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講演会 アーカイブ

2009年3月 8日

第 30回 高所順応研究会

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昨日に引き続き、今日も都岳連海外委員のお仕事。今日は今年で 30回目を迎える、高所順応研究会。今回は、竹花晃さん、塩田純一医師、柏澄子さんをお呼びして行いました。



■ 高所順応の基礎知識 - ネパールでの実際 - 竹花晃氏
高所順応の基礎知識に関して。

急性高山病、高所肺水腫、高地脳浮腫等の高所障害の説明から始まり、対応するための高所順応の方法、日本での高所トレーニング、現地での環境順応法、高山病になってしまったときの対処法など、多岐にわたる内容でしたが、スライドが非常に簡潔にまとめてあり、わかりやすい内容でした。



■ 高所障害の実例と対処 - 塩田純一医師
塩田医師には毎年講演をして頂いているものの、短時間で駆け足気味だったので、今年は 2部に分け、時間を多めに取っておこないました。

近年の学会で発表された、最新の高所障害に関する論文の説明から始まり、高所障害に関してより医学的、専門的に解説されました。

最近は、より低所から酸素を使用した登山をおこなうため、身体がきちんと高所に順応しないまま、登山活動に入り、何かアクシデントがあると、身体への影響が大きくなり、問題になる例が多くなっているそうです。



■ 登山中の突然死と高所登山 - 柏澄子氏
柏さんの専門分野、登山における突然死、特に高所登山での例を挙げながら説明されました。

高所における突然死は、遺体の回収も難しく、死因の特定が難しいため、低山の突然死以上に、不明点が多いとのことでした。

柏さんは昨年、本を上梓された後も、突然死に関する取材は続けられているそうです。

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その後は Q&A の時間を 30分ほど取って終了となりました。

関連情報
東京都山岳連盟 高所順応研究会にて (旅の空)

関連エントリー
第 28回高所順応研究会 (2007/2/4)

2009年3月 7日

山野井泰史講演会「奥多摩の山・世界の山」

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今日は都岳連海外委員のお仕事。社団法人東京都山岳連盟 60周年記念式典の一環としておこなわれた山野井さんの講演会のヘルプで参加しました。

山野井さんの講演会は、初めて山に登った 幼少期の写真から始まり、去年の熊に襲われた後までを 1時間でざーっとまとめられました。

内容を箇条書きで

  • ヨセミテでクラックを登っていたことが世界に繋がった。クラック技術、プロテクション技術、荷揚げなど、ビッグウォールのテクニックは現在は余りはやらないけど重要だった。この頃は、空手着や柔道着のズボンで登るのがはやっていた。
  • トール西壁を単独で登ったことによって、単独行の自信がついた。
  • パタゴニア・フィッツロイは非常に孤独を感じ、精神的にかなり追い詰められた。しかしながら、孤独は山にとっては必要不可欠な重要な要素。
  • ブロードピークが最初の高所登山。高所でも比較的強いことが分かった。
  • この頃は冬季の富士山の荷揚げのバイトをしていた。都合 11年やって、200回以上積雪期に登っている。
  • 富士山で怪我をしてから、奥さんの妙子さんと奥多摩に引っ越す。静かな生活を送りたかった。あえて情報からは距離をおいた生活。
  • 92年のアマダブラムは体調悪かったが、登るときだけは調子が良かった。
  • 94年のチョー・オユー南西壁は自分のベスト 5 に入る。
  • レディースフィンガーは食料が足りなかった。8日間の食料で、12日間をもたせた。クライミング用のチョークを食べていた。
  • マカルー西壁は取付きから見て無理だと思った。地球上にはまだ課題が残っている。幸せなことです。
  • クスムカングルは今までで一番難しかった。5.9 くらいの壁を 1300m プラブーツでフリーソロ。これ以上難しい登山はいまだにやっていない。
  • 2000年の K2 は上部で韓国隊と合流したし、所々でフィックスロープをつかんでしまったので、単独とは言えないし、登山スタイルとしても良くない。この頃が一番体力があった。
  • ギャチュンカンの話をするのはもう飽きた。でもいい登山だった。世界で 15番目の高峰。
  • 退院してから半年後に四川に行って、過去に写真集で見た山を見つけて運命を感じ、復活のきっかけにしようと思った。
  • 手足がすぐに凍傷気味になってしまって困った。クライマーとして、まだ死んではいないことを証明したかった。
  • グリーンランドのオルカはあっけないほど簡単に登れた。グリーンランドには未踏の山はまだまだたくさんある。登山のレベルは高くないけど、地図から壁を探して登るという探検的要素が面白かった。テレビをつけたのはお金の問題。
  • 2008年に行ったハンテングリは薄い酸素の中で登れるかのチェックに行った。まだシーズンが早かったので、人が少なくて楽しめた。
  • キルギスのキャラバンは 35度の中で大変だった。スイカとメロンの原産地で毎日食べていた。
  • カラフシンの壁では 1000m を 1日で登らねばならず急いだ。1ピッチ 30分で 30ピッチ、15時間。最後の 300m は大雪。下降中にみぞれに変わり、壁は滝になり、その中で 1晩ビバーク。下に降りてから、小川が濁流に変わっていて、徒渉で流され死にそうになるが、大内さんに助けられた。
  • 今はのんびりとした生活を送っている。情報に流されることなく次に登る山を考えたい。
  • 熊が出るくらい自然豊かなところで生活できて幸せ。奥多摩の山も、世界の山も分け隔てなく美しく魅力的。
  • 年を取っても、動けなくなるまで登っているでしょう。



「まだ顔が完治していないので、人前には余り出たくない」とのことでしたが、遠目にはほとんど違和感ない感じでした。

今日は午後から用事があったので、山野井さんの講演だけ聴いておいとましました。とは言え、ここに来たら、ARMS に行かないと、ということで、お昼は ARMS で食べました。

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都内で一番好きなハンバーガー屋さん

関連情報
Breakthrough -- 突破する力 山野井泰史 (朝日新聞グローブ (GLOBE))
ー山野井通信ー

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競う ライバル物語 山に生きる登山家夫婦の絆 (2004/4/5)
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2009年1月29日

第 6回新日本ヒマラヤ会議

もう今週末ですが、面白そうなイベントを伺ったので紹介しておきます。

第 6回新日本ヒマラヤ会議

日時:2009年2月1日(日) 10:00 ~ 17:00
場 所:国立オリンピック記念青少年総合センター センター棟311号室
参加費:3000円 (資料代含む)
申込・問い合わせ:日本ヒマラヤ協会 (Tel:03-5659-9160)

当日のスケジュール
9:30 - 受付け開始
10:00 - 「 パキスタン現地報告と登山の情報 」 日パ旅行社 大住恵子
10:20 - 「高所環境の生理学」  群馬大医学部教授 齋藤繁
11:50 - 昼食
12:50 - 中国 ムスターグアタ 山梨県山岳連盟
13:30 - ネパール「テンカンポチェ」  松本CMC
14:10 - インド「カランカ北壁登山報告」Giri Giri boys 
15:00 - インド 「カメット南東壁報告」 平出・谷口 
15:40 - 「テイクイン・テイクアウト」 HAJ 中川裕
16:10 - 「ヒマラヤの遭難事故処理ついて」 HAJ 岩崎洋
17:00 - 閉会



残念ながら当方は今週もジャパンカップの準備のため参加できません。

2008年12月 5日

竹内洋岳「14プロジェクト」報告会

12/5東京体育館で行われた、竹内洋岳さんの報告会を聞いてきました。久しぶりに竹内さんにお会いしました。

竹内洋岳「14プロジェクト」報告会

司会、進行役は柏澄子さん。今夏の遠征に同行された平出和也さんも同席されました。

日本人初の8千㍍峰14座を目指す竹内洋岳(たけうちひろたか)は、今夏、パキスタンのガッシャーブルムⅡ峰とブロードピークの登頂に成功、10・11座目を達成しました。昨年ガッシャーブルムⅡ峰で雪崩に遭い300㍍滑落。奇跡的に一命をとりとめ、今年復活を果たしました。今回はカメラマンの平出和也が同行、カラコルムの美しい映像を上映します。



最初に、去年のガッシャブルムII、今年の遠征(ガッシャブルム、ブロードピーク) のダイジェスト映像を 10分ほど見てから報告会はスタートしました。

雪崩の時の話、平出さんがスカルドに駆けつけた話、日本でのリハビリ、そして今年の遠征へと話は進み、最後にこれから先の登山についてを話し、Q&A でしめました。

雪崩に関してはかなり詳細に覚えているそうで、エアレスキューの専門家が近くにいた、ムシャラフ大統領が動いて軍のヘリが出動した、平出君や加藤君が来てくれたなど、かなりの偶然が重なって、また登山に戻れる身体で日本に戻れたと話されていました。

日本でのリハビリは基本的に何もせず、体調の管理のみ。ただ、やっぱり自分の力で山を下りれなかったことが気持ち悪く、どんな状況であってもベースキャンプまでは行く予定だったそうです。

ガッシャブルムII で事故現場に戻っても寂しさしか感じなかったし、その場にはいたくなかった。平出さんも、現場ではカメラを回しにくかったとおっしゃってました。

今回ビデオのカメラマンとして同行された平出さんですが、自分を撮るのが好きでカメラを回しているので、今回は完全に竹内さんを撮ることに専念し、完全に黙って撮影していることが辛かったとおっしゃっていました。

竹内さんは今やっている 14座プロジェクトはあくまでもこれまでやってきた登山の流れの中にあり、14座を目標に登ってきたわけではないし、これからも特にこだわるつもりはない。しかしながら、やるからには残りの 3座はここ 3-4年で登り、それぞれラインを考えて登られるとのことでした。



竹内さんにお会いするのは久しぶりでしたが、元気そうで何よりでした。出てくる発言もよく練られており、ハッとさせられることもたびたびでした。

今週は講演を 3回ほど聞きましたが、一番いい講演でした。

参考情報
ありがとうございました! (登山家・竹内洋岳 公式ブログ)
竹内洋岳さん報告会 (旅の空)

ガッシャブルムII

ブロードピーク

2008年12月 2日

第 22回 海外登山女性懇談会

第 22回 海外登山女性懇談会

12/2 に国立オリンピックセンターで行われた、日山協主催の『第 22回 海外登山女性懇談会』に参加してきました。

今回のゲストはチーム 84 の山岸亮子さんと東京YCC の坂口紀子さん。進行役としてライターの柏澄子さんが担当されました。

第 22回 海外登山女性懇談会

山岸さん、坂口さんがスライドを利用して各々 30分ほど講演したのち、柏さんも交えて簡単にディスカッション、参加者との Q&A を行いました。



今回のテーマは子育てをしながらの海外クライミング

山岸家のみずほちゃんはまだ 4歳ですが、これまでの山岸家のクライミングにはほとんど同行しています。

子連れクライミングに行く際に気をつけている点として、

- アプローチが平坦で危険性が少ない(懸垂等がいらない)
- 岩場の基部が比較的平坦で遊べる
- クライマーが少ない(迷惑をかけないように)
- 伝染病の危険性が低い
- 治安が良い国を選んで行っている

という点を挙げていました。また、国内ではこれまで訪れていなかったマイナーエリアで、いいルートとの出会いが多々あったそうです。

それに対して坂口さんは、お子さんは親に預けることが多く、子連れで行った海外クライミングは 2-3回、シャモニとヨセミテのみでした。ただ一緒にクライミングはせず(できず)、キャンプを楽しむ程度だったそうです。フリーではなく、アルパインクライミングがメインだとそういう傾向になりそうですね。



恥ずかしながら、坂口さんに関してはよく知らなかったのですが、1995年から毎年海外クライミングに行かれており、最初はシャモニ周辺の一般ルートから始まって、ミディ南壁、ドリュなどのバリエーションにも行かれています。またヨセミテでではエルキャプ、ハーフドームでのビッグウォール、パタゴニア・セロトーレ、アラスカ・ムースズトゥース、ハンティントン西壁、ハンター北壁などなどと凄い経歴。女性でハンター北壁登っている人は皆無なのでは?

特に 2007年は春にアラスカ・ハンティントン西壁、夏・シャモニ・レム針峰群、秋・フォンテーヌブロー、冬・シャモニ・アルジェンエール周辺でのアイスクライミングと本当にカタギの会社員ですかと疑いたくなるように海外に行かれていますが、来年は勤続 20年だそうです。会社の昼休みにトレーニングをされているそうで、時間の使い方が上手いんだろうなぁと思います。



その後のディスカッションでは、山岸さんの旦那さんも交えて、みずほちゃんが走り回る中、アットホームな雰囲気でほのぼのと行われました。柏さんがうまく場をまとめていました。

第 22回 海外登山女性懇談会



講演会の後は、近くの居酒屋で飲み。坂口さんとお話ししたかったのですが、山岸みずほの乱に破れ、断念。残念。



ここ最近は子連れクライマーも増えているようで、各地で似たような集まりも多々見受けられます。家族でクライミングを楽しめるというのは、社会にクライミングを根付かせていく上では必要なことですし、これまでクライマーの三大北壁(就職、結婚、子供) とされていた壁の難度も下がっていくのではないでしょうか。

関連情報
海外登山女性懇談会 (旅の空)

2008年12月 1日

平山ユージ トークイベント

THE NORTH FACE40周年イベント・DO MORE WITH LESS 40 YEARS OF THE NORTH FACE の一環として行われた、平山ユージさんのトークイベントに参加してきました。場所は表参道・Spiral Cafe。会社から自転車で 5分。

平山ユージ トークイベント

平山さんは、THE NORTH FACE とほぼ同級生で、3ヶ月後に 40歳となります。The North Face の生い立ちと、平山さんの生い立ちを絡めたところから話は始まりました。以下概要を箇条書きで。

  • 当初は山道具を買うつもりで登山用品店に行き、カラビナを見ていたら店員の檜谷さんに声をかけられたのがクライミングを始めるきっかけ
  • 日和田山の岩場でクライミング開始。最初は 5.10b も登れず
  • クライミングを始めて 1年半ヨセミテへ。とにかくアメリカの岩場へ行きたかった。半年滞在し、目的であった当時アメリカ最難のルートを落とす (Phenix?)
  • Camp4 の有名なボルダー・Midnight Lightning(v8) を繊細に登っているヨーロッパのクライマーを見て、ヨーロッパに行きたくなる
  • 帰国後、ヨーロッパを想定したトレーニングをし、岩場を登る。日本のルートはほぼ登り尽くしてしまったので、開拓へ
  • 1年 2ヶ月ほどバイトをしてお金を貯め仲間とヨーロッパへ
  • 想定どおりだったため高難度ルートを次々と落とし、当時ヨーロッパ最難だった Specialist をクライミングを始めて 4年半で落とす
  • 目的がなくなってしまい、しばらくぼーっとしていたが、今後はクライミングプロの道へ進むことを決意
  • そんな時、クライミングコンペの国際大会に参加してみたら 8位に入り、プロとしてアピールする場をコンペに移す。スポンサーがつく
  • 出場した 2回目の大会で、あこがれだったシュテファン・グロバッツより上位に入り、プロとしてやっていく確信を持つ
  • アメリカの大会から招待されたついでに、昔からオンサイトで登ろうと思っていた Sphinx Crack(5.13b/c)オンサイトで落とす
  • このオンサイトの発想から、当時まだフリーのラインは 2本しかなかった、El Capitan のフリールートの 1本、サラテ(Salathe) をオンサイトでトライしようと考える
  • オンサイトには失敗するものの、バックアップしてくれている仲間の力を感じることができた
  • その後、ヨーロッパに戻ってコンペ生活を送る。当時 30戦以上出た国際大会で優勝は 10戦以上8割以上は表彰台に立っている
  • コンペツアー中に、El Capitan の North America Wall がフリー化(エルニーニョ/El Niño) されたことを知り、再度オンサイトトライをする
  • そのためのトレーニングで、アメリカツアーを行うが、当時アメリカ最難ルートであったクリプトナイト(Kryptonite/5.14c) にトライし、第 2登するが、ロープに指を絡めて中指を剥離骨折。現在も治っていない
  • 帰国後、日本最難ルートとなる Flat Mountain(5.14d/15a) を 14年越しで完成させる
  • 2003年秋にエルニーニョ(El Niño) オンサイトトライ。結果的には失敗するも得られるものは多かった
  • スペインで当時のオンサイト最難度記録となる White Zombie(5.14b)オンサイトする
  • その後は再度コンペの舞台に戻るも、世界のトップレベルと互するには厳しかったため、岩場をメインの場にする
  • ここ最近はボルダーをメインに登っていた
  • 現在できることを考え、ハンス(Hans Florine) から誘いを受けていたスピードクライミングに再トライ
  • 2002年に作った記録(2:48:55)は、2007年フーバー兄弟によって塗り替えられていた(2:45:45)
  • 6月の時点ではトレーニングのつもりで行ったが、記録を出せてしまった(2:43:33)
  • そして秋の本気トライで、フーバー兄弟の記録を 8分縮める記録をたたき出した(2:37:05)
  • ハンスの年齢は 44歳で、年齢的にもこれが最後のトライになる
  • 1分記録を縮めるのに 1年かかるので、8年は塗り替えられないのでは

