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黒部横断

せっかく山スキーを始めたので、スキーの機動力を生かした山行をしてみたくなり、黒部横断をしてきました。

ラインはもはやクラシックとなっているラインで、澤田さんが 2004年におこなった記録を参考にしました。

澤田実のチャレンジ 黒部横断 11時間18分 (ディナフィットNEWS)

さらに言うと戦国武将の佐々成政が 1584年の冬におこなったと記録されている "さらさら越え" のラインともかぶるので、まさにスーパークラシック。



日向山ゲート(3/21・4:40/1000m) - 扇沢(6:10/1420m) - 針ノ木大雪渓 - 針ノ木峠(10:30/2536m) - 針ノ木谷 - 黒部湖(13:00/1430m) - 中ノ谷 - ザラ峠 (20:00/2348m) - 湯川谷 - 立山駅(3/22・12:45/480m)

1DAY を狙いましたが全然無理で、途中のオープンビバークも含めて結局 32時間かかりました。水平移動距離は 38km、登りの累積標高差が 2454m、下りは 2974m。

とにかく雪が少なく、たび重なる渡渉と高巻きに肉体的にも精神的にもかなり削られました。立山駅までの林道にもまったく雪がなく、スキーを使えず、かなり余計に時間を食いました。

あとは絶対的な体力不足のおかげでビバークを余儀なくされました。とはいえ、黒部の山奥に、一瞬でしたが、最初から最後まで誰にも会うことなく、1人でどっぷりと浸かれて、黒部の持つプレッシャー、緊張感などかなりいい勉強になりました。



当初は 3/20 に出発する予定だったのですが、雨のために 1日順延し、3/20 は信濃大町で読書にふけっていました。

3/21、日向山のゲートに車をデポして 4:40 分に出発。天気は文句なしの快晴で、星がきれいに見え、東の空には三日月が顔を出していました。

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日向山ゲート

部分的に凍った林道をスニーカーで、扇沢に向けてアプローチ。とにかく全行程踏破が目的だったため、体力は温存する方向で、比較的ゆっくり目のペースでスタートしました。

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扇沢

すべてのシャッターが下りている扇沢ターミナルには 6時頃に到着。"監視カメラ作動中"、"トンネルは施錠されています" という看板を横目に、スキー靴に履き替え、スキーを付けて針ノ木雪渓に降りました。雪面にはいつのものかわからない、スキーとわかんの古いトレースが残っていました。

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針ノ木大雪渓下部

トレースは大沢小屋あたりまで続いていました。下部の堰堤は埋まってはいるものの、真ん中からは越えられず、右岸側から高巻きました。雪質はザラメでシールがよく効いて快適でした。

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針ノ木大雪渓上部

マヤクボ沢との分岐あたりから勾配が急になり、直登出来なくなったためジグを切って上がるも、それもすぐにできなくなり、アイゼンに切り替えました。

しかしながら、昨日積もったと思われる雪が 15cm ほどあり、軽いラッセルとなり、結構消耗しました。傾斜が緩くなったところで再度スキーに履き替えました。やっぱりスキーの方が楽です。

針ノ木峠のすぐ下までスキーで頑張り、最後の 10mだけつぼ足で担ぎました。針ノ木峠には 扇沢から 4時間かかって 10:30 に到着。予定より 30分オーバー。

天気は、やや風は強いものの、鹿島槍方面も、槍ヶ岳方面もきれいに見え、最高でした。

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針ノ木峠より爺ヶ岳、鹿島槍方面

これから下る針ノ木谷も思っていたほどは傾斜が強くなく、雪質も安定していたので、針ノ木峠から滑りました。上部はかなり広いバーンだったので、大きくラインを取り、スピードを殺しながらの滑降、デブリが出始めてからは転ばないように、ラインを選んで滑りました。

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針ノ木峠よりこれから下る針ノ木谷。正面奥が槍ヶ岳

谷はすぐに狭くなり、ゴルジュっぽくなって来たあたりから水流が顔を見せ始め、雪渓も水流で分断されており、頻繁に渡渉するはめになりました。本谷に合流するまでの 20回ほどのスキーの着脱で精神的にかなり参りました。しかも雪はぐずぐずのザラメで、つぼ足になったとたん腿まで潜る状態に、かなり体力を奪われました。

