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なぜ人は山を登るのか 「垂直の情熱」について 沢木耕太郎 x 山野井泰史

(週刊現代 5/1 日号 講談社)
なぜ人は山を登るのか 「垂直の情熱」について 沢木耕太郎 x 山野井泰史

山野井泰史さんと沢木耕太郎さんの対談が本日発売の週刊現代に出ておりました。テーマは "なぜ一人なのか" です。本の出版にあわせての対談だと思いますが、インタビューのたびにまた違った話が出てきており、今回も新鮮でした。ほとんど抜粋に近い形に成ってしまいましたがまとめてみました。

山野井さんは "小学校 5年生のときに山に登りはじめて、悲しいぐらいそれが好きになった。以 来、28年間 1日たりとも山のことを考えない日はなかったと思う。" くらい山に熱中し、一人で登る理由として、"失敗してもいいから自分で決断して実行する。それがすごく気持ちいい。"、"感動の度合いが違う"、"10人で行くと見えるものが 1/10ですものね" などを挙げています。

行き詰っている人が現代には多いという話では、"1人で右往左往するのが苦痛なんじゃないですか、普通の人は。・・・その右往左往がいいんですよね。"、"パターンを知らない。僕らはいろんなパターンを知っている。" と簡単に片付けていますが、確かにマニュアル大好き人間、要領だけはいい人間が多い日本では、何か1つトラブルが有ると臨機応変に対応できなくなり、行き詰ってしまいますね。そういった意味では一人で考えて行動できることの重要性が浮き彫りになっています。

さらに一般の人に対して、"他の人はヘタクソだな、人生の楽しみ方知らないなって思います。これを僕みたいな人間が言うと反感を買うかもしれないけど。"、"僕はそんなに社会とは接してないけど、他の人が悩んでいることが僕にとってはどうってことないように思える。すこしかっこつけて言わせてもらえば、生きるか死ぬかの瞬時の判断を年に何度かしているわけですね。そうすると、この下界でのことというのは、どうってことないじゃないかって。命取られるわけじゃないし、なんでそんなにビクビクしなきゃならないのって思う。" と過激なことを言ってますが、自分に対して物凄い自信があり、かつ自分自身をしっかり信じ切れてるから言えることですね。

その後、ギャチュンカンでの遭難の話になり、指を切断してしまってからヒマラヤでの第一線でのクライミングを断念し、"正直「助かった!」と思いました。"、"これで普通になれるかなと思いました。" と言ってますが、その後クライミングを再開し、"退院してからの半年、ものすごく充実しています。だって、クライマーとしての歴史をもう一度繰り返すことができているんですからね。今まで何十年かかけて積み重ねてきたことを一気に経験してるんです、毎日。" と、またクライミングができる喜びを語っています。どこまでも限りなく前向きですね。

最後に "後悔って一つもないですね、今までの人生において。" 、奥さんが "好きなことをやったんだから泣きごとなんか言う気になれない、私は。" と言って締めています。

指のなくなってしまった手の写真が出てますが、この手でよくクライミングをしているなぁと思います。


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コメント (2)

小笹さん、はじめまして。コメントありがとうございます。


"集団中で、充足感を味わった事が無いのでは?"

これは小笹さんがご指摘の通りだと思います。山野井さんは中学時代から今日まで、ほぼ単独に近い形での登山に邁進してきているため、集団行動での十分な満足感というのは感じたことが極度に少ないと思われます。


しかしながら、組織の中の方が輝ける人もいれば、逆に個人での方が輝ける人もいると思いますし、社会はそれぞれがバランスよく釣り合って成り立っているのではないでしょうか。ですので、"生き切ったと" と思えるかどうかも、個人的には本人の考え方次第ではないでしょうか。

リストラはそれなりに衝撃的なことだと思いますが、当方はどちらかというと山野井さんのスタンスに近い考え方です。会社はあくまでも自分がやりたいことを実現する場所であって、踏み台にすぎません。

組織を維持するため、会社のために働いているわけではなく、自分のために働いています。

ただし、会社の存在は社会を幸せにするためであり、会社の方向性と自分のやりたいことの方向性が一致しているということが前提です。それであれば、別にどこの会社でも構わないと思っています。

ちなみに山野井さんは、必要最低限の稼ぎしか得ておりません。原則自給自足に近い生活を送っています。この記事は極論しか書かれていませんが、他人に感謝しないということは決してありません。

"しかし、一つの人生において他者と何の係わり合いも無い人生、他者に感謝しない人生に、どんな意義・意味が、有るのでしょう。他者の痛みも感じない傲慢な人生など、なんの意義があるのですか?"

人生の意義は人それぞれだと思います。決めつける方こそ "傲慢" なのではないでしょうか。

当方56歳。お尋ねします?
1.4/16付 朝日新聞:文化欄(編集委員:小滝ちひろ)
“ソロで生きる意識を(沢木耕太郎)”
「自分一人ですべてをコントロールできる仕事をしてきたからではないか。集団でする仕事だと、最高度の努力をしても生き切ったとは思えないじゃないか。」
所詮、集団中で、充足感を味わった事が無いのでは?例えば、スポーツでのラグビーであれ、サッカーであれ、野球とか自分のポジションを弁え、勝利という一つの目標に向かってひたすらに努力・奮闘する事を味わった事が無いのでしょうか?会社組織の中でもしかり、個々が自分のポジション(立場・能力)を、弁え一つの目標に向かって努力する。組織の中では、充足感・充実感を味わえないと言うシラケ鳥がいたら・・・?
私は、この様な人とは仕事を一緒にしたくはない。

(登山家の山野井泰史・妙子夫妻)「(リストラされて挫折するのは)ソロで生きてこなかった人たちだからだよ。そんな時、僕たちはたちすくまないよね。」
「ソロで生きると、一人で道を覚え、選択するが、集団だと全体について考えない。同じ時間を生きても濃さが違う。」
「問題はソロで生きていける人たちがパーティーを組んでるかどうか。パーティーに加わりながらソロで生きていく力を蓄えるあり方は、その人の自由度が増す」
確かに、組織の中で自己を埋没させないように努力は必要ですが、誰だって、急にリストラされたらすくみます。恥ずかしい事ではないのです。現に山野井夫妻でも互いが相談相手では?
2.“なぜ人は山を登るのか・・・・”
「10人で行くと見えるものが1/10です」
「マニュアル大好き人間、要領だけはいい人間が多い日本では、何か1つトラブルが有ると臨機応変にできなくなり、行き詰まってしまいますね。そういった意味では一人で考えて行動できることの重要性が浮き彫りになっています。」
「さらに一般の人に対して、“他の人はヘタクソだな、人生の楽しみ方知らないなって思います。”~(中略)~かつ自分自身をしっかり信じ切れているからいえることですね。」
一人で生きて、一人で死ぬ。これは観念論では確かです。でも、どう足掻いたって社会の・世間の中で生きていくのです。生きている中で、助け合い、感謝をするのです。山野井夫妻でも、他者から(会社)組織から支援を受けているのでは?他者の援助が無ければ、戸惑うのでは?自己完結な・自己充足感のみの生き方など有りません。山に入り、世捨て人的な生活をおくるのも良いでしょう。しかし、一つの人生において他者と何の係わり合いも無い人生、他者に感謝しない人生に、どんな意義・意味が、有るのでしょう。他者の痛みも感じない傲慢な人生など、なんの意義があるのですか?


 
 
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