適当に補足
  • 今回の講演の 6割は『ユージ ザ・クライマー』で読むことができます。平山さんのより詳細を知りたい方は是非。
  • ヨーロッパに渡ってからの活躍はダッチビデオの Vol.1 / vol.2 に詳しく出ています。
  • 1996年にオンサイトした Sphinx Crack(5.13b/c) は未だにオンサイトの記録が無いどころか、トラッドルートにおけるオンサイト記録となっています。
  • ワールドカップで総合優勝したときの映像は『不朽神話』に詳しく出ています。
  • 当時アメリカ最難ルートであったクリプトナイト(Kryptonite/5.14c) の完登シーン、指を痛めたシーンは 『the professionals』で見れます。
  • Flat Mountain(5.14d/15a) の完登シーンは『Live in Japan』で見れます。
  • エルニーニョ(El Niño) のオンサイトトライは『Ledge to Ledge』で見れます。『To the Ledge』も併せて見るとよりいっそう楽しめます。

ノーズ・スピードクライミングの時のギア。クイックドローがずいぶん多い気がします。
ノーズ・スピードクライミングの時のギア。クイックドローがずいぶん多い気がします

DO MORE WITH LESS 40 YEARS OF THE NORTH FACE の会場
DO MORE WITH LESS 40 YEARS OF THE NORTH FACE の会場

エルニーニョトライ時の装備
エルニーニョトライ時の装備

講演慣れしていることもあるでしょうが、話が非常にうまく、あっという間の 1.5時間でした。Q&A のコーナーで今後の目標について聞かれていましたが、あっと驚くようなことをしますので皆さん期待していてくださいとのことでした。

関連エントリー
「不朽神話」-IMMORTAL KOMBAT YUJI HIRAYAMA (2003/10/26)
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2008年11月20日

海外高峰登山の潮流 - 池田常道講演会

海外高峰登山の潮流 - 池田常道講演会

都岳連海外委員主催・「第 20回 海外の山を知ろう」 では池田常道さんに、「海外高峰登山の潮流」というテーマで講演をしていただきました。



池田さんのお話は 1956年の槇有恒のマナスル(8125m) 初登から始まりました。

日本のヒマラヤでの登山スタイルは最初にマナスルがあり、その後はすべてそのスタイルを踏襲するというマナスル病にかかりました。

いわゆる、大量に物資を投入し、フィックスロープをベタ張りする包囲法のスタイルです。この流れは 1980年代まで続きます。

そんな中にあっても、1959年の飯田山岳会によるサルバチュム(6918m) 初登、1962年の全日本岳連隊のビッグ・ホワイトピーク初登(7083m)、1964年のギャチュンカン(7922m) 初登といった日本山岳会以外の会や1962年のインドラ山インドラサン(6221m) 初登、1964年のアンナプルナ南峰(7256m) 初登といった京大隊の成功は注目に値する記録でした。

飯田山岳会の隊は 30万で行けるような遠征を目標にしていました。また、京大を始め、同志社や慶応、明治などの学生隊も頑張っていました。

それに対して他国は、1963年にアメリカ隊がエベレストで西陵から南東稜へのちょっとした縦走をした時点で、日本隊のようなスタイルから脱却し、1975年のイギリス隊のエベレスト南西壁で巨峰におけるメジャーな壁の登攀も主なモノは終了となりました。

このエベレスト南西壁は皮肉にも 1969年と 1970年に日本隊が行ったエベレスト南西壁の試登時の情報が使われており、このときの日本隊は植村直己さんらの南東稜からエベレスト本峰への登頂を優先させたため、小西政継さんらの南西壁は断念しており、チャンスをうまく生かせていません。

ちなみにエベレスト南西壁にはその後も 1971年1973年に RCCII が分裂するきっかけになった遠征を行っているものの、結局南西壁は失敗し、加藤保男さんらを南東稜から登頂させるにとどまっています。

その後の 1977年の日山協隊の K2(8611m) も登頂を優先させたため、結局は初登のイタリア隊のルートを踏襲するにとどまります。しかしながら、日本のマナスル病スタイルは人を育てるという面ではいいようで、この K2 隊からは広島三朗、森田勝、重廣恒夫などを輩出していおり、登山学校という側面もありました。



1970年代は日本隊は遭難が多いと思われていたようで、このときに、その後の悪しき風習となる推薦状問題が起きます。

当時はネパール・パキスタンで登山を行うには、日本山岳協会(?) / 文部省(?) による推薦状を各国政府に提出する必要がありました。しかしながらこの制度は、日本側が勝手に作った制度で、ネパールはまだしも、パキスタンに関しては実際は全く推薦状は必要なかったようです。

また、当時は外貨枠の制限もあって、自由に海外へ行くことはできませんでした。他にも遠征を行うためのスポンサー探し、先の推薦状問題など実際の登山以外の政治的に解決しないといけない問題が多々ありました。

そんな状態だったため、日本山岳協会系列で許可を独占していたため、労山隊は実質ネパール・ヒマラヤに入ることはできず、インド・ヒマラヤを中心に登山を行っていました。

この頃の目立った記録としては 1971年の静岡登攀クラブによるサラグラール南西峰(7184m) 西壁初登攀、1976年の戸田直樹隊によるチャンガバン南西稜初登攀があげられ、クライマーの視点によって登られた記録になります。

1978年の秋に行われた群馬岳連のダウラギリI峰(8167年) 南東稜隊では雪稜のフィックスロープ上での事故によって木暮勝義さんら 4名が亡くなり、プレ・ポストモンスーン問題が起きます。春の東京ヒマラヤ登山隊の南陵では問題にならなかった雪の問題がポストでは起きたそうですが、これまでは慣習的にプレモンスーンに登山が行われていただけで、特に根拠がなかったため、その後の問題にはなりませんでした。



ラインホルト・メスナーによって 1978年にエベレストが無酸素で登頂され、世界的に無酸素の流れができあがります。しかしながら日本隊が 8000m峰の遠征で行動用の酸素を使わなかったのは 1979年の静岡県岳連のアンナプルナI峰(8091m) の遠征が初めてで、完全なる無酸素は 1980年の山学同志隊によるカンチェンジュンガ(8598m) 北壁初登が最初になります。



1978年、静岡登攀クラブによるパインターブラック(7285m) 南壁の遠征は、南壁は登ったものの、山頂直下 10m で登頂を断念したため初登とは成りませんでした。似たようなことは 2006年の JAC東海支部による冬季ローチェ南壁(8516m) 隊でも問題になりました。日本では谷川や錫杖のルートを登っても山頂までは行かなくても登攀自体は成功と見なしていますが、ヒマラヤの場合は壁のルートであっても、山そのものが対象となるため、山頂まで行かないと登頂とは見なしていません。



1978年に中国の山が解禁になり、地理的に近かった、情報が結構あったこともあって、登山料や撮影料が高額であったにもかかわらず日本隊が押し寄せます。ただその当時は正確な情報を欧米に対して発信しなかったこともあり、レベルの高い遠征があったにも関わらず正当に評価されていません。



1982年の日本ヒマラヤ協会によるブリクティ(6720m) 初登、1983年の弘前大隊によるネムジュン(7139m) 初登は目的となった山とは違う山に登頂しています。ネパールの用意している山のリストが曖昧で、山座同定が難しかったことが原因です。特にブリクティはそれっぽい山 4座を登るということをしています。ネムジュンに関しても当時はヒムルン・ヒマール(7126m) とされており、ネムジュンと分かったのは 1992年です。



近年のヒマラヤ登山はアラスカ・ヨセミテの感覚で登るクライマーと公募隊のガイド登山で登るお客さんの 2極化しています。

ガイド登山は問題のあるガイドや登山隊が多く、日本の場合はシェルパが多くてガイドが少ないという隊が大半で、問題になっている。特に酸素の使い方が問題で、高度順化のために 7000m前後まで上がるとかえって疲れてしまうお客さんが多いため、生身で 7000m前後まで上がるタクティクスは取らずに、最初から最後まで酸素を使って一気に登らせるパターンが多く、順応不十分による事故も増えている。

この酸素の問題に関しては講演会の Q&A で労山の近藤和美さんも問題視しておりました。



先鋭的なクライマーに関しては、自力で情報を集められるかどうか、クライマーとしてどこを登るのかといったセンスの問題であり、無理をして遠くまで行かなくても、チベットにもまだまだ未踏峰は無数にある。



手元のメモを元に再現してみましたが、根本的な間違いはないはず。間違っていたらすいません。知らない山ばかりでまだまだ勉強不足。池田さんの偉大さがよく分かりました。個人的には近年の遠征までやって欲しかったところですが、たぶんそうなると 5-6時間はかかってしまうんだろうなぁ。



その後の飲み会での野口病に関する議論も面白かった。竹内洋岳さんによると現在の遠征隊はメディアに対してきちんとした登山内容の説明をしないため、七大陸だとか単なる最高峰、最年少など間違った価値観が横行しており、非常に問題になっている(野口病)。少しずつでいいので正していくべき。

2008年11月14日

リボルト講習会 @北川

埼玉県・北川の岩場で行われたリボルト講習会に参加してきました。

以前より、リボルト作業を明文化して、各地の有志でどんどん進めれば岩場の整備もあっという間に終わるのではと思っていたのですが、今回のリボルト作業に参加して、それは無理だということがよく分かりました。はっきり言って文章で読むだけでは、きちんとした作業は全くできません。下手したら唯一無二なルートを壊してしまうことになります。技術的、歴史的知識が必要になるため、資格にしてもいいくらい難度の高い作業だと感じました。

今回は、新潟にある国際アウトドア専門学校(i-nac) の "山岳プロ学科" の学生さん向けに行われた JFA のスタッフによるリボルト作業 & 講習会のヘルプというか見学に近い形での参加になりました。

現場に着いてから、岩場と駐車場の地主さんに挨拶して岩場へ移動。

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ボルトの種類、各ボルトとクリップの危険性、岩質、リボルト作業の流れなど、普段から字で読んで知ってはいたものの、実際に現場で見るのとでは大違いで、非常に勉強になりました。"ガルバニックコロージョン" など最新の問題に関する話もありました。

午前中に全般的な講習会を行い、間に各ルートを登ってボルトをチェックする作業を入れ、午後からは実際のリボルト作業。RCCボルト、オールアンカーのボルトを抜いて、かわりにグージョン、ケミカルアンカーへの打ち替え作業を行いました。

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学生さんが 10名以上いらっしゃったので、ひたすら若さに圧倒されました。まぶしかった。

ただ、"山岳プロ学科" とはいえ、現場での経験は少ないのか、見ていて冷やっとするような場面が多々あり、現場での危険に対する意識をもう少し持った方がいいのかなとも思いました。

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おつかれさまでした!!

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最後にクイックドローの回収で 10b のルートを少し登りましたが、全然登れず、かなりヤバイ感じ、自分。半年以上何にもしていないからそろそろまじめに登り始めないとなぁ。

参考情報
クライミング実習 (Climbing Note)

関連エントリー
クライミングニュース - 奥武蔵・北川の岩場の利用について(2008/11/5)

2008年11月 8日

日本庫拉崗日登山隊 2008 報告会

11月 8日に学習院大学で行われた "日本庫拉崗日登山隊 2008 報告会" に参加してきました。

会場は 150人ほどの人で埋まっており、報告会は雪崩事故の説明がメインで行われました。



会場では 5枚綴りの資料が配付され、遠征隊隊長だった高橋和弘さんが、今回の遠征の行程をスライドをベースにして説明されました。

事故現場と事故原因
クーラカンリ主峰北陵上にある 6675mピークからクーラ氷河に派生する支尾根の下部、6000m - 6300m 付近にて斜辺 120m、底辺約 100m の三角形状の雪崩が発生。雪崩の発生時刻は 10/1 11:00 過ぎと考えられる。雪崩発生現場の傾斜は 30度~ 40度。

C1 から C2 に向かう最中、加藤隊員がトップで膝上のラッセルをしながらルート工作中に雪崩が発生。3人は雪崩によって流され、雪面下部の高さ 50m 程の岩壁を墜落した模様。遺体はそれぞれロープを結んではいたものの、ほどけてしまっており、各自が繋がっていたかどうかは不明。

救助に当たったメンバーは、遺体の発見現場までは行ったものの、二次災害を考慮して、雪崩の発生地点までは行っておらず、 雪崩の詳細な情報は不明とのことでした。

今回の遠征では、降雪があったら 1日は行動しない、ユマールを使用しない等、雪崩に対しても細心の注意を払っていたそうです。

今後の予定として、年明けをめどに正式な報告書を発行すると共に、今回亡くなった 3名と、遠征前に亡くなられた通訳の方を含めて、故人を偲ぶ会を行うとのことでした。

参考情報
2008 日本クーラカンリ登山隊

関連エントリー
ヒマラヤ・クーラカンリ登山隊の日本人3人が遭難、死亡 (2008/10/2)

2008年10月22日

[講演会]近藤等 講演会「アルプスの山と人」

10/22 に市ヶ谷の日本山岳会ルームで行われた近藤等さんの講演会を聞いてきました。

近藤等 講演会「アルプスの山と人」

カモシカ横浜店で行われた平山ユージさんの講演会と迷ったのですが、職場から 10分だったことと、めったに聞けないこともあってこちらに行ってきました。

近藤等さんと聞いても今の人にはほとんど知られていないと思います。近藤さんもクライマーとしてヨーロッパアルプスで何本も登攀記録を持ってはいるものの、クライマーよりは翻訳者として名前が知られています。

処女峰アンナプルナ』、『星と嵐』、『孤独の山』が有名なところですが、著作リストを眺めていたら『チベットの七年』の最初の翻訳も近藤さんなんですね。



講演会は近藤さんと親交の深かったガストン・レビュファアンドレ・コンタミヌ中野融さんの話を中心になされ、特にガストン・レビュファに関する話が多めでした。

今回参加された方は 80名くらいでしょうか、部屋からあふれて立ち見も出ておりました。聴衆の平均年齢は恐ろしいほどに高く、60歳から70歳くらいだったのではと思います。

近藤さんは 1921年生まれの御年 87歳、講演会ができること自体も凄いのですが、お年のせいか非常に聞き取りにくく、外人さんの名前やルート名は、なじみがないこともあって、残念ながら、有名どころ以外はほとんど聞き取れませんでした。

また、プロジェクターでスライドを映していたのですが、画面が変わる(使用される) ことはほとんど無く、リアルに手渡しで写真が回ってきてびっくりしました。貴重な写真だったらなおさらこんながさつに回さず、デジタル化しておくべきなのではと思いました。

司会、進行は海津正彦(高井一)さんと、飯田年穂さん
司会、進行は海津正彦(高井一)さんと、飯田年穂さん



アルプスやヒマラヤの初登攀モノは中高の時に図書館で読んだのがほとんどで、もう 20年近く前。全然記憶に残っていませんが、近年のノンフィクションがイマイチなので、読み返してみようかな。とはいえ手元にはまったく揃っていないので、まずは集めないと。

2008年10月17日

[映画]BANFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL in JAPAN

BANFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL in JAPAN

BANFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL World Tour を見てきました。全体的に映画というよりはテレビのドキュメンタリー番組を見ている感じでした。

Program A と Program B を続けて見ましたが、B の方が楽しめました。
A、B ともにパタゴニア日本支社の社長の挨拶ののち上映開始。



Program A
Ain't Got No Friends on a Powder Day
オフピステでのスキーの映像。身体に障害があるからか、椅子に板がついている特殊なスキーでした。とはいえ、滑り自体は全然変わらず、スピード感が凄い。

Ice Mines
スウェーデンの廃坑跡にある氷を探して登る。ウィル・ガッド(WIll Gadd) の監督作品。メインクライマーも Will Gadd。

地下でのアイスクライミングという環境は特殊で面白いものの、映像自体はややイマイチ。Mixのラインとはいえボルトはがんがん打つし、怖さから途中で降りて来ちゃうし、所々トップロープだし、とイマイチな点ばかりが目立ってしまっており、まさにドキュメンタリー番組を見ている感じ。

やばそうな地点でハリー・ベルガー(Harald Berger) の名前が出てきました。

Commited to Grid
去年のトラッドの大作 DVD『Committed』から、James Pearson による Promise(E10、当時最難) の初登シーンと UK 女性初の E7(E7 以上の トラッドルートを登っているのは US のリサ・ランズ(Lisa Rands) のみ(Gaia(E8))) を登った Alan Cassidy の映像をピックアップ。何度も見ている映像ですが、大画面でみるとまた違った感じでした。

Trial & Error
伐採されゆく森に特殊なコースを作ってのマウンテンバイクの映像。あんなルートよく作ったなと思う反面、不思議なくらい自然に溶け込んでいて非常に綺麗。MTB の世界を良くは知らないのですが、発想力が面白い。

Serching for the Coast Wolves
カナダの海岸沿いに生息する狼を探す女性研究員を追いかけたドキュメンタリー。鮭を捕る狼ということがまず意外だったのと、人間を襲わないという点も狼に対する誤解だったことに気づいた。Dance With Wolves を思い出した。



Program B
Respect
ここでいう Respect は自然に対するもので、山岳エリアでのスキーを扱った作品。内容はエクストリームの一歩手前。雪崩にバンバン巻き込まれる映像は見てても余り気持ちがいいものではありません。

スキー自体の映像は余り見ないので、違っているかも知れませんが、日本人と外人さんでは根本的に滑りの動き、スピード感が違う気がしました。

higher Ground : Mountain Photographer.
昨年発売になった、アルパインクライミングを扱った DVD『Higher Ground』から山岳カメラマンの章をピックアップしたもの。DVD そのままです。

In-Flux
一番面白かった。エクストリーム気味なカヤックの映像。カヤック凄い。

メモしなかったので忘れてしまいましたが、一番最後の海なのか川なのかわからない場所(リヨン?) が面白い。カヤック、サーフィン、ジェットスキー入り乱れての映像はかなり興奮できます。

In-Flux long trailer

It's Fantastic
面白さではこれが 2番目。スピードフライングを扱った映像。要はスキーを履いてのパラグライダー。ただ、スピードが出るように改造しているらしく、出ているときは時速 100kmを越えるようで、本当に早い。

一昔前に、アイガーを滑降しているスピードフライイングの映像がはやりましたが、まさにそのものでした。

Eiger Speed Flying

King Lines
言わずと知れたクリス・シャーマ(Chris Sharma) を扱った DVD『King Lines』を編集し直した作品。最初の DWS の映像はちょっと中途半端でしたが、未公開映像も含めて上手くリメイクされていました。

会場は映画館ではないため、スクリーンも音響も専用のものではありませんでしたが、やっぱり大画面で見ると格別でした。

それにしても、サイトにある説明
クリス・シャルマのもっとも突飛な登攀であり非現実的な計画の記録である。
放浪のプロのクライマー、そして地球市民としての彼の非常に興味深いライフスタイルを探索する。

って何か変。翻訳?



