ([yamaski:02315] Valdez の感想)
2001/4/14-15:白馬岳/主稜+山頂よりスキー滑降 ([yamaski:02433] 白馬岳主稜登攀・滑降)
2001/4/28:北ア・杓子岳北東ルンゼ ([yamaski:02562] 杓子岳北東ルンゼ)
滑りで人を魅了することができるスキーヤーになりたいと思う。

しかし、山で他人の滑りを見る機会は非常に少ないし、ビデオ撮影でもしない限り、人にそれを伝える手段がない。

だが、山スキーヤーは、雪面にその行為の跡を残すことができる。

滑る瞬間を共有できる人は極々少なくても、シュプールは少なくとも何日かは、行為の痕跡を雪面に記憶してくれる。

それは記録であり、証明であり、芸術である。

山で滑ることは、突き詰めれば自己満足にしか過ぎないし、それが持つ快楽・スリルの虜であることは否定はしない。しかも、命を削るような行為が性に合っているのだから救いようがない。

ただ、その行為が他人に何かを伝えられるのならば、それはそれで悪くない話だと思う。

「あんなところ滑ったアホがいる」
そんなシュプールを描きたい。

それは記録であり、証明であり、芸術であるから。

命の削りカスはこんなにも美しいのだ。

2001/4/29:杓子岳天狗菱ルンゼ ([yamaski:02563] 杓子岳天狗菱ルンゼ)
美しさに狂気を感じることもあれば、狂気に美を感じることもある。天狗菱ルンゼは、そこを滑るというだけで、狂気を感じさせるルートだろう。スケールは標高差300mほどで、小ぢんまりとしているが、世界中どこに出しても恥ずかしくない、狂気の美を表現できるだろう。

とはいうものの、やっている本人には、それほど危ないことをやっている感覚はないのだ。一般的な感覚との比較で狂気は計られるのであって、本人は自分の上限を押し上げようと努力しているだけのことである。結果、そこに美が生まれればそれは幸いであるが、美のために、狂気の ために動く主義ではない。

2001/4/29:北ア・杓子岳東壁 ([yamaski:02564] 杓子岳東壁)
2001/5/14:富士山御鉢クリフジャンプ ([yamaski:02645] 富士山御鉢クリフジャンプ)
2001/5/19:富士山吉田大沢 ([yamaski:02697] 富士山吉田大沢)
2001/11/23-25:北ア・立山 ([yamaski:03057] 立山巡礼)
2001/12/21-27:北ア・槍ヶ岳北鎌尾根 ([yamaski:03165] 北鎌年末一番乗り)

2002/1/13:北ア・焼岳 ([yamaski:03279] 1/13焼岳)
2002/1/26:上越・放山 ([yamaski:03386] 放山と雪崩講習)
2002/2/2-3:北ア・十石山 ([yamaski:03422] 2/2-3十石山)
2002/2/24:上越・上州武尊 ([yamaski:03524] 2/24上州武尊・剣ヶ峰)
2002/3/2:上越・谷川岳・一ノ倉沢・三スラ下部 ([yamaski:03589] 近況報告)
2002/3/3:上越・谷川岳・西黒沢本谷 ([yamaski:03589] 近況報告)
2002/3/4:北ア・白馬八方尾根ガラガラ沢のひとつ東の沢 ([yamaski:03589] 近況報告)
2002/3/8:上越・シャルマン火打・放山 ([yamaski:03589] 近況報告)
2002/3/10:上越・谷川岳マチガ沢 ([yamaski:03589] 近況報告)
ちなみに、山スキーでギャラリーの度肝を抜くのはスピード、クリフジャンプ、雪崩、大転倒くらいでしょうか。

