新井さん。
#1 : Blog が見れるようになりました。
Laboratorism - 新井裕己のハードコア人体実験生活
追記:各ニュースサイトからのリンクでアクセスが集中し、サーバがダウンする問題が起きていましたので、一時的にサーバダウンの回避策としてBLOGに規制を入れさせて頂きました。 現在、アクセス問題も落ち着きましたので、BLOGを解放致します。故人新井裕己のBLOGをご覧下さい。
#2 : ニュースの続報です。
日本を代表する山岳スキーヤー、新井裕己さんが死亡=長野・五竜岳 (livedoor ニュース)
長野県警大町署によると、28日午前8時12分、県警航空隊がヘリから新井さんらしき姿を発見した。即座に救助に向かったが、すでに死亡しており遺体を収容した。新井さんは斜面に向かって水平に横たわり、顔を雪面に体をくの字型の曲げて、うつぶせ状態で死亡していた。辺りには古いなだれの形跡があったが、滑降跡はなかった。
遺体の上部約100メートルの地点に片方のスキー板が垂直に突き刺さっていた。スキー板と遺体の間には、新井さんのスキーポールや手袋、ヘルメットがあった。29日にこれら遺品を新井さんの友人らが回収した。
だが、もう片方のスキー板は確認されていない。一部で「山頂付近には、新井さんのものとみられるスキー板が刺さっていた」との報道がなされたが、県警は山頂付近ではスキー板を確認していない。山頂付近から誤って滑落したのではなく、滑降中の事故と見られる。
暑かった高崎。
「あちぃ~、仮死状態の実験失敗」とか言って起き上がって来るかと思ったけど、そんなことはなかった。
最後に顔が見れて良かった。ちょっと痛々しかったけど。
彼との最初の出会い、というかやりとりは、奇しくも山で死んだ人を巡ってのメールであった。日付は 1999/7/26。もう 9年近くも前だ。
新井 Wrote:
新井は倫理的にブラック(一般常識から見て・本人には非常に論理的に感じるものの)ですから、何かしら気分を害するような表現があっても、つっこまないようにお願いします。
と書いてあるにも関わらず
えのきど。 Wrote:
新井君自身がもう一度「人間性」を考えた方がいいと思います。
と、初対面であるにもかかわらず、彼の人間性を否定するようなつっこんだメールをしている。今読み返しても変なメールだ。彼は昔から歯に衣着せず、ジャーゴン満載の語り口調の文章を書いていた。
そのメールでは、人の死に対して
新井 Wrote:
死に対して何かしらの意味を持たせているのは人間だけで、そのスタンスも歴史的社会的に変容し続けるものです。生身の生き物に対する接点が減少する現代社会では死というものも軽薄になるものだなあと感じた次第です。
と書いているが、君の告別式に参列している限りでは決してそんなことはなかったよ。
彼は、追悼Blog の数々を見ても分かるとおり、山スキーでもクライミングでも様々な人に大きな影響を与えていた。サプリやロルフィングがここまでクライマーに広まったのは、彼の功績に他ならない。
個人的に、彼の凄さはその情報発信にあったと考えている。
彼が Blog を始めたのは今年からと遅かったが、雑誌媒体、ML等での情報の発信量、影響力は昔から群を抜いていた。
山スキーでもクライミングでも彼と同レベルのことをやってる人はいるが、彼と同じレベルで情報を出し続けている人は皆無だ。どれだけ凄いことをしていても、発表しない限りは誰にも影響を与えることはない。
もちろん、山スキーもクライミングもしょせんは自己満足のスポーツ(冒険) だし、記録の発表は本質的なものではない。しかし、記録等の情報の発表から受けるコミュニケーションによって、昇華された情報から得られる価値とスピードは非常に大きく、そんな情報の処理の仕方は絶妙だった。Blog全盛の昨今では当たり前となっている手段ではあるが、遙か昔から彼は実践していた。
しかも、自分みたいに、引きこもって単に 2次情報を集めるようなことではなく、常に体を張って濃度の高い 1次情報を発表し続けていた。今度、彼が嫌いな東京に来た時に、クライマー間での情報共有の方法についていろいろと話す予定だったのにできなくなってしまった。残念でならない。
先月、1ヶ月ほどこの Blog を更新していない時期があった。
新井@Laboratorism、です。
ども。
更新頻度の高いブログが急に更新されなくなると、読者は心配になります。恒例のデスマーチでしょうか?
生きてたらメールください。
当方で理由説明しておいてあげるからw。
これが彼との最後のやりとりになった。あれだけ幅広く活動してるのに、良くここまで気が回るものだと驚いた。本当にありがとう。
R.I.P。
彼の記録に関してはまた別エントリーにてまとめる予定です。
関連エントリー
山岳スキーヤーの新井裕己さん、北アで死亡 (2008/4/28)