このツアーは "Mountain" というタイトルが入っているものの、山にとらわれず自然を相手にした活動全般を扱った映像を集めたものになっており、普段余り目にする機会がないスポーツ(?) の作品を偏見なしに見る機会としては絶好のツアーになっています。

海外では頻繁に行われている Film Festival ですが、日本でももっと行われていてもいいのではと思いました。

参考情報
バンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバル・イン・ジャパン2008

2008年10月16日

[講演会]岡野寛スライドショー "tour de bloc Rocklands"

m081016-1.jpg

10/15 にパタゴニア目白店で行われた岡野寛さんのスライドショーを見てきました。タイトルは『tour de bloc Rocklands ~南アフリカ「ロックランズ」へのボルダリングトリップ~』。

2007年 10月に行かれた南アフリカ共和国・Rocklands でのボルダリングツアーの様子を、写真を中心としたスライドショー形式で紹介されました。

ツアーのメインであるボルダリング、クライミング以外の生活風景や観光案内、各自の思い入れ課題、ダイジェスト動画という構成でおこなわれ、一緒にツアーに行かれていた、萩原、平嶋さんも参加し、隣で適宜フォローを入れながら進んでいきました。

岡野さんの性格からくるものなのか、非常にアットホームな雰囲気で行われ、笑いあり、感動ありのあっという間の 1時間半。

一般に思われているほど、治安は悪くないようで、Rocklands は西洋圏ではメジャーなエリアになっており、シーズン中は結構混むそうです。ガイドブックの岩場の位置情報に GPS のデータが出ているというのが新鮮でした。

このときのツアーの模様はロクスノ No.38 に、岡野さんの文章で掲載されており、エリア情報、宿泊、交通情報等のツアーに行く際の参考になる情報も出ています。

最後の Q&A で今後のツアーの予定を聞かれ、情報が少ないところに行きたいとおっしゃってましたが、ロクスノの連載(岩旅) 同様、今後のツアーレポが楽しみです。

参考情報
Tour de bloc from South Africa (BLOCBLOG)

tour de bloc Rocklands South Africa



ROCKLANDS

この Rocklandsエリアを紹介している、ずばり『ROCKLANDS』という DVD があります。出ているクライマーはFred Nicole、Bernd Zangerl など有名どころなのですが、編集が中途半端というか、シンプルすぎて非常に地味な仕上がりになっており、どちらかというとやや退屈。素材がいいだけにもったいない。

参考情報
ROCKLANDS DVD (BLOCBLOG)

2008年10月 6日

icon 6 : The colon 試写会

(2008/10/24 夷フィルムス)

icon 6 : The colon

10/5 に東京・下北沢・北沢タウンホールで行われた 『icon 6 : The colon』 の試写会に行ってきました。

滑り系の映像には余り興味が無かったのですが、会場が家から歩いて 10分、入場無料という、行かないでどうするという条件だったので行ってきました。

日曜夜の 20時 30分~、外は雨という悪条件にもかかわらず会場は結構埋まっていました。



映像は全体的に綺麗にまとまっており、スキー(スノーボード) の魅力を存分に引き出していました。スキー(スノーボード) という、どちらかというとスピード感があるスポーツなはずなのに、大自然の中だからか、非常にゆったりとしたテンポで時間は流れ、大人な仕上がりになっています。

ナレーションやキャプションは皆無で単純に滑りの映像だけなのですが、完全に引き込まれていました。クライミング同様、滑りにも個性があることがよく分かりました。エクストリーム系の激しい映像じゃないと見てられないかなぁと思ったのですが、いえいえ十分楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。編集うまいなぁ。

この後も、札幌、富良野、盛岡で無料の試写会ツアーは行われるようです。お近くの方は是非。日程詳細に関しては以下の Webサイトを参照して下さい。

EBIS films | 夷フィルムス

icon 6 : (the colon) trailer

2008年9月13日

Leo Houlding 講演会

Pump2 で行われた、現在来日中の Leo Houlding氏の講演会に行ってきました。彼のスポンサーである Berghaus の招待のようです。

Leo Houlding 講演会

遅刻してしまったため、途中からの参加でしたが、パタゴニアとヨセミテ、ベースジャンプの話を聞くことができました。

おまえ、どんだけベースジャンプ好きなんだよ!! っていう方でした。



パタゴニア・フィッツロイ
- 41ピッチ。最後はミックスクライミング。山頂でブロッケンに遭遇。
- 非常に風が強く、懸垂下降に苦労した。ロープは 10回以上スタック。
- 登攀 + 下降に 50時間かかり、一睡もせずのクライミングで非常に疲れた。
- 登ったルートをそのまま下降。落石と雪崩に苦しんだ。

ヨセミテ
- El Cap と Half Dome の継続 1day が昔からの夢で、今年の 6月に達成した。
- Free Rider は過去にも登っている。
- Free Rider は Teflon Coner のバリエーション(5.13a) から登った。
- トレーニングで Free Rider を登ったとき、Elcap Spire からベースジャンプで下降した。ランディングが悪い。ヨセミテでベースジャンプは違法。
- Monster Crack / Endurance Corner の話。
- Free Rider は 11.5時間で登り、1分で下降した。車で Half Dome のベースへ移動。
- Half Dome は 5時間かけて登り、下降はベースジャンプ。
- Elcap & Half Dome であわせて 58ピッチ。

ベースジャンプ
- Berghaus の CM で 7月にノルウェーで撮影したもの。来年から UK で放映される予定。

Q&A
- 去年エベレストに登っているが、今後の高所登山の予定は?
エベレストでやったような歩き主体のルートには行かない。マカルー西壁のようなクライミング主体の壁だったらトライしてみたい。

- ベースキャンプはどこで覚えた?
US・アイダホで。特にレクチャーを受けたわけではなく、飛行機から飛んだり、橋やビルから飛んで覚えた。

- 2人一緒に飛ぶのは危なくないのか?
アイコンタクトをしながら一緒に飛ぶのは楽しい。特に問題はない。

- ベースジャンプで飛んでるときの体勢はコントロールできるのか?
飛んでみればわかる。飛行機のような体勢で、指でコントロールできる。うまい人は 45度で滑降する。羽がついたシャツだと約33度で滑降できる。

その後、UK で一番高いビル(50階建て) に忍び込んでベースジャンプをする映像を放映。逃走用の車まで用意するという周到さ。



スライドショー慣れしているのか、写真と映像の切り替えが非常にスムーズでした。スポンサーは Berghaus、Audi、DMM、Five-Ten、Adidas eyewear。Audi というのが凄いです。

彼は、長期にわたって UK の冒険場組に出演しており、UK では一般的にもかなり有名なクライマーのようです。

通訳さんはクライミングの知識がないからか、お客さんから突っ込まれたりと、かなり大変そうでした。



Leo Houlding は 1980/7/28生まれ。UK の Lake District 出身の 28歳。経歴概略は以下。

1998/10
El Nino をフリーで第 2登。フーバー兄弟がフリー化・初登したルートを数日の差でチームフリーで登る。ちなみにこのルートは平山ユージさんが 2003年に第 6登しています。このときの様子は LEDGE TO LEDGE に収録されています。

2001/6/16
Leaning Tower の The West Face の最後の 1ピッチを残して 9ピッチをフリー化。

2002/3
パタゴニア・Cerro Torre の the Maestri Eggerルートにフリーでトライし、10m以上フォールして足首を骨折、敗退しています。スライドショーの前半でこの時の模様が説明されたようです。

2005
パタゴニア・Fitzroy の Cassarotto Pillar(North Pillar) をフリーで初登。スライドショーで説明有り。

2005/9
Free Rider を 13登。このときは 2日かけて登っており、フォールは 1度だけ。ただ下部の Free Blast は以前にも登っており、このとき 1度フォールしています。

2005/11
Dean Potter と Half Dome の Southern Belle(5.12d / 14ピッチ) を 18年ぶりに第 2登。

2007/6
1924年にエベレストにトライして行方不明になった George Mallory & Andrew Irvine の軌跡を検証するために、コンラッド・アンカーと共に、チベット側の一般ルートからエベレストに登頂しています。しかも当時を再現するために、装備はもとより、セカンドステップでは、わざわざハシゴをはずし、当時と同じ状況にしてフリーで登っています。

講演を聞きに行く前に、彼の経歴をざっと調べたのですが、これまでの経歴からすると、この記録はかなり謎でした。今日聞いた話では、来年公開予定の映画の撮影のためで、お金のために登ったとのことでした。納得。

2008/5
Dean Potter と Mount Watkins南壁(5.13a) をフリーで第 2登。

2008/6
Free Rider を 11.5時間で第32登。そのまま Half Dome に継続して、El Cap & Half Dome の1day リンクをしています。22.5時間。このリンクは Dean Potter に続いて 2人目。チームフリーとしては初。スライドショーで説明有り。

ちなみに、El Cap と Half Dome のいずれも、クライミング終了後にベースジャンプで下降しています。

ヨセミテでのベースジャンプが禁止されていることは認識しており、完全に確信犯。Dean Potter が聞いたら怒りそう。

もちろん、UK ではハードなトラッドルートも数多く登っています。主な記録は以下。

Lord of the Flies (E6 6b)
Masters Wall (E7 6B)
End of the Affair (E8 6b)
Trauma (E9 7a)

参考情報
Leo Houlding climbing Yosemite Patagonia England (Planetmountain.com)

2008年7月24日

佐藤祐介講演会

7/24 にカモシカスポーツで行われた、ゴールドウィン主催の佐藤祐介さんの講演会を聞いてきました。

佐藤祐介講演会


今回の講演は、3-5月にアラスカで Giri-Giri Boys で登ってきた以下のクライミングに関して行われました。

1. Bear Tooth North East face "Climbing Is Believing"(初登 /Alaska Grade6: 5.10a, AI5, M7R, A1+ 1250m)
2. Mt. Hunter North Buttress "Moonflower" (Alaska Grade6: 5.8, AI6, M6 1800m)
3. "Pachinko on the Denali" Isis face - Slovak Direct link up (Alaska Grade 7: 5.9, AI5+, M6+ 5500m)

佐藤祐介講演会


1. Bear Tooth North East face "Climbing Is Believing"(初登 /Alaska Grade6: 5.10a, AI5, M7R, A1+ 1250m)
- セスナでバックスキン氷河へ。ベースには先行が 1パーティ。
- 去年横山・一村ペアがトライして敗退した Bear Tooth 東壁ラインを狙うも、状態が悪くて断念
- 北東壁に転身。この壁は手つかず。
- 最初のトライでは 3ピッチ目まで。状態は余り良くなく、当初は無理だと思った。2ピッチフィックスして一旦下降。
- その後天気が悪化、1週間停滞。ずーっとテントでセブンブリッジ。
- 2回目のトライで完登。ほとんど Mix で M5 - M7。上部まで難しい。
- 1日目は中間部の雪壁のシュルント、2日目は山頂でビバーク。シュラフは 1kg。
- リードは 2ピッチ交代。精神的にきつかった。
- 下降はアバラコフで東壁との間にあるルンゼを。
- ロープはユマーリングの際に岩角にすれて結構痛んだ。

2. Mt. Hunter North Buttress "Moonflower" (Alaska Grade6: 5.8, AI6, M6)
- セスナでカヒルトナ氷河へ移動。
- マッキンリー一般ルートのベースと同じだが、シーズン前で誰もいない
- 3人で 6kg に荷物を軽量化。
- リード & フォローで登る。
- 壁の状態はいい。全体的にアイスクライミング。素晴らしいクラシックルート。
- 壁の途中でツエルトだけでビバーク。
- 気温は高かった。水は適宜 3人目が氷を溶かす。水筒に氷を入れておくだけでも太陽光で溶けた。
- 山頂直下、時間切れで壁を抜けたところから下降。

3. "Pachinko on the Denali" Isis face - Slovak Direct link up (Alaska Grade 7: 5.9, AI5+, M6+)
- デナリの一般ルートで高度順化。順応に手間取る。デナリパスまで 2往復。
- 順応後、セスナでルース氷河へ移動。
- 10日分の食料、3人で 30kg を背負ってのクライミング。トップは空身で、後ろの 2人で荷物を分担。かなり大変だった。
- 1日目は Isis face を 1000m上がったところのシュルントでビバーク。2日目は天候が悪くて停滞。
- ジェットボイル使用。テントはマジックマウンテン。
- 3日目は Isis face を抜け、Ramp Route を下降し、途中でビバーク。
- Ramp Route はグレード 3だが、セラックとクレパスの処理で大変だった。
- 4日目は南壁の取付のシュルントでビバーク。
- 横山さんが Isis face 登攀中にサングラスを落とし、雪目。そのため、Slovak Direct では終始 3rd でユマーリング。紙にスリット入れたエスキモー式サングラスを試すも余り良くない。
- 日没は 23時頃。5日目は 24時頃までビバークサイトを探して登り続ける。 - 上部でカシンリッジに合流し、6日目はそこでビバーク。
- 朝方は -30度くらいまで気温が下がり寒かった。
- 下降は一般ルート。トータル 7泊 8日。

Q&A
- 使用ギアはナッツ 1セット、カム 1.5セット(エイリアン青~キャメ青)、トライカム少々、スクリュー 10本、アングル 3本、ハーケン 5枚、スノーバー 2本。
- ロープは 3本。リードがシングルとダブルロープを引き、セカンドが 1本引く。セカンドはユマールで上がったらリードと交代。サードはセカンドが引いたロープでユマーリング。
- Bear Tooth の岩質は Good。
- Mグレードは周辺のルートから推測してつけた。錫杖のグレードと対応。錫杖と明神の Mルート登れれば、技術的にはほとんど問題ない。山の壁で M7 は神の領域。登れないと思ったら登らない。
- 一村さんもグレードは甘めにつけた。怖かったら R、やばかったら X。
- アプローチや一般ルートの下降ではロープは結ばない。
- サプリはマルチビタミンを持って行った程度。
- 指の腱が切れていたが、それほど問題はなかった。

佐藤祐介講演会
アラスカで使われたギアも公開されていました。

アックスがクォーク、アイゼンはダート。アックスのアッズは軽量化のために削っていました。流れ止めは Mt. Dax のピッケルバンドを改良したものでした。ダートだと刃先の交換ができないから大変そう。

彼の講演を聴くのは 2度目ですが、非常に丁寧で落ち着いたしゃべりで、会場のアットホームな雰囲気も相まって、素晴らしい講演会でした。

会場には一村さんや横山さんをはじめ有名な方が多数いらっしゃいました。鳴海君もいた?