2002/3/16-17:北ア・小蓮華山直登ルンゼ ([yamaski:03641] 3/16・17 小蓮華山直登ルンゼ・杓子尾根)
2002/4/11:北ア・鹿島槍ヶ岳北壁正面ルンゼ「Doze in heaven」 ([yamaski:03821] 速報・鹿島槍北壁正面ルンゼ)
2002/4/15:北ア・天狗岳北壁 ([yamaski:03849] 天狗岳北壁)
2002/4/24:北ア・北穂高岳コブ尾根 ([yamaski:03931] 4/23・24奥穂高岳コブ尾根・扇沢連絡ルンゼ初滑降(?)とオマケ)
2002/5/3:南ア・北岳大樺沢右俣 ([yamaski:04030] 5/2~5北岳大樺沢右俣)
2002/11/21-24:北ア・奥大日岳東面 / 北ア・浄土山北東面 ([yamaski:04356] Re: 立山滑り)
2002/12/15:上越・火打岳 ([yamaski:04427] 12/15 火打岳未遂)
2002/12/27:北海道・富良野岳 ([yamaski:04455] 最近の北海道・ファット衝動買い・奥大日)
2002/12/28:北海道・愛山渓・沼ノ平 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2002/12/29:北海道・愛山渓・沼ノ平 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2002/12/30:北海道・永山岳北尾根 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2002/12/31:北海道・愛別岳・白川尾根 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)

2003/1/1:北海道・当麻岳 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2003/1/2:北海道・永山岳北尾根 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2003/1/3:北海道・永山岳北尾根 ([yamaski:04474] 愛山渓年末年始)
2003/1/8:北海道・羊蹄山墓地ノ沢コース ([yamaski:04482] ニセコひらふ・東山・羊蹄山(墓地ノ沢コース))
2003/1/9:北海道・チセヌプリ・ニトヌプリ ([yamaski:04490] チセ・ニト・余市岳・尻別岳)
2003/1/10:北海道・余市岳 ([yamaski:04490] チセ・ニト・余市岳・尻別岳)
2003/1/11:北海道・尻別岳 ([yamaski:04490] チセ・ニト・余市岳・尻別岳)
2003/1/14:北海道・三段山 ([yamaski:04507] 三段山・美瑛富士)
2003/1/15:北海道・美瑛富士 ([yamaski:04507] 三段山・美瑛富士)
2003/1/17:北海道・富良野岳・ジャイアント尾根 ([yamaski:04513] 旭岳スキー場・富良野岳ジャイアント尾根)
2003/1/20:北海道・ニペソツ山東壁「Bum's Life」 ([yamaski:04523] ニペソツ山東壁オンサイト滑降(厳冬期単独ワンデイ登頂))
「山はそこにある。誰かが滑って初めてそれはラインになるんだ。」

2006/1/25:上越・西頚城・権現岳「RIP」 ([yamaski:07437] 西頚城・権現岳「RIP」初滑降)
僕が権現岳のある能生を訪れるようになり、それに伴って雪崩の啓蒙活動に関係するようになったのは、ある女性の影響によるものだ。 モンペ姿の彼女は、5年に渡って注ぎ込んだエネルギーをひとつの形に結実させた直後、これまたその以前に彼女がエネルギーを注ぎ込 んだ山の中で、スキー中に亡くなった。あまりにドラマチック過ぎる人生の幕引きだった。

それ以後も何人もの仲間が雪崩に埋まって命を落としている。

僕にできることは、山を滑ることでその山に意味を持たせることかもしれない。願わくば、それが記憶に残る作品にまで昇華させられるなら、滑り手としてこんなにうれしいことはない。

激流のような人生を送った彼女と、激流のような雪崩に命を失った権現岳の下に眠る人々へ、このラインを捧げたい。

2006/2/28:北ア・不帰岳2峰中央 ([yamaski:07556] 不帰2峰中央の北寄り)
2006/3/?-?:アラスカ・Valdez

2007/1/10:北ア・五竜岳一ノ瀬髪南北 ([yamaski:08306] 新時代到来?)
2007/1/12:北ア・白馬八方尾根大岩シュート・大抜 ([yamaski:08306] 新時代到来?)
2007/1/13:北ア・白馬乗鞍 ([yamaski:08306] 新時代到来?)
2007/1/14:北ア・白馬八方尾根大岩シュート・大抜・大抜南 ([yamaski:08306] 新時代到来?)
2007/1/16:北ア・不帰岳2峰中央 ([yamaski:08306] 新時代到来?)
2007/1/30:北ア・不帰岳1峰北面「Non-diploma」 ([yamaski:08363] 不帰ノ嶮1峰北面)
2007/2/4:稗田山北壁「Out of boundary」 ([yamaski:08384] 稗田山北壁)
僕が今のスタイルを確立したのは、富士山大沢崩れをオンサイトで滑降したときでした。それからというもの、崩壊地に対する興味が心のどこかにあるのです。 作家幸田文の随筆集「崩れ」とのシンクロニシティなのかも知れませんが、彼女と同じように、崩壊地を訪れたいという気持ちは常に持ち続けてきました