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針ノ木谷。本谷合流手前

本谷に合流し、谷が広くなり、幾分滑れるようにはなったものの、それでも渡渉は数回あり、雪渓が厚いため、渡渉地点のルーファイに難儀しました。

おかげで、黒部湖に着いた時点で体力的にも精神的にも結構参っていました。黒部湖へは 13時に到着。

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黒部湖。湖面は遥か彼方でした

黒部湖は 50m 程の幅広い川。湖岸は砂浜状態で全身砂まみれになり、おまけにヘドロみたいなものも随所に溜まっていました。

平ノ渡あたりで、下半身すっぽんぽんになって一気に渡渉。川幅が広いため、深い場所でも太腿程度で済みましたが、水が半端なく冷たく、感覚が戻るのに結構時間がかかりました。

今回は、出発前に澤田さんにヒアリングをしており、その時の情報では、中ノ谷出合へはスキーで行けたとのことでしたが、対岸に雪は全くなく、中ノ谷出合は完全に川になっており、とてもスキーで行ける状態ではありませんでした。仕方がないので、怪しげな亀裂の入った雪壁を登り、小さな尾根を越えて中ノ谷に降りました。

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中ノ谷出合

澤田さんの情報だと、中ノ谷ゴルジュは雪で埋まっていて、スキーで通過できたとのことでしたが、現状は雪渓が完全に崩壊していて、怪しげなスノーブロックが引っ掛かっている状態で、とても普通に通過できる状態ではありませんでした。

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中ノ谷ゴルジュ。高巻にかなり苦労しました

仕方がないので、右側の尾根(左岸側) から高巻けそうだったので、右の尾根から巻きました。しかしながら、この巻きが一苦労。ラッセルは太腿だし、樹林帯に入るとザックに付けたスキーが引っ掛かって邪魔だし、最初は上がりすぎで崖にぶつかって降りれなくなり、高度を下げて再度トラバースして何とか滝の上に出ました。結局ここの通過だけで 2時間以上かかりました。

滝を超えてからは、傾斜のない斜面が延々と続きます。水流は完全に雪渓の下なので、ラインを考える必要はほとんどないのですが、両岸からのデブリ跡がもの凄く、いちいち足を取られて難儀しました。

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中ノ谷中部。デブリの処理に時間を取られました

中ノ谷はゆるい傾斜がだらだらと長く、行けども行けども高度を稼げず、1900m あたりで日没。暗い中でも、ザラ峠のシルエットは上に見えているのですが、なかなか近づいてこない。しかも登るにつれて風が強くなり、雪面もアイスバーンになってきて、気を抜くと後ろに滑り出す始末。体力はもう限界に近い状態でしたが、ザラ峠まで行ってしまえばあとは下るのみと考え踏ん張りました。

結局ザラ峠に着いたのは 20時となり完全に闇。峠は体ごと飛ばされそうな強風が吹き荒れていました。

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ザラ峠。恐ろしいほどの強風でした

反対側の湯川谷へのルンゼはかなり急で、雪の状態もアイスバーンだったため、上部はアイゼンで降り、傾斜のだいぶ落ちた 2000m あたりでスキーに履き替えました。

スキーを履いても、ヘッドライトで見える範囲しか滑れないので、ゆっくり慎重に下りました。

温泉の匂いが強くなって来たらすぐに堰堤が出現。突然スパッと切れ落ちており、危うく 10m ほどダイブするところでした。ここは右岸側の雪がつながっている個所をアイゼンで降りました。

次の堰堤も右岸側がかろうじて雪がつながっていたので、ここからアイゼンで下降。しかしながら、シュルンドが頻繁に現れはじめ、足もパンパンでスキー操作も危うくなってきたので、樹林帯まで少し上がり、簡単に雪洞を掘ってオープンビバーク。

暗くなっても動いてればいいやと考え、軽量化のためにビバーク装備を何も持ってこなかったので、スキーを敷いて、ザックを履き、大型のスタッフバックをかぶって着のみ着のままでビバークしました。やや寒くはあったものの、朝まで快適に寝れました。



5時半頃から明るくなってきたので、荷物をまとめて出発。天気は、雲が垂れ込めてどんよりとしており、すぐに雨が降り始めました。

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ビバークポイントより湯川谷下流域

シュルンドを適当にかわしつつ、基本的には右岸を滑りました。松尾谷の出合あたりで、地図にない林道にぶつかり、そのまま林道を滑りました。左岸へ渡って少し行くと、泥鱒池への底板が外された吊橋に出ました。