関連情報
THE NORTH FACE-WEB INSPIRE - EXPEDITION STORY

関連エントリー
More Alaska News from the Giri-Giri Boys (2008/7/1)

2008年7月17日

ネパールのトレッキングピークの登り方

ネパールのトレッキングピークの登り方

都岳連海外委員のお仕事。

今回の "海外の山を知ろう" の講演会は、都岳連海外委員の竹花さんによる、NMAピーク(NMA Expedition and Climbing Peaks) の登り方について行われました。NMA は Nepal Mountaineering Assosiation の略で、ネパール山岳協会のことです。

竹花さんは 2004年 - 2006年に、ネパール・ポカラの国際山岳博物館でボランティアとして活動されており、シングーチュリ、テントピーク、トロンピーク、プモリなどネパールでの登山経験も豊富な方です。

今回の講演では NMAピークのグループ A 15座グループ B 18座をエリア別に全山、写真とルート図付きで解説するという太っ腹ぶりで、資料も 10ページにわたる豪華なモノで、今回集まった 40名を越える方々には大好評でした。

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NMAピークはネパール観光省が決めたピークで、標高は 5000m - 6000m の全 33座。他のネパールの山に比べて登山料金が格別に安いのが特徴です。グループA が $500(1隊、7人まで)、グループB が $350 です。

メラピークやアイランドピークといった 8000m峰に登るための高所順応に使われるような比較的簡単な山から、クスムカングルやヒウンチュリ、シングーチュリといった難しい山まで、含まれる山の難度はピンキリです。

トレッキングピークのリストに関しては以下なんかを参照してみてください。

トレッキングピーク一覧

データを見ると圧倒的にアイランドピークが多く、トップ 5で 75% をしめています。

m080717-3.jpg

驚いたのは、登頂率が平均すると 20%程度しかないこと。ただ、この数字には裏があって、現地のエージェント経由で登っている場合は 100% に近い数字になるとのことでした。思いつきで何も調べずにパット来て登ろうとする人が結構いるようで、そういった人達の成功率はかなり低いとのことでした。

山の説明のあとは、現地のエージェント、申請方法、難度、登山適期を駆け足で説明したあと、ランシンサリ、テントピークに実際に遠征に行った模様の説明がありました。

紹介された参考図書
The Trekking Peaks of Nepal
Trekking and Climbing in Nepal
ネパール ピークハント トレック
魅惑のエベレスト山域
ヒマラヤ アルパイン スタイル


余り興味があるエリアではなかったため、山名だけは知っていたものの、詳細までは知らなかったので、いい勉強になった。比較的短期間で安く行ける山もあり、過去に山野井さんや青田さんがクスムカングルでやったように、ラインを選べば面白いクライミングもできそう。

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第16回・海外の山を知ろう/菊地敏之講演会 (2006/11/9)
山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」 (2007/11/15)

2007年11月15日

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

都岳連海外員会主催 第 18回 "海外の山を知ろう" では山野井泰史さんに講演をしていただきました。

100名を超える予想以上の来場者数で、半分以上の方が立ち見になってしまい、窮屈な状態での聴講となってしまい、大変失礼いたしました。

講演会はスライドを使って行われ、メインは先日のグリーンランドでのクライミングだったのですが、副題がギャチュンカンのその後ということもあり、2004年・2005年の中国・ポタラ峰北壁、2006年・ネパール・パリラプチャ北壁、アメリカ・クライミングツアーの紹介が 40分ほどあってから、メインに入りました。

個人的にはアメリカのクライミングツアーについてもっといろいろと聞きたかった。ワイオミング・ウィンドリバー、ユタの岩峰群、コロラド・ブラックキャニオンなどどれも行きたくなる場所ばかりでした。あとで聞いた話ですが、First AscentHigher Ground で、岩質がもろいイメージで紹介されているブラックキャニオンですが、山野井さんの話では、決してそんなことはなく、メジャールートは硬くてしっかりしていたとのことでした。

グリーンランドのクライミングについて、箇条書きでまとめ。

- グリーンランドに行ったのは、ヒマラヤでのクライミングが現状では無理だから
- 5月にヘリで偵察してターゲットを選択
- グリーンランドに行くのはお金がかかる(普通に行くと 100万円) ので、NHK の取材を利用して行った。木本さんが仲介。
- アイスランドは物価が高い
- 食料はほとんど日本から用意して行った。大塚製薬が一部提供。
- ターゲットはミルネ島最高峰の岩壁
- ミルネ島へはモーターボートで上陸。モーターボート同士の競争が怖かった。
- キャンプはベースと上部キャンプの 2箇所。 - 水は全部ベースから上げた。約100リットル。 - ボルトは前進用にも使用している。岩が非常に固く、ボルト 1本打つのにハンマーのキリを 3本使用。
- 上部キャンプに荷揚げしてからはワンプッシュで山頂へ。
- オールフリーでは抜けれず。安全策で人工を使った場合もあった。
- メインのライン(クラック) は一箇所しかなく、クラックがなければ登れなかった。
- 予想よりも暖かく、天気も安定していて、ほとんど雨は降らなかった。
- 山頂に着いたときにも余力があった
- 基本的に全部回収してきたが、ボルトは残してしまった。クライミングのスタイルとしては 3流。
- ロープは 9.8mm シングル 60m をダブルで使用


グリーンランドのクライミングに関しては、岳人 11月号NHK BS-Hi で 11/18 19:00 ~Coyote No.24(12/10発売) に掲載される予定です。

NHK ハイビジョン特集のページでの説明で "落石・スノーシャワー・雪崩そして刻々と変化する天候の中・・・" というくだりがあるのですが、 今回は基本的に乾いた岩でのクライミングだったので、落石はともかく、スノーシャワー、雪崩はなかったはず。また、"天気は基本的にほとんど晴れていた" とおっしゃっていたので、この点もちょっと・・・。


個人的にはもう少し突っ込んだところを聞きたかったのですが、集まったお客さんを見て話の内容を少しマイルドにされたそうです。Q&A を聞いていても、今回の客層はクライマーというよりはどちらかというと "凍" や "垂直の記憶" 読んで山野井さんを知った方が多かったのではという気がしました。

講演会後の飲み会でかなり突っ込んだ話がいろいろと聞け、非常に勉強になりました。残念ながら終電の関係もあり、途中で打ち切りとなりましたが、もっといろいろと話してみたい方です。


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関連情報
山野井通信

参加していただいた方の Blog
山野井泰史氏講演会 (ACC-J [Alpine Climbing Club of Japan])
山野井泰史 講演会 (Shuklaのクライミング日記)
山野井泰史講演会 (毎日が究極の選択【ずっとやりたかったことを、やろう】)
山野井泰史氏講演会 (下町でのスローな生活)
山野井泰史講演会 (ようこそ鵬翔山岳会 東京へ)
第18回 海外の山を知ろう (山野井泰史氏)(Extremer's Page!)

2007年11月12日

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

リマインダーになります。よろしくお願いします。ちなみに、グリーンランドの報告は岳人 11月号にも写真入りで出ております。

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

都岳連海外委員広報からのお知らせです。

次回の "海外の山を知ろう" のゲストは山野井泰史さんに決まりました。

期日:2007/11/15(木) 19:00 - 21:00(18:30 開場)

場所:豊島区立勤労福祉会館 第3、4会議室
(豊島区西池袋2-37-4 ℡03-3980-3131)

豊島区立勤労福祉会館

参加費: 500円 (当日申し受けます)

タイトル:「グリーンランドのクライミング報告

山野井泰史氏の最新のクライミングである、この夏のグリーンランド遠征の報告を、写真をまじえてお話していただきます。


関連情報
山野井通信

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2007年11月 7日

マルコ・プレゼリ講演会 「灰とダイヤモンド」

マルコ・プレゼリ講演会
坂下直枝さん、笹生さん(通訳)、マルコ・プレゼリ

ロストアローが主催のマルコ・プレゼリ講演会に参加してきました。すごく中身の濃い講演会でした。

マルコが英語ネイティブじゃないこともあり、英語自体の聞き取りは大変ではなかったのですが、中身を理解するのが非常に大変で、疲れました。とはいえ、面白かった。

後援会のタイトルとなった「灰とダイヤモンド」は坂下さんが提案したタイトルで、マルコにとってクライミングの報告や講演会は、実際のクライミングの燃えかすでしかないという考えを持っていることからつけられたそうです。

オープニングでの坂下さんの挨拶からしてヘビーで、"ピオレ・ドール" にまつわる話を 10分ほどしてからのスタートとなりました。

講演会はスライドの解説をしながら進められました。マルコがスロベニアの山岳会でクライミングを始めた頃の話から始まり、これまでに行ってきた遠征は全て紹介されていたのではないでしょうか。

m071107-2.jpg

この講演の通奏低音は "山の難易度" について。登っている時のスライドの説明ではグレードについて言及するものの、アプローチや下降路も含めたトータルの話になると、グレードはつけられないと何度も言っていました。"最近は登ることよりも下降が楽しい" と言っていたのが印象的でした。

この考え方がピオレ・ドールの話につながってきます。1991年にカンチ南峰をアルパインスタイルで登り、第 1回のピオレ・ドールを受賞し、2007年度はチョモラーリ北西稜の登攀で受賞候補に挙がるも、辞退し、声明を発表して物議をかもしました。

この辺は Alpinist 21号の以下の記事に書いてあります。
2007 PIOLET D'OR WINNER QUESTIONS AWARDS

要は、その年のベストな登攀を選ぶピオレ・ドール賞ですが、ベストかどうかは個人的な判断であって、他人が客観的に評価できるのかといった疑問を投げかけたものです。

講演後の Q&A セッションで、平山ユージさんが、プレゼリに対して "これまでのベストなクライミングは?" という質問に対して、"あなたは複数のお子さんがいる場合、どの子どもが一番好きかを選べるのか?" と問い返していたのがそのまま答えになっていました。

ちなみに講演後に平山さんは "サラテの登攀がベスト" とおっしゃっていました。

小野寺さん、横山さんはロストアローの社員だから当然として、池田常道さん、山野井夫妻、兼原夫妻、馬目さん、平山ユージさん、鈴木さん、松原さん、菊地さん、江本さんなどなど、錚々たるメンバー勢ぞろいでびっくりしました。


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マルコ・プレゼリ スライドショー (2007/10/26)

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Piolet d'Or (Wikipedia / 英語)

マルコ・プレゼリと二子へ (STONE RIDER)
マルコ・プレゼリ氏のスライドショー (La Vie d'un Guide)
20071107マルコ・プレゼリスライドショー(講演会) (文太のブログ日記)
マルコ・プレゼリ来日記念スライドショー (S' Diary )

2007年10月26日

マルコ・プレゼリ スライドショー

マルコ・プレゼリ スライドショー

ロストアローが主催で 11/7(水) にマルコ・プレゼリ氏のスライドショーが行われます。

ロストアローの Web より引用。
--------------
日時: 2007年11月7日 19時開演
会場: 池袋 豊島区生活産業プラザ 8階
主催: 株式会社ロストアロー
ブラックダイヤモンド・イクイップメント
後援: 社団法人日本山岳協会
定員: 80名(入場無料)
お申し込み先:info@lostarrow.co.jp
--------------

だそうです。詳細はロストアローの Web を参照して下さい。
http://www.lostarrow.co.jp/news/marco_preseri.html

今年の 9月に、Steve House とパキスタンの Naisa Brak と K7 に登ってきたばかりなので、その辺の報告があるかもしれません。

The Story, In Brief (Alpine Style!)

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山に登るということ (『岳人 5月号』)
岳人 2006年 6月号

2007年10月23日

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」

都岳連海外委員広報からのお知らせです。

次回の "海外の山を知ろう" のゲストは山野井泰史さんに決まりました。

期日:2007/11/15(木) 19:00 - 21:00(18:30 開場)

場所:豊島区立勤労福祉会館 第3、4会議室
(豊島区西池袋2-37-4 ℡03-3980-3131)

豊島区立勤労福祉会館

参加費: 500円 (当日申し受けます)

タイトル:「グリーンランドのクライミング報告

山野井泰史氏の最新のクライミングである、この夏のグリーンランド遠征の報告を、写真をまじえてお話していただきます。


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山野井泰史講演会 垂直の記憶 岩と雪の7年
山野井泰史講演会 @柏市中央公民館 5階大講堂

2007年10月 3日

第18回 海外の山を知ろう - 山野井泰史講演会

山野井泰史さん

都岳連海外委員広報からのお知らせです。

次回の "海外の山を知ろう" のゲストは山野井泰史さんに決まりました。

期日:2007/11/15(木) 19:00 - 21:00(予定)

場所:池袋を予定

タイトル:「ギャチュンカン以後のクライミング(仮)

山野井さんに関してはいまさら説明することはありませんね。先日のグリーンランドでのクライミングの話が中心になると思いますが、詳細が決まり次第、当ブログにて連絡いたします。


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山野井泰史講演会 @柏市中央公民館 5階大講堂

2007年7月20日

中村 保氏 講演会 「ヒマラヤの東-未踏のチベットのアルプス」

中村保講演会
中村 保氏 講演会。スライドはナムチャバルワ

あとで。

2007年7月 2日

中村 保氏 講演会 「ヒマラヤの東-未踏のチベットのアルプス」

都岳連海外委員会からの連絡になります。

中村 保氏 講演会 「ヒマラヤの東-未踏のチベットのアルプス」

"第17回 海外の山を知ろう" の講演会では、近年、世界中の岳人から注目を集めている中国西域の山々。この地域の第一人者である中村保氏を講師に招き、貴重な写真の数々を使って、多くの未踏の山々を、「登る」という観点からご紹介いただきます。

日時) 2007年 7月 19日(木) 19:00~21:00 (18:30開場)

会場) 国立オリンピック記念青少年総合センター  センター棟409号室

参加費) 500円(当日申し受けます)

問い合わせ) 東京都山岳連盟 Tel:03-5524-5231(月~金 13:00~17:00)

会場詳細
〒151-0052
東京都渋谷区代々木神園町 3番 1号
- 小田急線・参宮橋駅下車 徒歩約7分
- 地下鉄千代田線・代々木公園駅下車 徒歩約12分 (代々木公園駅西門出口)
国立オリンピック記念青少年総合センター

中村さんの著書
ヒマラヤの東
ヒマラヤの東

深い浸食の国
深い侵食の国

チベットのアルプス
チベットのアルプス

SEO対策なんですかね? Amazon は商品の URL に、タイトルを URLエンコードしたものを入れてるみたいで、かなり長くなってます。とはいえ、従来通り ISBN 形式の URL でも表示できるようです。Wikipedia とかも同じか・・・。ここでもやってみようかな。

サイト内関連情報
第16回・海外の山を知ろう/菊地敏之講演会 (2006/11/9)
知られざるアフリカの山々 (2006/6/29)

2007年4月25日

第17回 海外の山を知ろう

都岳連海外委員広報からのお知らせです。

次回の "海外の山を知ろう" のゲストは中村保さんに決まりました。

期日:2007/7/19(木) 19:00 - 21:00

場所:代々木オリンピックセンター

タイトル:「ヒマラヤの東 - チベットのアルプス

中村さんは日本よりも海外でのほうが有名で、『ヒマラヤの東』、『深い侵食の国』、『チベットのアルプス 』の 3部作を出版した影響で、クライマーが大挙してチベットの西に押しかけることになったと言われています。

中村さんの経歴詳細に関しては後ほど追加しておきます。

ヒマラヤの東

深い浸食の国

チベットのアルプス


最近、移動中に動画を見たいがために iPod 30G を買いました。が、DVD 50枚、Youtube の動画を 100本程度入れたらもういっぱい。80G のモデルを買えば良かった・・・。しかもバッテリーが、オプションパックを使っても 5時間程度しかもたないのでちと残念。次のモデルに期待。

2007年2月 4日

第 28回高所順応研究会

第 28回高所順応研究会

都岳連海外委員会主催で、2/4 に第 28回高所順応研究会を行いました。

委員長の澤田さんのあいさつから始まり、そのまま澤田さんによる高所順応の基礎知識、天野さんの チョーオユー、シシャパンマ、山川さんのトランゴ、山本先生のこれまでの研究成果、三浦ベースキャンプの安藤さんによる設備の説明、Q&A と盛りだくさんな内容でした。

高所順応の基礎知識 澤田 実さん
これまでの澤田さんの体験を元にした高所順応に関する基礎的な部分を簡潔に紹介。高所に行く前にすること、高所での対応とに分けられた説明はわかりやすかった。高所に行く前には、徹底して体の悪い箇所を治して行くという点は力説されていました。

私の高所順応 天野 和明さん
昨年行かれたチョーオユー、シシャパンマのスライドを中心にして説明されました。高所に数度行かれているだけあって、高所順応表を見る限りほとんど失敗は見られず的確に順応されています。

高所順応と蓄積疲労のグラフは参考になります。8200m(マカルー以上) における無酸素登山の難しさや高所でのスピードの話もなるほどと感じました。

6000m 峰での高所順応 - トランゴでの例 山川 剛司さん
昨年のトランゴ・ネームレスタワーでの登攀のスライドを中心に、過去に行かれたスパンティーク、キンヤンキッシュの話も交えて講演されました。

高所の話うんぬんよりも、クライミングのスライドが本当に楽しそうでうらやましかった。山川さんも一般サラリーマンですし、クライミングの方向性も似ているので、いろんな面で一番参考になりました。

高所登山・トレッキングのためのトレーニング科学 山本 正嘉先生
高所登山を高所(高所順化) と登山(基礎体力) という 2つに分けてトレーニング方法を考えるという観点はなるほどと言う感じでした。そこからさらに、目標とする高所を 6000m まで、7000m まで、それ以上という 3ランクに分けてトレーニング方法の解説をされました。

チェックリストとして、低山で標高差 1000m を余裕を持って 2時間以内で登れるか、富士山で 5合目から山頂まで 3-4時間で登れるか。それを何日も続けられるか、15kg を背負って 10時間以上歩けるかという項目が挙げられました。

それよりも、↓ のスライドが一番重要だと思いました。

第 28回高所順応研究会 スライド

高所順応に限ったことではありませんが、他人任せにせず、きちんと自分なりに目標を設定できる人の方が順応は早いでしょうし、中途半端にはならないと思います。

低酸素室の案内 安藤 真由子さん
山本先生の下で勉強された、MIURA BASE CAMP の安藤真由子さんによる MIURA BASE CAMP の施設の説明がありました。

また、同じように低酸素室がある、アミューズトラベル直営店のハイポスポーツの説明もありました。ここはまだ行ったことがないので今度行ってみたいと思います。

今回の講演を聞いて、高所順応で役立ちそうなことは以下。

- とにかく水分を取る。2-4リットル
- 腹式呼吸
- レストはできるだけ低所で
- 最高到達高度ではレストしない
- 低酸素室は有効
- 富士登山は日帰りでも有効
- できるだけストレスをためない

午前中の澤田さん、天野さん、山川さんの話が体験談が中心であるのに対して、午後の山本先生はどちらかと言うと科学的な見地から高所順応の話をされ、Q&A も盛り上がり、バランスが取れた研究会になりました。

今回の研究会の資料が余っております。一般向けにも販売しておりますので、欲しい方がいらっしゃいましたらコメントに書き込みをお願いします。1部 500円(送料別) となります。また、カモシカスポーツ高田馬場店でも数部置いてあります。

第 28回高所順応研究会資料

2007年2月 1日

今月の講演会スケジュール

第 28回高所順応研究会

期日 : 2006/2/4(日) 9:15-16:00

会場 : 国立オリンピック記念青少年総合センター(センター棟 304号室)

参加費 : 3000円(資料代含む)