2007/2/14 - 3/1?:カナダ ([yamaski:08603] カナダ)
2007/3/17-23:北ア・立山 ([yamaski:08605] 3月立山)
2007/12/23: 北ア・八方尾根・大抜、無名沢 (Laboratorism)
2007/12/26:北ア・八方尾根無名沢 (Laboratorism)

2008/1/2:北ア・遠見尾根・一ノ瀬髪 (Laboratorism)
2008/1/11:上越・清八ノ頭 (Laboratorism)
リフトからさっき滑った清八ノ頭のラインが見える。

完璧。
会心のライン。
美しい。

斜面の難易度や、雪の良さなんかどうでもいいんだ。
真っ白なキャンバスに1回限りのラインを描く。

思い通りのラインを描けたとき、山は自分の一部になる。
そんな気がする。

そのために滑ってるんだと思う。

清八ノ頭は2000mぽっちのどうでもいい山かもしれないけど、一生記憶に残る山になった。

  明日の雪で消えちゃうのがもったいないくらいだけど、それもまたスキーの儚さ。

2008/1/15:上越・苗場山東面 (Laboratorism)/([yamaski:09103] 1/15 苗場山東面)
2008/1/28:飯士山西面「Iiji Slider」 (Laboratorism)/([yamaski:09139] 飯士山西面)
「ラインに芸術性を求めている」と発言してきた。

そそり立つ絶壁は美しい。
白い正三角形も美しい。
狭く細いルンゼも美しい。

そして、作られた滑り台のような地形が、自然の中に現れる奇跡も美しいと思う。

そういうところを滑ることに意義を見いだしている自分は、新しい土地でぐるりと山を見回す瞬間に、ある種の興奮を覚えさえする。

2008/2/9:八海山西壁「Vice-decision」 (Laboratorism)/([yamaski:09176] 八海山西壁)
2008/2/11:大毛無山 (Laboratorism)
2008/2/18:鍋倉山 (Laboratorism)
2008/2/22:乙妻山北東斜面 (Laboratorism)
2008/3/1:霊仙寺山 (Laboratorism)
2008/3/8:戸隠・1888mピーク北東面 (Laboratorism)/([yamaski:09283] 戸隠・1888mピーク北東面)
2008/3/30:妙高・神奈山北面 (Laboratorism)/([yamaski:09352] 妙高・神奈山北面)
2008/4/4:八方尾根・無名沢 (Laboratorism)
2008/4/6:天狗原~唐松沢~横前倉山 (Laboratorism)
2008/4/7:北ア・白馬大雪渓 (Laboratorism)/([yamaski:09389] 白馬大雪渓状況)
2008/4/9:北ア・白馬鑓中央ルンゼ (Laboratorism)/([yamaski:09419] 白馬鑓中央ルンゼ)
2008/4/12:北ア・八方尾根・無名沢 (Laboratorism)
2008/4/22:北ア・五竜岳B沢 (Laboratorism)/([yamaski:09454] 五竜岳B沢)

ACML
1996/7/30-8/11:1996年-TUSACの夏合宿報告
1996/12/13-15:八ヶ岳/広河原沢/右俣・左俣
1996/12/26-30:南岳西尾根~槍ヶ岳

裏目は裏目なりに (Laboratorism)
やっぱり山のレベルって「ビビリ度」なんでしょうね。
だから初登攀や初滑降はえらいんであって、2人目以降はビビリ度は低くなるもんですから。

そういう意味では最近では八海山「Vice-decision」、もろビビリました。心折れた。
苗場山東壁やらIiji Sliderは全くビビってません。行けるのわかってるもん。

というわけで、やっぱりオンサイト以上の、オブザベ無しの行き当たりばったりってのが一番ビビリます。当たり前ですが。あー心がひりつくわあ。

そういうのってなかなか評価されるものではないけど、個人的にはそういう感覚、一番大切にしたいところです。

PJML は未チェック。


 
 
