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中国・梅里雪山で遭難、日中登山隊の遺品発見

ソース

遭難自体は 1991年で、まだ山を始める前でしたので詳細は知りませんが、年々発見される遺体の記事や AACK 出身の本多勝一氏の著書(書名は忘れました) などで読み、概要だけは頭の隅にありました。この話は、梅里雪山だけに言えることではなく、同様な例は過去に数多く、特に温暖化が著しい近年は、氷河が溶け出しているエベレストをはじめ、ヒマラヤ周辺やヨーロッパアルプス、デナリ周辺でも昔の遭難者が見つかっております。今後植村直己さんが発見されるということもあるかもしれません。

それにしても、地元で聖山として崇められている山に登ろうとして遭難し、地元に博物館を作ると言うのは少しどうかとは思います。登山者は時として、山ならどこでも登っていいと勘違いしますが、決してそんなことは無く、人間が勝手に所有者を決めているだけとはいえ、地元によって守られている山や、私有地も多々有ります。あくまでも登らせてもらっているという謙虚な気持ちが大切でしょう。

参考情報
京都大学学士山岳会(AACK)のホームページ




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