8:30 受付開始
9:30 「高所順応の基礎知識」 (澤田 実氏)
10:10 「私の高所順応法」(天野 和明氏)
11:00 「6000m峰での高所順応 - トランゴでの例」(山川 剛氏)
11:50 昼食(各自でお願い致します)
12:50 「高所順応の生理学(仮題)」(山本 正嘉先生)
15:00 「低酸素室トレーニングについて(仮題)」(安藤 真由子氏)
15:00 パネルディスカッション及び質疑応答
16:00 閉会

参加の申込みは下記より申込用紙をダウンロードしてお使い下さい。Word 形式です。

申込書をダウンロード

第 45回海外登山技術研究会

期日 : 2006/2/17(土) ~ 18(日)

会場 : 国立オリンピック記念青少年総合センター(417研修室)

講師 : スティーブ・ハウス

2/17(土):スティーブ・ハウス講演会
18:00 受付開始
18:30 田中文男会長挨拶
18:45-20:45 セッション Ⅰ
-世界水準のアルパイン・クライミングを語るー
ナンガ・パルバット、ルパール側南壁中央ピラーのアルパイン・スタイル
21:00- 懇 親 会

2/18(日)

8:30-10:30 セッション II
「2006年登山隊報告」
JAC東海支部隊・冬季ローツェ南壁
東海大学隊・K2南南東リブ
松本CMC隊・メルー中央峰
アラスカ・ブロークントゥース他(横山勝丘)

10:40-12:00 セッション III
-高所障害の治療についてー
ダイアモックス(一般名アセタゾラミド)についての理解
野口 いづみ氏

13:00-14:30 セッション IV
「海外登山最新情報」
ネパール、インド、パキスタン、中国などの最新情報
14:30 閉 会

申込、問い合わせに関しては日本山岳協会の Web を参照してください。

2007年1月24日

横山勝丘講演会 「ラインを引く」

横山勝丘講演会 「ラインを引く」


ロクスノ33号 の 残置に関する対談で、横山さんの「冬季初登という考えをやめよう」というコメントが紹介されており、目からウロコでした。(夏と冬では壁の弱点が違う。冬は、夏のラインにとらわれず、冬のラインを登るべきということ。)

今日の講演会もタイトルどおり、"ライン" がテーマに据えられたもので、昨年 11-12月に行かれていたネパール・カンテガ北壁のスライドをメインに、ここ最近のクライミングが紹介されました。

カンテガ北壁
- 松本の佐藤さんと
- トレッキングピークではないので入山料が高い
- BC まで 5日、BC から AC までのアプローチが結構大変
- アプローチで風邪をひき、へろへろだった
- ラインは北壁のど真ん中。標高差 1200m。ババノフのラインとは干渉しない
- ラインは氷を繋いだもので、ほとんど垂直で、座れるテラスなし
- 近くの山で、2日ほど高所順応
- トップは空身、セカンドが荷物をしょってユマーリング
- ↑システムを間違えた。荷揚げシステムの方が良かった
- 1日目はビレイ点にぶら下がっただけでビバーク
- 全く陽がささないのでとにかく寒い
- 2日目はラインを少し外れた半洞窟状のところでビバーク。16(?)ピッチ目
- 残り 400m くらいで、凍傷の危険性やギアを落としてしまったこともあり下降へ
- 下降は懸垂で 4時間
- とにかく疲れた

敗退理由は、「自分が弱かった」・「心が折れた」とのことで、トレーニングをし直して 2008年秋に再度挑戦するとのことでした。

その後は、アラスカ・ハンティントン南西壁・志士、アラスカ・デナリ南西壁・デナリダイヤモンド、南米・ボリビア・イリャンプ北壁、アラスカ・ブロークントゥース北面・Before the Dawnのスライドなどを解説を含めて紹介。どの山に関しても、最初に山の壁を示し、それからお客さんに "どこにラインを引きますか?" という質問をしてから、横山さんが登ったラインを示すというやり方は面白かった。

日本の山も少し紹介され、槍ヶ岳西稜、唐幕中央ルンゼ、錫杖岳前衛壁周辺、福地温泉の氷(?)などのスライドが流れました。錫杖の氷は去年よりも状態はいい感じでした。

横山さんのクライミングスタイルは、季節を問わずにできるだけフリーで行き、合理的かつ攻撃的なラインをその山の壁に引くということ。そのラインが他人に訴えかけられることができれば尚良しとのことでした。そのため、基本的に山にボルトは持っていかず、ボルトを使わないと登れないような壁にはトライしないとのことでした。

一応トポや過去の記録を見て行くところを決めるそうですが、登るラインに関しては、壁を見てから臨機応変に対応されているそうです。そのため、山を見る目、ラインを読む目(実力) をつける必要性を力説しておりました。「山はグレードではなく、もっと根本的なもので、タフさ、精神力、体力、それらを生かせる経験、判断力が必要となる場所である」。

ちなみに、高所の壁に付けられているグレードは、高度が加味されたグレードだそうで、横山さんは腕のパンプ具合でグレーディングされているそうです。

日本に課題がなくなったと言って海外の壁に行く人は多いですが、日本にもまだまだ探せば登るところはいくらでもあります。皆さんもっと行って下さいという言葉には、あいたたたという感じでした。

今回の講演会はいい刺激になり、底まで落ちていたモチベーションが少し回復しました。

参考情報
明日のクライミングを垣間見た。 (Team Bangees)

2006年11月30日

THE NORTH FACE シャークスフィン登頂報告会

意外にも知らない人が多かったので載せておきます。

松本CMC の Web から引用。

シャークスフィン登頂報告会が、原宿のノースフェース プレスルームで開催されます。 今回登頂した4人のクライマー全員が出演します。 ぜひご参加ください。

会期 : 2006年12月1日(金) 19:00~21:00(18:30開場)
場所 : THE NORTH FACE プレスルーム
住所 : 〒150-0001 渋谷区神宮前6-12-23原宿山田ビル7F
電話 : 03-5468-8106
FAX : 03-5468-8253
定員 : 50名  参加無料

ちなみに、登頂メンバーとは、馬目さん、黒田さん花谷さん、岡田さんです。

2006年11月 9日

第16回・海外の山を知ろう/菊地敏之講演会

都岳連・海外委員会主催、"第16回・海外の山を知ろう/菊地敏之講演会" 「ヨセミテのトラディショナル・フリークライミングの体験」を聞いてきました。というより主催者側ですが。

第16回・海外の山を知ろう/菊地敏之講演会

講演会の内容は想像していたとおりで、自分の方向性と大差はないのですが、改めてクライミングにとってのスタイルの重要性に関して考えさせられました。

最初の 10分にすべてのエッセンスが含まれていた感じで、非常にいい講演でした。ヨセミテに関するスライドは、これまで散々見てきた写真だったので、新しいものはありませんでしたが、菊地さんの説明がためになりました。講演会の内容に関してはまた後ほど。

参加されていた方々が、どのようなクライミングをされているのかはわかりませんが、"クライミングとは何か" を考えるきっかけになればいいなぁと心から思います。

先日、某掲示板にて、日本の本ちゃんルートにおける残置のあり方に関する議論をし、また "ロクスノ 033" における残置に関する座談会を読んでみて、いろいろと違和感を感じたので、自分なりに "残置考" というエッセイを書いては見たものの 、まだルート開拓の経験がない身、ボルトをほとんど打っていない身では全然説得力がない。ので、最近読んで良かった Blog の記事を 1本紹介しておきます。

黒伏、南壁”秋風ルート”を登って感じたこと (Team Bangees)


講演会終了後は菊池さんと飲み会。クライミング界の裏話をいろいろ伺いました。今日は翔太をはじめ、久しぶりに会った人が多かった。

参考情報
海外の山を知ろう~菊地敏之氏の講演~ (山屋の独り言)
手を怪我したのは (もうそろそろリアルクライミングバムWITHわんこ)
都岳連 海外の山を知ろう (Keep smiling ! Keep climbing !)
菊地敏之さんの講演。 (M香のclimbing寝てもさめても。)
「コレ悪い・・・。持てないよ~」 イヤ、それを持てるようにするワザとは? (クライマー「H」の研究室)
都岳連・第16回海外の山を知ろう 講演会 (SEMILOG)
菊地さんの講演会:海外の山を知ろう(岩とリズム)

2006年10月31日

第16回・海外の山を知ろう

東京都東京都山岳連盟・海外委員会主催・第16回海外の山を知ろう

リマインダーになります。

東京都東京都山岳連盟・海外委員会主催
第16回海外の山を知ろう
ヨセミテのトラディショナル・フリークライミングの体験

講師:菊地 敏之 氏(山岳ガイド、元クライミングジャーナル編集長)

日程:2006年11月9日(木)19:00~21:00(18:30開場)

会場:豊島区立勤労福祉会館 4F(第3-4会議室)

内容:80年代にヨセミテのフリークライミングに魅了され、以後真摯にクライミングに向き合ってきた氏の想いを語っていただきます。

参加費:500円(当日受付)

お問い合わせ:東京都山岳連盟 03-5524-5231(月~金 13:00~17:00)

# 写真はノーズに行った時のお気に入り写真。ほとんど C1 で上がったので全然トラディショナルフリーじゃないんですけどねwww。

2006年6月29日

知られざるアフリカの山々

船尾修さん

都岳連主催・第 15回 海外の山を知ろう『知られざるアフリカの山々』船尾修さんの講演会を聞いてきました。というより開催者側です。

今日はアフリカの山に関するお話。アフリカ大陸に 3つある 5000m峰、キリマンジャロ、ケニア山、ルウェンゾリに関して、スライドを交えながらの説明でした。特に今年の 3月に登ってきたというルウェンゾリが中心でした。

元々は 1984年にキリマンジャロ登山に行ったのがアフリカにはまるきっかけになり、その後、1986年に、アフリカ 3山をバリエーションルートから登るために堤さんが作った "同人ビッグウォール" に参加することをきっかけに退職し、その後、カメラマン・ライターとしてアフリカ通いが始まったそうです。

"アフリカ = 乾いた大地" というイメージだったのですが、ルウェンゾリに関して言えばそのイメージが変わりました。アプローチはほとんど泥沼、屋久島同様、ほぼ連日雨が降っており、とにかく濡れていることに耐えられるかどうかが核心だそうです。

最後に QA を簡単にしてから終了となりました。今回は参加された方がほとんどが船尾さんの知り合いという状況でした。

これまではアフリカの山に関しては、南アフリカ・テーブルマウンテンでのスポーツルートに関する知識しかありませんでしたが、今日の講演でアフリカの山の概念が頭に入りました。しかしながら、クライミング要素が強い山があるかどうかとなると今回ではわかりませんでした。

今回はアフリカの山に関する講演会でしたが、船尾さんといえば、最近ではパキスタン地震で救援に向かったことで有名です。現在も救援活動を続けています。詳細は船尾さんの Web を参照してください。


船尾さんとの飲み会後、新宿から乗った終電間際の京王線、ふと脇を見ると女子高生が『最新クライミング技術』の "マルチピッチ" の項を熱心に読んでいる。めちゃめちゃストーキングしたい声を掛けたい衝動に駆られましたが、生温かく見守るにとどめました。いいクライマーになることを切に望みます。

2006年6月18日

第 25回 海外遭難対策研修会

都岳連海外委員のメンバーとして、日山協主宰の海外遭難対策協議会に参加してきました。土日に渡って行われていたのですが、参加したのは日曜日の国際部委員総会のみ。

参加メンバーは、日山協海外委員の常任メンバーと各県の岳連にある海外委員。とはいえ、各県の岳連のメンバーが揃っているわけではないので、人数は 40名ほど。尾形好雄さんや近藤和美さん、大宮求さんといった雲の上の存在の方々も同席しており、隅の方で小さくなって聞いておりました。尾形さんの話は初めて伺いましたが、淡々とした話しぶりでしたが非常に面白かった。

会場に着くとすでにミーティングは始まっており、2006年度の活動報告と来年度の活動予定についての報告が行われていました。

今日のメインは "国際部の今後の在り方について" の議論。議論のテーマは、日山協の国際団体的位置にある UIAA(国際山岳連盟) でも問題になっている、スポーツクライミングとアルピニズムの問題に関してです。この問題では、スポーツクライミングをオリンピック競技にするかどうかのごたごたで、UIAA のアラン・ブラックショー会長が辞任しています。この辺の問題はメスナーの勲章拒否問題あたりから表面化しています。

本来、登山技術の一つであったクライミングですが、そのスポーツ要素を最大限に高めたスポーツクライミングは手軽に始められる、メディアでの露出も多いことより、人口は爆発的に増加し、現在ではスポーツの 1ジャンルとして確立しています。スポーツクライミングと山(アルピニズム) は完全に分離していると言えるでしょう。そのため、スポーツクライミングをやっている人で、ゲレンデには行っても、山に来る人は皆無なのではないでしょうか。

そのため、スポーツクライミングを推進する派閥とアルピニズムを推進する派閥との争いはどこの山岳協会でも問題になっています。日山協でもその動きは例外ではありません。ただ日山協ではまだそれほどは問題にはなっておらず、国際部の予算の中からジャパンカップなど競技登山(?) の予算を出すことが問題になっています。いずれはクライミング部 or 競技部などの専門分野の部を立ち上げそちらで対応するとのことでした。

個人的には、競技は競技で重要で、競技登山をうまく利用してアルピニズムに生かせない動きに問題がある気がします。スポーツクライミングの高度なクライミング技術を山に持ち込めば、凄いことが色々できることは、アルピニズムの最前線の記録を見れば明らかです。

それ以外に関しては情報発信のあり方、いかにして講演会に人を集めるかなどが問題になっておりました。

ミーティング後に神奈川県岳連の "ねもと"さんと話が合い、喫茶店で 2-3時間話こんでしまいました。久しぶりに山の話をした気がしました。楽しかった~。

m060618-1.jpg



2006年2月22日

アルパインクライミング イン ロシア

先週下川町で行われたアイスクライミング・ジャパンカップのルートセッターとして、今年も来日したロシアのペバート・シャバリン氏の講演会が渋谷・モンベルルームで行われたので聞きに行ってきました。

内容は 2005年夏のハンテングリ北壁への遠征と近年のアイスクライミングについてでした。

【ハンテングリ北壁】
ハンテングリ北壁

- キルギスタンにある、世界最北の 7000m峰。雪の量によって標高が変わり、6995m ~ 7010m。北壁の取付は標高 4000m。
- 風はパタゴニア並みで、標高はそれより上。
- 北壁は 1974年に 8人のロシア人が初登。
- これまで北壁は 13隊、7ルートから登られており、ほとんどが 4-5人チームで登られている。2人チームでのトライは過去に 6回トライされているがいずれも失敗。

登攀ライン
登攀ライン

- 2003年に 2人でアルパインスタイルでトライするも、天候が悪く、失敗し、ヘリで救助され、帰国して 2ヶ月入院。
- 2005年の北壁は自分達だけ、ノーマルルートは 72人。
- 8/20~ 登るのに 10日間、下降に 2日間。当初は 4-5日間を想定していたが天候が悪く予想以上に時間がかかった。
- 装備は食料 4kg、ガスカートリッジ 中 4缶。
- シュラフは 2人で 1つ、重さは 1kg。
- 壁は全体的に脆く、プロテクションも悪い。Mixテクニックでほとんどフリーで抜ける。

壁の様子

- この登攀でロシアのクライミング金メダルを獲得。
- シャバリンが全ピッチリード。パートナーのイリアスはユマーリングでフォロー。
- 使ったロープは 9mm 60m。

お手製特殊あぶみと専用の脚用ハーネス
お手製特殊あぶみと専用の脚用ハーネス

【アイスクライミング】
ロシア・キロフでのアイスクライミングコンペの映像と "no pain no gain" の映像を解説付きで流しました。"no pain no gain" は数十回と見ているものの、関係者の解説付きで見るとまた違った観点で見れて楽しめました。

シャバリンは、"日本ではコンペクライミングと山の世界が乖離していて残念" とおっしゃっていました。激しく同感です。この辺に関してはまた今後。

終わってから日山協の中川さんと飲みで色々話を伺えたのは収穫でした。今後のアイスコンペのあり方や方針などについても議論できました。期待しております。

2006年2月 2日

雪崩追っかけ四十年―Prof.若林のhot雪崩学講演会

渋谷のモンベルルームで行われた講演会に行ってきました。

大昔に若林先生(旧姓:新田) の雪崩講習会を受けたことがあり、結構面白かった記憶があったので、聞きに行ってきました。

先生は既に退官しており、現在は白馬村で ACT(Avalanche Control Team) の活動に携わっているとのことです。

今日の講習の内容は、「これまでの雪崩学の切り口をまったく変えての説明です」と先生がおっしゃるとおり、内容は雪崩の講習会でも、今まで聞いたことの無い切り口でした。

これまでの日本の雪崩学では、"弱層" にこだわりすぎ、雪質などの細かいことに惑わされ、複雑な方向に行っている。もっと全体的、総合的に山を見るようにすれば、シンプルに考えられるということでした。

具体的には雪崩の種類を "転"、"滑"、"割"、"流" の 4つに分類して考えるということでした。詳細は・・・、どこに書かれているんでしょう? 結焼温度やスラブの厚さによる雪崩の話などがありましたが間違ったことを書くと問題になりそうなので、調べてみてください。

雪崩の世界から』のような雪崩に関する小話をするのかと思いきや、最初から最後まで学術的な話で埋め尽くされていました。全く知識が無い人がいたら訳わからなかったのではと思います。