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2008年05月05日

 

北の国から・・・。

玉田さん

北海道に行った際にはいつも泊めていただいていた。毎年足繁く北海道に通っていたのも、彼に会いたかったからだったかもしれない。一回り以上年上なのに "彼" というのは失礼かな。

2年前に千代志別でグランドフォールして骨盤骨折し、札幌で 2週間入院した時は、毎日顔を出して下さり、感謝しても仕切れないくらいお世話になった。

元々は 15年以上前の文部省登山研修会で同じ班になったのがきっかけだった。北海道の数々のクライマーとのつながりができるきっかけでもあった。


故人のご冥福をお祈りいたします。

非常に残念でならないし、全くもって意味不明。

立て続けの訃報でさすがにきつい。人生がこんなに辛いと感じたのは初めてかもしれない。しばらくダウナー。

散る桜 残る桜も 散る桜

訃報 (がんばれ、私。)
再び身体論 (CRAFT)
桜はまだ咲いているのに (massy's climbing blog)



北海道は異常なほど暑かった。札幌郊外の石山緑地の巨石の間をぶらぶら。ここいいですね。

石山緑地


 
 
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2008年05月04日

 

ブラインドサイト

ついでなので、もう 1つエベレストネタ。

(2007/12/21 ジェネオン エンタテインメント DVD)


チベットの盲学校の生徒が、盲人として初めてエベレストに登ったエリック・ヴァイエンマイヤーと共に、エベレストのそばにある、ラクパリ峰(7000m) への登頂を目指すドキュメンタリー。

事前準備から、トレーニング風景、登山過程すべてを追っているものの、五体満足者の上から目線、先進国のエゴが強く感じられ、純粋には楽しめなかった。

途中で発生する盲学校教師と山岳ガイド感での諍いも見苦しいし、収録する必要はあったの? 結局、登頂はできず、気まずさは解消できないまま終わってしまう。

今回の登山の目的が "友情と連帯" であり、撤退の理由も "友情と連帯" であった。エリックを含めて、ガイドの目的は生徒達を登頂させることであり、登山の目的は登頂である。その点が、盲学校の教師が掲げる "友情と連帯" とのずれである。"友情と連帯" が目的であるなら、わざわざ危険を冒して登山などしなくてもいいのではと思ってしまうし、"友情と連帯" は登山の過程で 十分育まれるモノだと思う。

純粋に生徒達の頑張りだけに焦点を当てた方が良かったのではと思ってしまう。

それにしても、映像にある、チベットでの盲目者に対する差別は想像以上だった。チベットはまだまだ文明的には未発達だと言うことでしょう。

DVD は盲目の方でも楽しめるように、実際のナレーション以外に、音声案内の音声が入っており、演歌の合いの手ではありませんが、随所に状況を説明するナレーションが入ります。もちろんオフにすることも可能です。


映画自体は、昨年都内で公開された。結局見に行く機会を作れず、とりあえず DVD だけ買ったまま積んであったモノ。まだまだ見てない DVD が十数枚ある・・・。GW中に見れるかな。


 
 
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2008年05月03日

 

エベレスト山頂からの360度パノラマ

引き続きエベレストネタ。

Mount Everest-360 degree panorama view from Top

エベレスト山頂からの 360度のパノラマ画像を見ることができます。ライブカメラではなく、画像をつないで 360度のパノラマ画像を作っています。

エベレスト山頂からの 360度のパノラマ画像

This fullscreen panorama was published in connection with the 50 year anniversary in May 2003, for the first who reached the top of Everest

2003年 5月に撮られた写真が元になっているようです。

他にも、数百のパノラマ写真を見ることができます。クライミング系の写真はどれも酔いそうです。難点はサーバーが重いこと。


 
 
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2008年05月02日

 

イライラ聖火登頂待ち エベレスト登山、警備で足止め

イライラ聖火登頂待ち エベレスト登山、警備で足止め - 国際 (asahi.com)