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底板を外された吊橋。ここでルーファイミス

澤田さんの記録に

板の外されたつり橋を渡って右岸へ

という記述があったため、結構怖い思いをして吊橋で右岸に渡り、右岸を下降するも、地形図にはない、大崩壊地にぶつかりすぐに行き詰ってしまいました。

吊橋まで戻ろうか、それとも前方に見えている目的の橋まで頑張って降りるか逡巡しました。何か動いたと思って、ふと下を見るとカモシカが崖の手前の斜面を下っていました。カモシカが下れるなら降りられるだろうと考え、アイゼンに履き替えて下りました。何箇所か怖い箇所もありましたが、無事に河原に降り、大崩壊地の下部を早足で通過してからスキーに履きかえました。

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赤線が実際に通ったライン。たぶん緑線の方がベスト

その後、堰堤を 2箇所、スキーを脱いで越え、湯川谷の目標とした橋へ。ここからはヒアリングの情報通り。左奥にある索道の発着所に行きそこから前方下部に見える川原の橋を目指して滑り降りると、地形図には載っていない林道に出ます。あとはこの林道を立山駅までひたすら滑るのみです。

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湯川谷の目標の橋周辺

澤田さんの記録だと立山駅付近までスキーで行けたようですが、今年は雪が全くなく、サブ谷付近で雪が絶え絶えとなり、ここからスニーカーに履き替え、歩きに切り替えました。荷物は重くなるし、ザックに付けた板は強風であおられるしで、おかげでここから 2時間以上も歩く羽目に。スキーで行けたら楽だったろうなぁ。

途中に一箇所、堰堤で林道が分断される箇所があります。堰堤に付けられたハシゴも下りられるのですが、結構怖いので、すぐ右手に走っている索道跡を歩いてから林道に出ました。

今日は朝からずーっと雨、おまけに 8時頃からは強風も吹き始め、完全に暴風雨状態。立山駅に着く頃には、全身びしょ濡れですっかり身体が冷え切ってしまいました。

結局立山駅が見えてからも、駅周辺の道がよくわからず、右往左往した揚句に、工事関係者の橋を渡って駅へ。駅員しかいない、さびしい立山駅への到着は 12:40 でした。

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富山電鉄立山駅

本当は富山で美味しい魚をつまみに、のんびり一杯やりたいところでしたが、今日中に信濃大町で車を回収して帰らないと行けなかったので、"ますのすし" で我慢。

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特選 ますのすし

日向山のゲートで車を回収し、閉まる寸前の大町温泉郷でお風呂に入り、途中で仮眠を取りながら東京に戻りました。



積雪期の黒部横断はやっぱり総合力が問われると強く感じました。あとは体力。どちらかというと滑り重視のスキー板だったので、足への負担が重く、トレーニングとしてはよかったのですが、ツアー用のもう少し軽い板とビンディングが欲しくなりました。


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コメント (4)

> きじばとさん

すっかり、コメントを見落としておりました。失礼いたしました。

いつもコメントいただきありがとうございます。

楽しんでいただけているとのことでなによりです。拙いブログですが今後ともよろしくお願いいたします。

いつもブログ覗いています。
私は20才前にひざを壊して登山を止めました。
親戚の先輩が雪の白山で死んだので親戚中に登山禁止令は出ていましたが、ひざがままならないので逆らいませんでした。
会社の寮で同室の男が毎週北アに行っていました。
この記事のコースも自慢してました(夏でしたが)
このリアルな記事興味深深です。
50才で中高年登山再開したのでもう体験できない世界ですが
ブログで楽しませていただいています。感謝!
素人のコメントですいません。

いつもお世話になっています。

軽さを視野に入れたらやっぱり TLT ですね。ただ現状の自分の技術では何をもってきても豚に真珠なので、来シーズンになったら考えてみます。

> 軽い板とビンディングが欲しく

当方、初期のDynafit TLTにMLT4(編み靴)を使用してます。
当初から装着に不満があり、「軽さのメリットには仕方ない」と思い続けてきたのですが。

http://www.youtube.com/watch?v=eAsESyTn3fo

を見て「目から鱗」、さっそく道具を点検。で、原因が判明しました。

9年前のモデルなのでメーカーもショップも甘さがあったようです。(いわゆる初期不良)
靴のソールを削り、ビンディングのヒールを付け直してステップインが可能となりました。

つまり、何を言いたいか?TLTには誤解も多いが「くせ」を理解すれば最強ですyo。

最近はTLT対応のテレ靴も出て来ましたが・・・なんか違うような。


 
 
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