2006年1月25日

第44回海外登山技術研究会

日山協が主催の第44回海外登山技術研究会に関しても詳細がわかりましたのでお知らせしておきます。

期日 : 2006/2/18(土) ~ 19(日)

場所 : 国立オリンピック記念青少年総合センター(417研修室)

費用 : 12000円(1泊 3食付、資料代含む)
1日のみ参加希望の一般参加者は 2000円(資料代別)
また、懇親会費 3000円は別途会場でお支払いください。

講師 : マルコ・プレゼリ / ロジャー・ペイン

レジメ
2/18
13:00 受付開始
13:30 開会
14:00-18:00
セッション I 「アート・オブ・サバイバル」 - 世界水準のアルパイン・クライミングを語る -
マルコ・プレゼリ氏(スロベニア) / ロジャー・ペイン氏(英国)
18:30- 懇親会 @カルチャー棟 レストランとき

2/19
9:00-11:00
セッション II 「シンポジウム」 - 日本のアルパイン・クライミングの復興について -
コーディネーター : 坂下直枝氏
11:10-11:50
セッション III 「2005年登山報告」
ギャチュンカン南西稜(福岡大学隊)
12:50-14:30
セッション IV 「海外登山最新情報」
ネパール、インド、パキスタン、中国などの最新情報
14:30 閉会

詳細は日山協の Web を参照してください。

裏情報として山野井泰史さんと、竹内洋岳さんが泊まりで参加されます。残念ながら当方は参加できません。

追記 (2007/11/11)
20060218-19 日山協 第44回 海外登山技術研究会 (文太のブログ日記)

2005年12月18日

救命講習 @ランナウト

今日は、普段救命講習のインストラクターをしている、会の瞳ちゃんにお願いして、救命講習をしてもらいました。

内容は、CPR(心肺蘇生法) を中心にその前後の過程も含めて講習してもらいました。昔、ガイドをしていた時は、毎年 2回以上は上級救命講習を受けていたので個人的には完全に確認でした。

昔勉強した、実際に使っていたやり方との相違点は 2点で、昔は "脈の確認" をしていた箇所が "循環のサイン" の確認になっていた点と、2人法での心肺蘇生法が心臓マッサージ 5 に対して、人工呼吸 1だったのが、 現在は心臓マッサージが 15 で人工呼吸が 2 と、1人法とまったく同じ回数であった点です。心臓マッサージが結構重要なようで、今後はさらに回数が増えるかもということでした。

また、最近は AED(Automatic External Defibrillator) が一般にも普及しているようで、AED によって助かった例も多々あるようで、簡単ながら AED の使用法についても教えてもらいました。

瞳ちゃんありがとうございました。

参考情報
AEDを含めた心肺蘇生法

2005年11月10日

「空にいちばん近い山-エベレスト8848m」 村口徳行氏 講演会

m051110-2.jpg

11/10 に池袋の勤労者福祉会館で行われた "第14回海外の山を知ろう" のイベント、村口徳行氏の講演会に行ってきました。

あとで。

2005年7月 7日

第 13回 海外の山を知ろう ジャヌー北壁映写会

都岳連海外委員会主催の "第 13回 海外の山を知ろう" に参加してきました。刺激が強すぎました。

会は都岳連海外委員の中川さんが、先日来日したロシアチームが置いて行った写真や DVD を上映しながら、解説を加えて進めて行く形式で行われました。

中川さんと澤田さん
中川さんと澤田さん

"ロシアのアルピニズム" というテーマを元に解説されていましたが、"ロシアのアルピニズム" という言葉の意味にかなり違和感を覚えるというか、全く異質なものに感じられ、環境によって言葉の意味も変化するということを実感しました。詳細は当日配布された資料(Word形式) を見てもらえばわかりますが、アルピニズムをスポーツと位置づけています。

引用
-------
登山を文化として位置づけてしまうと、そこには上下が無くなってしまうのです。雰囲気として楽しければよいという事になってしまいます。スポーツとして位置づければ、そこには競争が生まれ、レベルの違いが出来てくるのです。登山というのは、ある程度のレベルの違いがあるものだと思います。そうした意味で、登山はスポーツです。
-------

社会主義国家での生活を想像できないので上手く書けませんが、登山を "競争" と関連付けるという考えは当方には全くありません。あくまでも個人の問題だと思うのですが。ただロシアチームがフリークライミングのスピードコンペで強い理由も良くわかりました。

ソビエト時代には "自由" というものは存在せず、その中で自己表現の手段としての登山を選び(それが自由?)、登山をスポーツと捉える国家の中で生活するために、幾多の厳しい競争を経て、国際スポーツマスターというプロの登山家の資格を得、登山家になったそうです。それでも好きな山に登れるわけではなく、登山は国防的な意味合いが強かったようです。ただ、国家から経済援助は得られていたので、常にレベルは維持できていたようです。

登山はスポーツ、競争という特有のアルピニズムをベースに登山をしていた彼らが、経済援助を受けていたソビエト崩壊後に、好きな登山をするためにスポンサーを集める意味もあって始めたプロジェクトがロシア・ビッグウォールプロジェクトです。ターゲットは以下。

1.パミール・アライ 4810m峰 1995年
2.アクス 1996年
3.トール 1997年
4.インド、バギラティⅢ 1998年
5.パキスタン、グレートトランゴ 1999年
6.パキスタン、ラトックⅢ峰(6949m) 2000、2001年
7.バフイン島グレートセイルピーク 2002年
8.ネパール、ジャヌー 2003、2004年
9.ベネゼエラ、ロマイラ 2005年?
10.フィッツロイ?

今回の上映に使われた写真や DVD は各プロジェクトでスポンサーに説明するための見せるための内容になっており、商業的な意味合いが強いものですが、そんな前提などとは無関係に、どれも素晴らしいクライミングばかりで、自分にとってはどれも雲の上の存在的な映像で凄く刺激的でした。果たして自分が現在やっているクライミングの延長にあの世界が存在するのか不安になりました。もちろん質は全く違うでしょうが、根本的にやり方を変える必要があるのかもしれません。

紹介された映像はアクス、バギラティIII、ラトックIII、エベレスト北壁、グレートセイルピーク、ジャヌー北壁でした。

パキスタン・ラトック III峰
パキスタン・ラトック III峰

これだけのレベルのクライミングをしているにもかかわらず、死亡者が出ているのはラトックIII で 1名だけというのも素晴らしい実績です。彼らの強さは際立っています。登山のエリート中のエリートと言うこともありますが、エベレストやジャヌーの山頂にもカメラを複数台担ぎ上げており、いくらスポンサーを得るためとは言え、余程の余裕がないとできない芸当です。

エベレスト北壁、ジャヌー北壁では包囲法を使っているものの、過去に日本隊がしていた包囲法とは違い、少人数でほとんどシェルパレスで彼らだけで行っているので、どちらかというとアルパインスタイルに近いのではと思います。中川さんも "他人の力を極力借りないことが重要" と盛んにおっしゃっていました。それでも批判が出るというのはもう想像を絶する世界です。まさに羽生丈二の世界(理想の世界) に近いです。

エベレスト北壁
エベレスト北壁

バフィン島グレートセイルピーク
バフィン島グレートセイルピーク

登頂終了後に一人のメンバーがパラパントでダイブしていました。

ジャヌー北壁
ジャヌー北壁

おっ、このアックスは例のアレですね
おっ、このアックスは例のアレですね。アイスクライミングコンペのスピード競技でロシアチームが使っていたアックスです。来年以降はレギュレーションに引っかかるそうですが、実践でも使っているとは。

映像で面白かったのは、ポーターレッジ等の自分の荷物は全部自分自身で腰からぶら下げて荷揚げ(ユマーリング) していることでした。その他にもフックに結んでいるスリングを手で縫っていたり、自作のバットフックみたいなものもあったりとおーっと思える映像もありました。

上映会の後、委員の方たちと飲みましたが、自分のスケールの小ささ、考え方の甘さを痛感しました。中川さんの隣に座って話を聞いていましたが、海外のクライミングの話にまったく付いていけず、久しぶりに孤独感を味わいました。確かに、バギラティ、グレートトランゴ、ラトック、ジャヌーの位置関係を地図上で説明しろと言われてもわかりません。前提となっている海外の基礎知識が無さ過ぎなので海外の雑誌を本格的に読む必要性を感じました。ロクスノで広義のヒマラヤ特集とかやってくれれば嬉しいのですが。

参考情報
ロシア人クライマーのフィルム (旅の空)
海外の山を知ろう、ロシア隊のビデオ上映@池袋、勤労福祉会館 (岩とリズム)
海外の山を知ろう ジャヌー北壁映写会 (プチクライミングバムWITHわんこ)

会場で先日お世話になった柏さんをお見かけしたので、かーばたさんと挨拶しようと思ったのですが、ちらっとお見かけはしたものの、挨拶できずじまいでした。残念!!

2005年7月 4日

モンベルハードコア人体実験室公開発表会

モンベルハードコア人体実験室公開発表会

2005/7/4 にモンベル渋谷店で行われた新井裕己さんの講演会に行ってきました。これまでロクスノに連載されている記事や最近出版されたフリークライミングの "クライミングに役立つ栄養学" のコーナーをわかりやすく、構成し直した感じで非常にためになりました。

内容に関しては撮ったビデオをパワポと併せて Producer 2003 で編集して、ストリーミングでアップするのが楽なのですが、参加された方々の Web に細かく書かれていますので、末尾の参考情報を参考にしてください。当方は簡単な感想だけ。最近は忙しさを理由に怠け気味・・・。

- "口に入るものは全て食品" という考え方は同じでした。当方はまずくても美味くても胃の中では一緒という変なアプローチですが。もちろん入力は美味いに越したことは無いと思いますが、新井さんも多少は味を気にされているようでした。

- 必要なものしか摂らなければ便が出ないというのは驚きでした。

- 運動前後のサプリメント推奨例にある "青魚" というのはサプリで摂ってるのでしょうか?

- ベータアラニンはいろんな意味で試したいサプリですね。ピリピリしてみたい。

- 複雑なアミノ酸の摂取タイミング、摂取量がコンパクトにまとめられており頭の中がすっきりしました。

- まだまだ先を見ているようで、今後の新井さんの実験結果が楽しみです。

近年になって、クライマーにとってのサプリの摂り方やトレーニング法、体のケア方法などが科学的に確立されるようになり、ようやっとクライミングも他のスポーツと同様に環境が整備されてきました。ここまで来るとプロとアマの差はほとんど登り込みの時間の差だけになってきます。そここそが最大の問題でもあるのですが。

サプリ購入サイト
海外
http://www.iherb.com/
http://www.betterlife.com/
http://www.bulknutrition.com/

国内
http://www.muscle-elite.com/
http://www.twinwholesale.com/
http://www.456.com/

参考情報
極みのヒト (no climb no life)
[misc]新井裕己「ハードコア人体実験室公開発表会」 (spiral --- climbing diary)
新井さんの講演@mont-bell渋谷店 (岩とリズム)
ハードコア人体実験室 公開発表会 @モンベル渋谷 (物欲日記・・・ほぼクライミング記)

2005年3月16日

Mix クライミング講習会 @ストマジ

ヒールフックでのレストから次の一手へ
ヒールフックでのレストから次の一手へ(本田さん)

ストマジ江本さんによる Mix クライミングの講習会を受けてきました。参加者は本田さんと横山さん、かーばたさんと自分の 4名。平日だというのにみんな立派な不良社会人です。

講習会の内容は以下

・バイルの持ち方
・バイルの持ち替え方法
・人工ホールドでの Mix クライミングテクニック
・自然壁での Mix クライミングテクニック
・人工と自然壁でのテクニックの違い
・自然壁でリードする時の注意点
・岩から氷への移り方
・せま~い限定トラバースのコツ
・スピードクライミングテクニック
・普段のトレーニング方法
・ミニコンペ
・その他質疑応答
・クライミング Tips

講習会の内容はもったいないので書けません。すいません。目からウロコ的なテクニック満載で非常に勉強になりました。そんなのあり? といったコンペ技まで事細かに教えていただきました。特にヒールの使い方は、今後なくなる可能性もありますが、普段全く考えていなかったので、ためになりました。あとは反復して、ムーブをきっちり体に叩き込めればスムーズに Mix クライミングができそうです。

カナダから帰国されたばかりのようで、そのフィードバックも色々ありました。

自分と同じ年齢なのに凄くしっかりしていて、やっぱりプロは違うなぁと言う感じでした。本田さん、誘っていただき有難うございました。

2004年12月16日

ロルフィング 1回目 - 呼吸

今号のロクスノで新井さんが紹介していたロルフィングが気になったので、調べてみたところ、家から歩いて 10分のところで受けれたので、試しに受けてきました。

結論から言うと、効果ありです。まだ 1回受けただけなので、クライミングにどう影響してくるかはわかりませんが、早くも姿勢や歩き方が変わりました。

最初に簡単なカウンセリングをして何をしたいかを決めます。全体的にやるのか、どこか局部を重点的にやるのかです。その際に聞いた "バランス" の説明は結構画期的でした。

Web で申し込んだ際に "Rock&Snow でロルフィングを知りました" と書いたところ、ロルファーの先生は早速購入されて該当記事を読んでおり、勉強熱心だなぁとまず感心しました。

その後、パンツ一張で歩き回ったり、深呼吸したり、腕を上に伸ばしたりして、体のバランス状態等をチェックしてから、ベッドに寝て施術開始。

今日のテーマは呼吸。体の部分部分(筋肉の接合箇所?) で止まってしまっている呼吸を、筋膜を上手く刺激して、足の裏から入れて頭の上まで抜けるようにするのが目的でした。深呼吸に合わせて、腕や足を伸ばしたり押したりしているうちに、不思議なことに、最終的には効果が実感できるようになりました。

施術後には歩いている感覚が明らかに施術前と比べて違いました。それまでは結構猫背だったのが、少し解消され、腰から前に出て歩いている感じになりました。効果は人それぞれのようですが、普段から体を動かしている人の方が、効果は早いそうです。

施術中に色々指摘されたコメントは、普段余り意識していない自分の体のおかしい点に関してで、言われてみるとなるほどという感じでした。結構簡単なことでも普段は気づかないものです。

ロルフィングの公認ロルファートレーニング場所がアメリカ・コロラド州ボルダー(有名な岩場ジャン) だからか、どこも大体 10回コースで、メニューも同じようです。楽しかったので 2回目が今から楽しみです。

関連エントリー
ロルフィング 1回目 - 呼吸 (2004/12/16)
ロルフィング 2回目 - 足 (2005/1/7)
ロルフィング 3回目 - まとめ (2005/1/11)
ロルフィング 4回目 - 足 (2005/1/18)
ロルフィング 5回目 - 腹 (2005/2/1)
ロルフィング 6回目 - 腕 (2005/2/8)

2004年11月27日

山野井泰史講演会 @柏市中央公民館 5階大講堂

(2004/11/27(土) 柏市中央公民館 5階大講堂)
山野井泰史講演会 @柏市中央公民館 5階大講堂

Pump1 でクライミングをした後、そのまま Mガイドの車に便乗して千葉県柏市で行われた山野井さんの講演会を聞きに行ってきました。

山野井さんの講演を聞くのは今年 3回目ですが、最初の部分はほぼ同じで、最後の最後に前の講演以降に行かれた山行の報告が追加される感じです。今回も今年の夏に行かれた中国の話が追加されておりました。

中国では天候が悪かったこともあり、完登できずに敗退されましたが、ここを終わらせないと先がないとのことで、来年また行かれるそうです。

講演後は Q&A と抽選会が行われました。Q&A で面白かったのが、

Q. 日本人初の 8000m 14峰 登頂者になる気はないのですか?
A. やればできますが、興味がないのでやりません。エベレストに行ってる暇はありません。

Q をした人はそれが信じられないような感じでした。

抽選会では山野井さんのサイン入りの本とギャチュンカンの写真を使った葉書をプレゼントしていました。運良く絵葉書があたりました。

柏市山岳写真協会セミナーが主催だったこともあり、約100人の聴講者はほとんど写真協会の方だったのか、一眼レフカメラをお持ちの方が多く、講演会後は写真撮影会と化していました。

照明がいまいちで、映像が潰れがちなため、ギャチュンカン遭難後の話を音だけ抜きましたので、興味のある方はどうぞ。

山野井泰史講演会 (WMA形式 31:33 4.66M)

抽選であたった葉書
抽選であたった葉書

2004年11月18日

今日のアルパインクライミングの実践―小野寺賢治の場合

小野寺賢治さん
小野寺賢治さん

都岳連主催の "第12回海外の山を知ろう" で、最近記録をよく目にする山学同志会の小野寺賢治さんの講演会を聞きに行ってきました。

夏は高難度のアルパインフリー、冬はミックスクライミングを中心に活動されており、現在のクライミング界の流行の最先端にいる方です。スポーツルートでも小川山のスペシャリスト(5.13d) を登っておりフリーのレベルも最高水準にあります。自分の理想です。

今回の講演会では今年の春に行かれたアラスカの Bears Tooth の話と夏に開拓した錫杖岳前衛壁の L字ハングダイレクトと P4ルーフの話が中心でした。

アラスカの Bears Tooth は雲表の兼原さんと行かれており、氷の状態が悪く途中で敗退されていますが、この山にはたくさんラインが取れ、アプローチも近いので面白そうでした。脇の Mooses Tooth が有名なので最近はこの近辺も人気が出てきているとのことでした。先号の Climbing 誌にもちらっと出ていました。

錫杖岳には冬にも 2ルンゼに Mix ルートを開拓されており、四季を通して通っているそうです。現在は北沢フェイスの "しあわせ未満" のフリー化に取り組んでいるそうです。5.13 前半になりそうとのことで、どひゃーって感じですね。