例年、チベット側、ネパール側の二つのルートから登山隊が挑むが、中国は今春、聖火登頂のためにチベット側で聖火以外の登山隊を閉め出した。その直後に騒乱でチベットには入れなくなり、ネパール側には例年より10隊近く多い約40隊が集結。ネパールは中国の要請を受け、「ネパールと中国の関係を害する旗や横断幕の持ち込み禁止」「デジタルカメラやビデオ、衛星電話の使用を制限」などを登山規制に盛り込んだ。入山路にチェックポイントを設け、各隊の荷物検査を強化。BCにはネパール軍兵士、警官が常駐して登山隊を監視している。

さらに、5月10日まで第2キャンプ(C2、6500メートル)から上部の登山活動を禁止。C2に武装兵士を配置し、発砲も辞さない構えだ。

原因は政治的ではありますが、他人の国で "登るな" と言われたら登れないですね。

ネパールにおける登山申請の詳細を知らないのですが、法的な根拠のある契約書を交わしているのでしょうか。条項次第では登山活動の規制を受けるというのは問題になるのではないでしょうか。

チベットでのトラブル発生が 3月だったことは別にしても、聖火が中国側から登ることは去年の段階でわかっていたことなので、ネパール政府の対応がイマイチです。

入山料等の観光収入だけで成り立ってる国なので、今後の収入を左右してくる問題でもあるはずです。いまだ政情が不安定なネパールに対して、正論ぶったことを書いてること自体がおかしいのかもしれませんが・・・。

関連リンク
聖火エベレスト登頂隊、国の威信かけ追い込み訓練 (asahi.com)
三浦雄一郎さん、チベット側からのエベレスト登頂を断念 ネパール側へ変更 (AFPBB News)
チベット側からのチョモランマ清掃登山 中国政府が不許可に (livedoor ニュース)
三浦雄一郎さんが野口健さんと合流 (MSN産経ニュース)



北京オリンピックの聖火リレーにあわせて各地で活発に行われている Free Tibet の活動ですが、実際の Tibet問題の話はどこか棚上げされた感があります。

日本のマスコミは、中国なしでは成り立たない企業群がスポンサーなので、取り上げる問題は各地での聖火リレーにおけるトラブルのみ。しかもアジる方向性でしか取り上げないので火に油。

日本政府の対応も右へ倣えで、政党問わずほぼ同じ。

そんなんだからか、ネットでの反応は脊髄反射的な反中国的な書き込みばかり。冷静な分析をしている情報を探すのに一苦労。

不買運動やデモをしている極一部の中国人に特に問題があるとは思えず(むしろ当然の反応)、やっぱり中国政府の対応に問題あり。最近はどこの政治も現実の早さに追いついていない。


 
 
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2008年05月01日

 

剱岳で不明の男性 遺体で発見

剱岳で不明の男性 遺体で発見 (NHK 富山のニュース)

4月26日から北アルプスの剱岳に1人で登山にでかけたまま行方がわからなくなっていた48歳の男性が、1日昼前、山の谷筋で遺体で見つかり、警察では、尾根から滑り落ちたのではないかと見ています。 遺体でみつかったのは、栃木県宇都宮市の会社員、藪内淳志さん(48)です。

藪内さんとは山で一度、ジムや岩場で数回会うだけでしたが、明るく気さくな性格と関西弁が非常に印象的な方でした。

故人のご冥福をお祈りいたします。


 
 
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2008年04月30日

 

新井さん。

#1 : Blog が見れるようになりました。
Laboratorism - 新井裕己のハードコア人体実験生活

追記:各ニュースサイトからのリンクでアクセスが集中し、サーバがダウンする問題が起きていましたので、一時的にサーバダウンの回避策としてBLOGに規制を入れさせて頂きました。 現在、アクセス問題も落ち着きましたので、BLOGを解放致します。故人新井裕己のBLOGをご覧下さい。

#2 : ニュースの続報です。
日本を代表する山岳スキーヤー、新井裕己さんが死亡=長野・五竜岳 (livedoor ニュース)
長野県警大町署によると、28日午前8時12分、県警航空隊がヘリから新井さんらしき姿を発見した。即座に救助に向かったが、すでに死亡しており遺体を収容した。新井さんは斜面に向かって水平に横たわり、顔を雪面に体をくの字型の曲げて、うつぶせ状態で死亡していた。辺りには古いなだれの形跡があったが、滑降跡はなかった。