Mix はコロラド、ヴェイル、ユーレイで基礎を勉強し、日本では秩父の中津川でルートを作って練習されたそうです。面白そう & 近いので今シーズン行ってみようかな。

雨だったせいか、参加者は 10名と寂しい限りでした。もう少しは集まっていると思ったのになぁ。亀ちゃんとまた遭遇。小野寺さんは予想していたよりも大人しめな印象でした。講演会慣れしていないという本人の弁もあり、準備されていたスライドや PC の写真の取り扱いにはたどたどしいところがありました。また、海外・国内を問わずかなりの経験をされているので、もう少し色々な話を聞きたかったです。それにしても今の山学同志会のメンバーが 4人しかいないとは・・・。しかも代表はまだ坂下さんだそうです。

2004年7月 9日

パタゴニア スピーカーシリーズ モンゴル・チベット90日、ここにしかない旅

(2004/7/9 19:30-21:00 パタゴニア目白店)
パタゴニア スピーカーシリーズ モンゴル・チベット90日、ここにしかない旅

パタゴニア目白店で行われた水津幹夫・幸代夫妻の講演会に行ってきました。水津夫妻のことは恥ずかしながらほとんど知らなかったのですが、2年前のロクスノのバイルレビューでお名前を拝見したのが最初だったかもしれません。

夫妻でパタゴニアに勤務されており、パタゴニアで使用しているカシミアの調査とモンゴルの遊牧民に興味があったためにモンゴルに行き、その後、クライミングをするためにチベットに行った話をされました。

モンゴルではウランバートルでカシミアの会社によって案内人を雇い、オブス、ウラン湖へ行き遊牧民と生活を送り、スライドではカシミアやラクダ、牛、犬、キツネ、狼などいろいろな動物が登場し、モンゴル遊牧民の生活に動物が欠かせないことが伺え、遊牧民の人もロシアンジープに何人乗ってるの? というくらい大勢で乗って、常にウォッカばかり飲んでいて、集合写真好きで何だかお茶目な感じがしました。

アイスクライミングとしてウラン湖の近くの 30m ほどの滝を登っています。またウランバートルに戻ってから、ホルホン川にある滝も登っています。モンゴル自体がほとんど平原なのでモンゴルにある顕著な滝は登ってしまったのではと言ってました。

その後、成都に出て、チベット登山協会の人と打ち合わせを行い、当初は未踏峰を登る予定だったのですが、お金の関係でトモガンリという 7000m峰に変更して新ラインから第 2登を狙っていますが、時間切れで途中で敗退しています。

スライドの量が豊富で楽しいひと時でした。それにしてもパタゴニアって 90日も休みが取れるんでしょうか? うらやましい限りです。

2004年6月26日

救急法セミナー

後輩からの要請があり、救急法のセミナーをしてきました。

行った内容は、先日受けた都岳連の救急法セミナーを圧縮して、少しプラスアルファしたもの。他人に教えると、自分の知識の曖昧なところが浮き彫りになるので、確認のためにもよかったです。またこれまで関係が薄かった現役の 2年生とも交流が持てたので、収穫でした。

ICUWV の皆さん、今が踏ん張りどころかもしれませんががんばってください。

2004年6月25日

山野井泰史講演会 垂直の記憶 岩と雪の7年

(2004/6/25 11:00-12:30 サンシャインシティ コンベンションセンターTOKYO)
山野井泰史講演会 垂直の記憶 岩と雪の7年

池袋で開かれている東京アウトドアズフェスティバルで行われて山野井泰史さんの講演会を聞いてきました。会場は狭くて騒がしく、かつスライドが見にくい状況でしたので、少しかわいそうな感じがしました。最初はそれほど会場に人は入っていなかったものの、講演が始まると続々と人が集まり始めスタッフが方々から椅子を集めていました。

講演会の内容は前回聞いた内容や、これまで話で聞いていたものとほぼ同じで、それを 1時間に凝縮し、プラスアルファで近況として来月登りに行こうとしている中国の未踏峰の岩壁の話が少しありました。また、Q&A の質問にあった、日本で好きな山はと聞かれて "最近は奥秩父です" と答えられてたのは印象的でした。

ここには書けないのですがオフレコの話に非常に興味が沸き、その点に関して Q&Aでも質問が出ていましたが、結局ノーコメントでした。やっぱり登山記録というのは登山史の一部でしかないんだなと感じました。

参考情報
東京アウトドアズフェスティバル2004

2004年6月19日

~北ア・黒部川スキー横断 5つの記録~

(2004/6/19 18:30-20:30 渋谷モンベルルーム)

ぶなの会、スキーアルピニズム研究会に所属する三浦大介さんの講演会を聞いてきました。

近年三浦さんが行ってきた黒部周辺でのスキー滑降に関する記録をスライドショー形式で進めていくという内容でした。ルート詳細は下部の配布資料を見てください。三浦さんは高校、大学と山岳部に所属され、社会人になってからスキー検定を狙って基礎スキーのサークルに入りスキーの技術を磨き、その後スキーアルピニズム研究会、ぶなの会に入られたそうです。

今回の講演を聞いて考えたことは積雪期に黒部を横断する場合、状況やルートにもよりますが、当然ながらスキーの方が歩いて横断するよりも圧倒的に早いということです。先月の山渓に澤田さんの日帰りの記録が出ていますが、今回の三浦さんの記録も 2日~ 3日がメインで、危険地帯でのスキーの機動力を最大限に生かしています。

デメリットとしては機動力を生かせる半面、ルートが限定されるということでしょう。歩きの場合ですと、ザイルさえあればどこでも下れると思いますが、スキーの場合はそうも行かず、スキーを脱がずに黒部川(黒部湖) まで滑れるルートはそうそうないと思います。

配布資料
北ア・黒部川スキー横断5つの記録
(Word形式/スキャンしてOCRにかけて整形したものです。地図も配布されたのですがオリジナルが荒いためスキャンしませんでした。)

講演会のメインは黒部横断だったのですが、最後の 10分におまけ的に行った北岳バットレスヒドンガリー滑降のインパクトが強烈で北岳の印象しか残っておりません。ビデオは持っていったもののテープを持っていくのを忘れました。激しく後悔。記録の詳細は今月の山と渓谷に出ています。

北岳バットレス(赤線がヒドンガリー滑降ルート)
北岳バットレス(赤線がヒドンガリー滑降ルート)

ドロップポイント
中央あたりがドロップポイント(ほとんど壁なんですが・・・。)

ヒドンガリー核心の F2
ヒドンガリー核心の F2

うーん、凄いですね。

2004年6月16日

Voice of the field FROM ATSUSHI YAMADA

Voice of the field FROM ATSUSHI YAMADA

セブンサミッツ最年少記録保持者の山田淳さんの講演会に行ってきました。正確には 5/24 にアメリカのブリトン・キーシャさんが最年少の記録を更新しているので、現在は "前" 記録保持者です。

山田さんは講演会慣れしているからか、話す内容もしっかりまとまっていてつぼを押さえている感じでした。さすが富士山ガイド。また Voice of the field も 2回目ということもあったせいか、前回に比べると DESCENTE サイドの手際も大分よくなっており、アンケートに答えると粗品がもらえるサービスまで行っていました。

講演は山田さんが中学時に山を始めるきっかけの話から始まり、高校、大学と山岳部に入り、セブンサミッツに登った過程をスライドを交えて説明していくという内容でした。

一番簡単だったキリマンジャロから登り、次に高度が課題となるアコンカグアを食糧の関係と滑落の関係で速攻で落とし、マッキンリーもスケジュールの都合で 2週間弱で速攻、エルブルースもさくっと登って、帰りはシベリア鉄道で帰国し、少し休んでからコジウスコ、帰国後 3日で南極に向かい、ビンソンマッシーフへ 300万+α をかけて登り、次に日本人男子としては最初の登頂者(日本人としては 3人目) になった登攀要素が強いカルステンツピラミッドを落とし、そして最後にチベット側からチョモランマ(エベレスト) に登ってフィニッシュです。

セブンサミットは現在ではお金の問題であって、世界的には何の評価もされていませんが、自分としてはやっぱりどの山を取っても(コジウスコは別) さくっと行ってこれる感じはしません。だからかどの山の話も新鮮でした。特にチョモランマは格別で、最終キャンプからの写真や、先日日本人が亡くなられた第 2ステップの写真とそれにまつわる話、最後の山頂までの写真、最終キャンプからの 3本の酸素ボンベの使い方などなど、完全に別世界の話でした。なんだかんだ言ってもやっぱりこれはこれで凄いと思います。

これまでセブンサミッツを達成した日本人、難波さんは亡くなられてしまいましたが、田部井淳子さん、野口健さん、石川直樹さんは皆それぞれ山や冒険にまつわる仕事をされています。来年からはサラリーマンですとおっしゃってましたが、山田さんが今後どこに向かっていくのか楽しみではあります。(正確には野口さんと石川さんは Carstensz Pyramid には登られていません。)

参考情報
The Seven Summits

2004年6月13日

山のセルフレスキューⅠ: 2日目

本日も昨日に引き続き都岳連のレスキュートレーニングを受けました。

救助要請
救助の要請について。
ヘリの料金の説明は参考になりました。ちらっと篠原さんの "レスキュー" のビデオを見ました。

東邦航空の料金 (少し古いデータだそうです)
チャーター料 51万1600円 / 1時間
空輸料     42万5400円 / 1時間
スタンバイ料  15万円 / 1件
滞留料(滞留時間が 3時間を越えると) 29万7000円 / 1時間 ただし、最大 2時間まで
夜間滞留料   7万17円 / 1泊

山岳共済について
最近著しく変わっている都岳連の共済に関して。継続割引の導入や安くなっているのはいいと思います。また、2年前から都岳連だけで運用しているため、遭難関連にかかった費用は基本的には制約なく全額支払いされるようになっています。

搬送法
搬送までのアプローチ、道具を使用しての搬送(スリング、雨具、ザック、担架)、使用しないでの搬送(背負い、ヒューマンチェーンなど) をやりました。過去の経験からすると、人数がいないと搬送はかなりきつくなります。マンツーマンでの搬送もしたことがありますが、10分歩ければいいほうでした。

ドラッグ法  背負法
ドラッグ法 / 背負法

2人での搬送法 ヒューマンチェーン
2人での搬送法 / ヒューマンチェーン

スリングでの背負い搬送 雨具を使っての搬送
スリングでの背負い搬送 / 雨具を使っての搬送

電撃・咬傷
雷に打たれたときの対処法と、蛇にかまれたとき、蜂に刺されたときの対処法をしました。蜂にも蛇にも被害を受けたことがありますが、そのときにポイズンリムーバーを持っていなかったということもありますが、基本的には放置でした。物凄く腫れて痛みます。ヒルに関しての説明がありませんでした。

ストレスマネジメント
最近問題になってきている PTSD や ASD に関すること。怪しげなビデオを見ておしまい。これに対処するのは難しいですね。

デモ
これまでの講習内容を踏まえ、事故が起きたという設定を講師陣が作り、4つのグループに分かれて行動してみて、あとでみんなでディスカッションをするというシュミレーションを行いました。まずはお手本ということで、講師陣によるデモが行われました。台本まで用意しての熱の篭ったデモでした。状況設定も、血のりまで使ったリアルなものでした。

講師陣によるデモ
講師陣によるデモ

シュミレーション
講師陣のデモの後に、グループごとに違う設定でシュミレーションを行いました。見ていて & やっていて思ったことはみんな作業も動作も緩慢でかったるいということです。実際の現場であんなに悠長だった記憶はなく、一刻も早くけが人を下ろすことに集中していました。"冷静に" というのもわかりますが、あそこまで遅いとなぁ・・・。

2日間を通して受講してわかったことは、富士山でガイドをしていたときの経験が非常に大きいということでした。ほぼ毎日何らかのアクシデントがあったので、それらに対処しているうちに体がすぐに反応するようになりました。そういった意味では貴重な経験でした。

講習会では常に頓珍漢な発言をしているおばさんが気になりました。

講習会の後は来月からアメリカに留学してしまう茶木さんの送別会を日本橋で行いました。

2004年6月12日

山のセルフレスキューⅠ: 1日目

都岳連の "山のセルフレスキューⅠ 「山の救急法」" を 9:00-17:00 まで浜町公民館で受けてきました。講師陣に MFA(Medic First Aid) のインストラクターがいるからか MFA系の講習でした。

山で事故等によって傷害を受けたときの対処法、救急法を座学と実技によって覚えていくという内容でした。過去に腐るほど救急法に関しては講習やら実体験でやっていることでしたので、初めてという内容はありませんでしたが、忘れていたことも結構あり、確認の意味では収穫になりました。ただ参加者が 40人と、人大杉なのが最大の問題で、実技のときはまるでバーゲン会場の騒動と化してました。内容に関してざっとまとめてみましたが、特にメモは取らなかったので、間違っている箇所があるかもしれません。

講習会(座学) 風景
講習会(座学) 風景

救急法概論
概論です。救急法の範囲。「救急法」は医師へ引き継ぐまでの間、効果的な応急救護を提供するもの。二次遭難に注意。

山へ携行する応急パックの説明があったのですが、ゴム手袋は携帯はしているものの、まだ使ったことはありません。感染症に関してはいろいろ言われてはいますが、実際に現場でどのくらい役に立つのでしょう。

ケガ人に近づく前に現場の安全確認を。

出血のコントロール
直接圧迫と間接圧迫。傷口の処置に関しては傷パワーパッドや湿潤環境治療を紹介していました。とはいえ、日本では比較的新しい治療法であるため講師陣もまだ戸惑い気味で説明もあいまいでした。塩素の入った水道水で洗うのと沢の水で洗うのではどちらがいいのかについても迷いがあるような説明でした。そんな些細なこといざとなったら気にしてられないとも思うのですが。

包帯の使い方
純粋な意味での "包帯" の使い方ではなく、メインは三角巾の使い方。八ツ折のやり方から始まり、たたみ方、結び方、頭部、肘、膝、腕、手のひらへの巻き方、固定法をやりました。ポイントは結ぶ強さを相手に確認しながら結ぶのと、結び目の位置を傷の上や、歩行時に邪魔になる場所には持ってこない、三角巾を直接地面に置かないということです。

頭部出血の応急処置 膝出血の応急処置
頭部出血の応急処置 / 膝出血の応急処置

ストッキングを使用しての、ガーゼの固定も行いました。腕や頭部を覆う場合は三角巾より早いでしょうが、持って行くとなると男性陣は微妙ですね。

ストッキングマン
ストッキングマン

捻挫・打撲・骨折の処置
三角巾と各種添え木を使っての骨折時の固定方法。足の骨折、腕の骨折、鎖骨骨折、肋骨骨折の場合をやりました。添え木には新聞紙、木の枝、テントマット、ポールに加え、専用の板(名前失念)、応急ギブス君(便利そうなので買っちゃいました) なども使いました。要は臨機応変にあるもので対応しましょうとのこと。後は足首を捻挫したときの固定方です。コツは折れた箇所の上下 2関節の固定でしょうか。あとは三角巾の使い方に準じます。

鎖骨骨折の固定法 肋骨骨折の固定
鎖骨骨折の固定法 / 肋骨骨折の固定

足部骨折の固定
足部骨折の固定

暑熱寒冷傷害
一般的な熱中症、低体温症、凍傷の説明。余り詳細な説明はありませんでした。

どーでもいいことですが、講師の高津さんという方が森山直太朗に見えて笑いをこらえるのに必死でした。(失礼。)

高桑さんのサイン入り新刊本が置いてあるとのことで、帰りに御茶ノ水の茗溪堂に寄って買って来ました。茗溪堂に行くのは初めてでしたが、3階まで上がるのはある意味勇気がいりますね。いろいろ珍しい本が並んでいたので思わず衝動買いをしてしまいました。ちなみに、高桑さんのサイン本はあと 10冊くらいでした。送料さえ気にしなければ高桑さんの Web でも購入可能です。

2004年6月 3日

森下恭 × 志水哲也 二人展 「黒部 源流と幻の滝」

(2004/6/3 18:30-20:30 / モンベル渋谷店)
森下恭 × 志水哲也 二人展 「黒部 源流と幻の滝」
左から志水さん、森下さん、辰野さん

志水哲也さんの講演会が行われるとのことでモンベル渋谷店まで聞きにに行ってきました。これまでこの場所では、廣川さん梶山さんの講演会を聞きましたが、今までで一番混んでいた講演会でした。恥ずかしながら、森下恭さんの名前は今回初めて知りました。

講演会は、前半が志水さんと森下さんの写真の撮り方、黒部への思い入れ、黒部の思い出、今回 2人展をやることになった経緯が対談形式で進められ、後半はさらにモンベルの辰野勇社長が混じって黒部に関する話、写真に関する話を雑談形式で進められました。

志水さんは思ったよりもすらっとしら体躯で、人懐っこい顔つきをしており、とても単独行ばかりをしている人には見えませんでした。それに対して森下さんは小柄で、"こだわりがある" とおっしゃっていたとおりの見目でした。辰野さんはいかにも商売人という感じで、盛んにモンベル製品の良さをアピールしており、我の強さを感じました。

志水さんが黒部を本格的に撮りだしてからまだ 5年だということを知ってびっくりしました。年数の少なさに違わずいい写真が多いのはそれだけいいポイントを知っているからでしょう。もちろん写真の良さは場所ではなく、写真家の腕や発想によるところが多いと思いますが、それでも見る者に訴えかける写真には、素材の良さも必要不可欠でしょう。本格的に写真に取り組むまでの 15年間の経験がうまく生かされていると感じました。黒部の谷を知り尽くしているからこその写真だと思います。今回の写真展ではほぼすべて動的な滝の写真が中心でした。