 遺体の上部約100メートルの地点に片方のスキー板が垂直に突き刺さっていた。スキー板と遺体の間には、新井さんのスキーポールや手袋、ヘルメットがあった。29日にこれら遺品を新井さんの友人らが回収した。

 だが、もう片方のスキー板は確認されていない。一部で「山頂付近には、新井さんのものとみられるスキー板が刺さっていた」との報道がなされたが、県警は山頂付近ではスキー板を確認していない。山頂付近から誤って滑落したのではなく、滑降中の事故と見られる。




暑かった高崎。

「あちぃ~、仮死状態の実験失敗」とか言って起き上がって来るかと思ったけど、そんなことはなかった。

最後に顔が見れて良かった。ちょっと痛々しかったけど。


彼との最初の出会い、というかやりとりは、奇しくも山で死んだ人を巡ってのメールであった。日付は 1999/7/26。もう 9年近くも前だ。

新井 Wrote:
新井は倫理的にブラック(一般常識から見て・本人には非常に論理的に感じるものの)ですから、何かしら気分を害するような表現があっても、つっこまないようにお願いします。

と書いてあるにも関わらず

えのきど。 Wrote:
新井君自身がもう一度「人間性」を考えた方がいいと思います。

と、初対面であるにもかかわらず、彼の人間性を否定するようなつっこんだメールをしている。今読み返しても変なメールだ。彼は昔から歯に衣着せず、ジャーゴン満載の語り口調の文章を書いていた。

そのメールでは、人の死に対して

新井 Wrote:
死に対して何かしらの意味を持たせているのは人間だけで、そのスタンスも歴史的社会的に変容し続けるものです。生身の生き物に対する接点が減少する現代社会では死というものも軽薄になるものだなあと感じた次第です。

と書いているが、君の告別式に参列している限りでは決してそんなことはなかったよ。


彼は、追悼Blog の数々を見ても分かるとおり、山スキーでもクライミングでも様々な人に大きな影響を与えていた。サプリやロルフィングがここまでクライマーに広まったのは、彼の功績に他ならない。

個人的に、彼の凄さはその情報発信にあったと考えている。

彼が Blog を始めたのは今年からと遅かったが、雑誌媒体、ML等での情報の発信量、影響力は昔から群を抜いていた。

山スキーでもクライミングでも彼と同レベルのことをやってる人はいるが、彼と同じレベルで情報を出し続けている人は皆無だ。どれだけ凄いことをしていても、発表しない限りは誰にも影響を与えることはない。

もちろん、山スキーもクライミングもしょせんは自己満足のスポーツ(冒険) だし、記録の発表は本質的なものではない。しかし、記録等の情報の発表から受けるコミュニケーションによって、昇華された情報から得られる価値とスピードは非常に大きく、そんな情報の処理の仕方は絶妙だった。Blog全盛の昨今では当たり前となっている手段ではあるが、遙か昔から彼は実践していた。

しかも、自分みたいに、引きこもって単に 2次情報を集めるようなことではなく、常に体を張って濃度の高い 1次情報を発表し続けていた。今度、彼が嫌いな東京に来た時に、クライマー間での情報共有の方法についていろいろと話す予定だったのにできなくなってしまった。残念でならない。

先月、1ヶ月ほどこの Blog を更新していない時期があった。

新井@Laboratorism、です。

ども。

更新頻度の高いブログが急に更新されなくなると、読者は心配になります。恒例のデスマーチでしょうか?

生きてたらメールください。
当方で理由説明しておいてあげるからw。

これが彼との最後のやりとりになった。あれだけ幅広く活動してるのに、良くここまで気が回るものだと驚いた。本当にありがとう。

R.I.P。


彼の記録に関してはまた別エントリーにてまとめる予定です。

三歩

関連エントリー
山岳スキーヤーの新井裕己さん、北アで死亡 (2008/4/28)


 
 
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プロフィール

えのきど。

管理人:えのきど。

寿命って・・・寿命って何の約束?・・・

誰が寿命なんて約束してん?

っていう最彼なブログです。

1991/4
高校山岳部で山歩き開始。
2003/4
山岳会でクライミング開始。
 
 

お知らせ

1ヶ月遅れくらいでぼちぼち更新いたします。
 
 



 
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