森下さんは黒部を撮り続けて 20年以上になるそうですが、展示されている写真は黒部の源頭部の写真が中心でした。しかし源頭部の写真とは言っても場所が特定できるものは少なく、水面のちょっとした変化だったり、川の流れであったりと水がテーマの写真でした。昔好きだった横山宏さんの写真に近いものを感じました。ちなみに森下さんはこだわりで 35mm しか使わないそうです。

辰野さんは 18年前に初めて黒部源流から、上の廊下、黒部ダム、下の廊下を経て富山湾までカヤックで下った話を中心にしていました。そのとき黒部ダムで初めて志水さんと邂逅したそうです。最後には笛まで披露されてました。

志水さんの Web近況報告と雑文を見ている感じではものすごく僻み性なのかなとも思いましたが、他人の話をさえぎること頻々で話したくて話したくて仕方がない感じでした。単独河野裏返しなのでしょうか。面白い講演会でした。

写真展は 6/27 までモンベル渋谷店の 5F で行われています。

2004年5月30日

フォトグラファー・梶山正 スライド&トークショー 「ペルー・ブランカ山群」

(2004/5/29 18:00~19:30 モンベル渋谷店)
フォトグラファー・梶山正 スライド&トークショー 「ペルー・ブランカ山群」

ペルーアンデスに興味があったのと、カムや山渓、ロクスノで名前をよく目にする梶山さんがどのような方か気になっていたので、講演会を聞きに行ってきました。

内容は、昨年の 7月~ 8月にかけて梶山さんが行かれたペルーブランカ山群のレポートをスライドショー形式で紹介するという内容でした。紹介された山はピスコ(5752m)、イシンカ(5530m)、アルテソンラフ(6025m)、キタラフ(6036m)、アルパマヨ(5947m) の 5峰です。

何年後かに行こうと考えていたので大変参考になりました。しかもアルパマヨでは現在の一般ルートであるフェラーリルートではなく、数年前に大崩壊したフレンチダイレクトから登られているので、Q&A で何点かルートの話しを伺え勉強になりました。スライドで見たアルテソンラフもかっこいいなぁ。アンデスはヒマラヤと違って、登山料もなく(入山料はあります)、アプローチも短く、安くさくっと登れるのでサラリーマンクライマーにとってはいいかもしれません。

ちなみにこの時のレポートはロクスノの No. 23 に出ています。

次に気になっているカメラマンは最近良く目にする新井和也さんです。

2004年5月24日

夫・星野道夫と見たアラスカ

(2004/5/20 13:00-15:00 / カメリアホール 亀戸文化センター 3階)
夫・星野道夫と見たアラスカ

故星野道夫氏の奥さん、直子さんの講演会に行ってきました。講演会は前半が星野氏の代表的な写真のスライドショー、後半が Office Ten の司会者と直子さんのトークショーという構成でした。

スライドショーはほとんどが写真集で見たことがある写真ですが、大画面で見るとまた違った迫力が伝わってきました。ただ、スライドショーの方針が「夫、星野道夫の仕事を、そのまま何色をも付けずにお伝えするのが私の仕事です」という方針でしたので、写真の解説はほとんどなく、写真のキャプション的な説明に終始してしまい少し残念な気がしました。直子さんの目から見た星野氏の写真の解説が聞きたかった気がします。

そういった意味では、トークショーのほうが面白かったです。星野氏との馴初めから始まって、アラスカでの生活、子供の話、毎年アラスカに行っている話、教科書に星野氏の写真や文章が使われていること、写真展で全国を回っている話などなどです。使用されている教科書も国語、英語、美術など多岐にわたり、少しでも多くの子供達が星野氏の写真に触れられる環境にあるのはいいことだと思います。

結婚生活が 3年と短かったこともあり、没後 8年経ってはいますが、スライドショーや写真の選定はデザイナーさんに任せていることを鑑みても、まだ星野氏を完全には消化できていないように感じられました。今後とも頑張って欲しいと思います。スライドショーは写真が少しぼやけた感じになってしまうため、大きなパネルで見たいと思う写真もあり、写真展が東京に来た際にはまたお邪魔したいと思います。

会場で星野氏のファンだという後輩のまさる&真理子と会いました。終了後は夜に甲府で行われる山野井さんの講演会に車で直行しました。

2004年5月20日

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」

昼間に亀戸で星野さんの講演会に出て、その足で、途中神谷さんや後輩を拾いつつ、甲府で行われた山野井さんの講演会に参加してきました。都内の大渋滞や大雨の高速運転で予想以上に時間を食い、会場に着いたのは 19:15 でした。遅れてしまい皆さんすいませんでした。

講演会は、これまでのクライミングをスライドショーで紹介し、その後 Q&A、サイン会で終了しました。神谷さん曰く、昔のクライミングに関しては過去のスライドショートほとんど同じらしいです。

スライドショー
ビデオを回していたので、文字に起こせば正確なのでしょうが、面倒なので記憶に残っている文言などを何点か。

パキスタンのレディースフィンガーを登ったときに、余りにもお腹が空いていたので、チョーク(炭酸マグネシウム) を食べてました。整腸剤にもなるので、毎日胃がすっきりしていました。だからルート名はラマダンにしました。
チョークって食べれるんですね。フリークライマーがアロンアルファで剥がれた爪を貼るというのを聞いたときと同じくらいびっくりしました。

チョー・オユー南西壁を登ったときは、夜登って昼間に寝てました。昼間の方が暖かいのでシュラフを軽く(600g)、軽量化できるんです。
発想の転換ですね。この理論で行くと日本の冬山だったら寝具何も要らないですね。ただ、日本では夜登るという習慣が余りないようで、冬~春の谷川の一ノ倉周辺を登るクライマーや山スキーの早川さんの話くらいしか聞きませんが、それでも夜というよりは早朝です。ヨーロッパや "夜登" というクライミング形態がある韓国では珍しいことではないようです。

チョー・オユーで高度順化したときは一般ルートを 7000m くらいまで登ってジョギングしていました。一般ルートをハイキング気分で登れないとヒマラヤのバリエーションは無理です。
次元が違いすぎますね。山野井さんは血中酸素濃度(SpO2) を余り信じてないようで、尿の色や 7000m 前後でジョギングをした時の息の上がり方で高度順化の状況を判断されるそうです。

チョー・オユーでは山頂まで 72時間かかりました。8000m 以上の高度に長時間いると脳細胞がかなり破壊されます。もともと少ないのであんまりなくてもいいんです。登りたい気持ちと頂上で感動できる気持ちが残っていれば、あとは何もいらないんです。
心底しびれました。

寒さには強いんです。K2 に登ったときはずーっと素手でした。山頂の写真もほら、素手でしょ。晴れてますが -20度くらいです。
空気が乾燥しているとはいえ、強すぎです・・・。

ギャチュンカンで下降時に雪崩の衝撃で目をやられてしまい、ハーケンを打つリスの場所がわからず、仕方なく素手になりました。凍傷で切る覚悟があったので、生活で余り使わない指ということで、左手の小指、薬指から使いました。
凄く怖い話しをしていますが、淡々としすぎです。

Q&A
Q. 奥さんと山はどっちが好きですか?
A. 山です。絶対山です。
即答でした。最初は質問を聞き間違え、奥さんの強さを強調していました。

他にもちらほらありましたが、大したものはありませんでした。質問すればよかったなぁ。

サイン会
講演会終了後、サイン会になりました。「垂直の記憶」にサインをもらいました。握手もしていただきましたが、意外と柔らかくクライマーの手という感じがせずびっくりでした。

講演会は甲府で行われ、事前 PR もほとんどなく、大雨にも関わらず 50-60人の人手でした。生 "山野井" さんは 2回目でしたが参加してよかったー。パワーを少しもらえた気がします。会場では JAC の松原さんをお見かけしました。また声をかけてくださった杉さん、励まし有難うございました。

参考情報
過去の講演会の記録を読むと内容はほとんどかぶりますので、講演会の内容詳細は以下の記録を参考にしてください。
- 労山ヤングクライマーズフォーラムIV 山野井泰史氏を迎えて 「挑戦の軌跡」 (2003/5/17)
- 群馬登高会創立50周年記念講演会(2000/10/22)
- 山野井泰史氏 講演会(2000/9/21)

蛇足ですが、司会者(エルクの方?) が最後に山梨県人会への入会を誘っていたのはちょっといただけないですね。どんな団体であれ山野井さんがそういったしがらみを嫌うのは知らないわけないと思うのですが・・・。

2004年5月15日

講演会

当初の予定では、週末はカルパッチョの羽矢さん、84 の木下さん、YCC の神谷さん、元秀峰の瀧島さんたちと松木沢の岩峰群に取り付く予定だったのですが、足を怪我してしまったため当然ながら不参加でした。ですが、日曜の天気が悪そうとのことで土曜だけ登って、夜は近場で宴会との計画変更の知らせを受け、ギブスの足で運転できるかどうかを確認したかったのと、めったに会えるメンバーではなかったので、足尾の山奥までドライブがてら行ってきました。足尾の親水公園のゲートで落ち合い、夜は某所で宴会。いろいろな話が聞けて楽しいひと時を送れました。

当分の間は山に行けませんが、じっとしているのも性に合わないため、怪我が治るまでは参加できそうな講演会や講習会、宴会などに参加しようと考えています。

今後参加予定の講演会
5/20(木)
夫・星野道夫と見たアラスカ
カメリアホール(亀戸文化センター 3階) / 13:00-15:00

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」
山梨県立文学館講堂 / 19:00-21:00

5/28(金)
ワードフライデイ「し」身体の表現と冒険。その源にあるのは?> ナビゲイター:伊勢谷友介(映画監督・俳優)×石川直樹
東京銀座資生堂ビル 9F / 19:00-21:00

5/29(土)
梶山正スライドショー「ペルー・ブランカ山群」
モンベル渋谷店 5F / 13:00-14:30

6/3(木)
森下恭 × 志水哲也 二人展 「黒部 源流と幻の滝」
モンベル渋谷店 5F / 18:30-20:30

6/19(土)
~黒部スキー横断5つの記録~ 三浦大介
モンベル渋谷店 5F / 18:30-20:00

6/25(金)
わが山々 垂直の記憶 山野井泰史
池袋サンシャインシティコンベンションセンター / 11:00-12:30
東京アウトドアズフェスティバル2004 ~BACK TO THE COUNTRY~
他にも面白そうなイベントをご存知の方は教えてください。

2004年4月14日

Voice of the Field FROM TOMOYASU SANO

Voice of the Field FROM TOMOYASU SANO

目白の Marmot にて行われた東京YCC 所属で、烏帽子大氷柱第 3登やカネコロン第 5登など先鋭的な記録を持つ佐野友康さんの講演会に行ってきました。

Marmot の司会者の方と対話しつつ、ネパール、ペルー、国内の山行のスライドをネタに話を進めていくという形式で行われました。事前の PR が足りないせいか、聴衆は 20人弱といったところで、見てすぐにクライマーとわかる方もちらほらいらっしゃいました。

結論から言ってしまいますと、Marmot サイドの準備不足で、自分にとっては物足りなさすぎました。時間も 1時間しか取らず、スライドも 30枚程度で少ない感じは否めません。司会者の人も、全く勉強不足で、クライミングのクも理解していないような話ばかりで聞いてるこっちがかなり気まずくなりました。どうせだったら、スライドをもっと増やして垂れ流し状態で、佐野さん主導で話を進めた方がよっぽど面白くなったのではと思います。

佐野さんと司会者の会話もいまいち噛み合っておらず、ところどころに佐野節(?) は見られましたが、司会者との会話はかなり窮屈そうでした。まぁ、スポンサーなので致し方ないといったところでしょうか。

また客層にも問題があり、氷柱を登ること自体からして信じられないといった人からバリバリのクライマーまで、クライミングに対する知識や経験が余りにも幅がありすぎて、佐野さんの方も大変そうでした。アイス関係で結構突っ込んだ質問もしたかったのですが、何だか場違いな気がしたのでやめました。

佐野さんはバリバリのアルパインクライミングだけではなく、釣りが好きで、沢登りにも結構行かれているようで、佐野さんに対するイメージが少し変わりました。

2004年1月18日

平山ユージ「エルニーニョ報告会」 @ストーン・マジック

平山ユージ「エルニーニョ報告会」 @ストーン・マジック

平山ユージさんの講演会がストマジで行われるとのことで聞きに行ってきました。当初は早めに行ってアルパインタワーでバイルを振って遊ぼうと思っていたのですが、昨日の疲れが抜けていなかったので無理でした。

講演会はエルニーニョまでのステップを踏んだトレーニング方法、実際のエルニーニョでのクライミングをスライドを交えて 2時間以上話した後 Q&A で 30分ほど、トータル 2:40 近い、充実したものとなりました。

記録もさるモノながら、トレーニング方法も遥かに一般クライマーを超越しており(40手くらいの 5.14 ルートを 1日25本とか)、参考になるものではなく話のネタにしかならなそうです。爪がはがれたらアロンアルファで速攻固めて登り続けるという話は噂には聞いていたものの、実際にやってるというのは初耳でした。ちなみに医学的にも害はないそうです。その他、PNF の話も結構興味がわきました。

Q&A コーナーで、部員が 1人しかいないという高校山岳部の女子高生からの質問で「来年度に入ってくる新入生にクライミングの面白さを伝えるにはどうしたらいいですか?」という質問には、困ってストマジスタッフに話を振っていました。

講演後サインをもらい、ZCC のはっしー & こーちさんと駅前の王将で飯を食って帰りました。

ユージさんと 2ショット
ユージさんと 2ショット

参考情報
クライミングパーク ストーンマジック
YUJI HIRAYAMA OFFICIAL SITE

2003年12月18日

トーク&スライドショー 廣川健太郎の「チャレンジアイスクライミング」

トーク&スライドショー 廣川健太郎の「チャレンジアイスクライミング」
仕事を途中で抜け出して、渋谷のモンベルに、ヒロケンこと廣川健太郎さんの講演会を聞きに行ってきました。

渋谷のモンベル自体が 10/17 にオープンしたばかりでまだ真新しい感じでしたが、スペースが広い割りに、置いてある商品は少ない気がしました。

さて、講演会自体は 5F のサロンで行われたのですが、見知った顔は木下さんだけでしたが、JECC の方や廣川さんの知人の方が大半だったようです。内容はこれまで廣川さんが登られてきた、アイス系のスライド 80枚の説明でした。大半は「チャレンジアルパインクライミング」で見たことがある写真で、残りの半分はカナダやコロラドのアイスでした。海外は 500m、600m がざらで、やはり規模が違いますね。まぁ、当方はまずは八ツからですが。

廣川さんを生で見るのは初めてでしたが、おっとりとした感じで淡々とした語り口でした。個人的に凄いなと感じる所は、社会人としてバリバリの企業人でありながら、あれだけの数の登攀をこなしているところです。

もちろん忘れずにサインも貰ってきました。

2003年11月27日

JAC青年部主催報告会 [立山・称名滝ワンプッシュでの登攀]

山岸さんの話を聞きたかったというのがメインではありましたが、日本山岳会青年部がどのような集まりなのかにも興味があり、顔を出してみました。昔から顔を出そうとは思っていたものの、山岳部の集団というイメージが大きくワンゲル出身の自分としては参加しづらい面がありました。

山岸さんの講演は身振り手振りを交えた独特の口調で進んで行き、話も、称名滝の登攀から始まり、アイス、ミックス、ワイドクラックとスライドを交えてのクライミング全般の話でヒジョーにためになりました。もっとがっしりした方を想像していたのですが、意外と細身で飄々としておりました。フリーで 5.13 前半を登るとのことですので、まぁそーいう体型になるでしょうね。

しかし、その後の飲みがこれまた面白かったです。山渓やロクスノの編集部の人なんかも交えての話では業界の裏話やあの人やこの人の裏話などなど、この Web にも書けないような話が飛び出してきて衝撃でした。イメージどおりだった木下さんや宗像さん、太田さん、イメージとはちょっと違った森さん、鳥居君なんかとも面識が持てたので大収穫でした。山で頑張っている同世代の人の話も聞けるし、自分の世界も広げられるので今後とも時間が合えば顔を出して行きたいと思っています。

参考情報
JAC青年部主催報告会のお知らせ
Young Clibmers Meeting

2003年10月24日

290回 地平線報告会 - 服部文祥講演会

服部文祥氏 (岳人編集部/都立大WVOB) に興味があったので290回 地平線報告会に参加してきました。

都立大WV で山を始めてから、今夏の日高全山縦走までの登山観の変化を、スライドを交えて話すスタイルでした。あれだけの記録を残しているので、やはり自己主張が強く、頑固なところが話の隅々にまで滲み出ておりました。

登山を追及して彼が出した結論は、「山があって人がいてその間に挟まる人為的なものは皆無の状態」を登山の究極のスタイルと捕らえていました。「全ての束縛から離れ、完全解放の状態で自分の能力だけに頼って登ることが本来の登山」であり、「山小屋も登山道も近代装備も登山者にとっては堕落と妥協の産物でしかない」とまで言い切っており、「本当の登山はひとつしかない」と結論付けていました。登山とは何かを考え直させてくれるいい機会になりました。

また、田中幹也氏も来ており、「最近はまともな記録が無い」と過激な発言をして帰っていかれました。
服部文祥氏     田中幹也氏

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