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http://yukiyama.co.jp/mountain/

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2004年1月 1日

空木岳 2日目

幕場から空木岳
日の出と共に出発。1ピッチで昨日のトレースの末端に到着。そこから先も 3人交代でひたすらラッセル。

途中斜面のトラバースがあり、太腿付近まで潜る雪に悪戦苦闘、足が上手く上がらず、皆ラッセルで死に態に。天候が良かったので上手く行けば山頂アタックを狙えるかなと考えたものの、予想以上のラッセルに苦しみ、結局見晴場で幕営することに。ただ、まだ時間があったため、木曽殿越まで空身でラッセルしてトレースは伸ばしました。木曽殿山荘の冬季小屋(物置き) に 1パーティテントを張っていました。

朝食はお雑煮 夕飯はおでんと赤飯と正月らしいメニューにしてみました。お雑煮はゆずとサトイモがあればもっと良かったかも。おでんは玉子、大根、じゃがいもを忘れました。

6合目(7:10)-7合目(8:20)-見晴場(12:40)-木曽殿山荘(15:15)-見晴場(15:50)


2004年1月 2日

空木岳 3日目

空木岳山頂
今日は日の出前に山頂に向け出発。日の出前に稜線に出、木曽殿山荘の裏でアイゼン、登攀具を付けて山頂に向けて出発。小屋に泊まっていたパーティが先行しているのが上に見えました。風は 15m 前後。

稜線はいつも風が強いのか、ほとんど雪は付いておらず、吹き溜まりに 30cm くらいある程度。ガレガレのザレ場をジグザグに夏道通りに登っていくと、ちょうど左手から日の出。後ろを振り返ると、御岳、乗鞍、八ツ、南ア、中ア北部が朱色に染まり始めていい感じに。第一ピーク手前で、千畳敷から縦走してきたという 6人パーティを抜き、岩峰を左右に交わしながら空木岳山頂へ。ハリマンは冬の空木は 3度目での登頂、ヒロポンは 2回目、当方は初めてで、各自違った想いを持って山頂に到着しました。途中雪の付き方次第ではやばいかなと思える箇所もありましたが、結局ロープは一度も出さずじまいでした。池山方面は風が強く雪煙が渦巻いていました。

山頂で写真を撮ってから、後続パーティ到着後に下りへ。ほとんど駆け下りる感じで木曽殿山荘へ。山荘では上松尾根を上がって来たという東海大学のパーティと遭遇。パーティといっても顧問と女性部員の 2名でしたが。ハリマンとヒロポンは去年も会ったらしく、話が弾んでおりました。

下山はもうほとんど落ちるような感じで駆け抜けました。登りではジグザグに登っていた箇所はほとんど直線的に好き勝手に下って一気に林道まで降りました。

林道に出てからスノーシューに興味があったのでハリマンから借りてスノーシューで下ることに。最初は楽だなーと思っていたのですが、だんだん重く感じられるようになり、小さな沢を渡渉した際に濡れ、スノーシューに雪が団子状態でくっついてしまい、完全に足枷でしかなくなりギブアップ、ラスト 3km は手に持って歩きました。前爪と、踵のリリース、クライミングサポートは便利だと思うのですが、やはりわかんの 3倍の重さというのがネックになり、まだ汎用性の高いわかんの方がいいかなと思います。ちなみに、今回アルミわかんの爪が完全に曲がってしまい、直しても全く効果が無く、完全に崩壊し、ストッパーが効かなくなり何回か怖い思いをしました。

暗くなる前に車に到着し、スキー客で溢れる近くのフォレスパ木曽で入浴し、塩尻に出て打ち上げをして車で寝、帰省ラッシュが始まる前の中央道を帰京しました。

朝はパン粥、昼には時間があったので、東川のほとりで夕飯の予定だったカレーと翌朝の玉子雑炊を作って食べちゃいました。カレーは初めて使うジフィーズだったのですが、イマイチでした。やっぱりカレーもペミカンしてけば良かった。
壊れたアルミわかん
壊れたアルミわかん

見晴場(5:40)-木曽殿山荘(6:50)-空木岳(8:25)-木曽殿山荘(9:30)-見晴場(10:20)-6合目(12:15)-うさぎ平(14:45)-駐車場(16:20)


2004年1月 3日

年末年始遭難状況

今年の年末年始の遭難状況です。年末から大晦日にかけて南岸を低気圧が通過し、一瞬冬型になるも、大晦日には二つ玉低気圧となり、その後は冬型が続いたため、日本海側の山域はずーっと雪だったのではないでしょうか。

12/27
[24時]南ア・登山中の男性が心不全で死亡
12/29
部屋の紙の山で遭難 2日ぶりに救出
12/31
山梨・乾徳山の登山道脇で男性死亡
北アで遭難相次ぐ 1人死亡1人不明
大雪山系で遭難、31歳女性を保護-美瑛
1/1
<突然死>初日の出登山の43歳男性死亡 兵庫
1/2
奈良・熊野古道で不明の会社員、3日ぶり自力下山
1/3
富士山で男性滑落、けが 強風にあおられて転倒

なんだか変なのも混じっていますが、大半は一昔前でしたら遭難とは言わないようなものではないでしょうか。


2004年1月 4日

ポンキッキーズ21 30周年記念 ガチャピン チャレンジシリーズ

(2003/12/17 日本/ポニーキャニオン)
ポンキッキーズ21 30周年記念 ガチャピン チャレンジシリーズ
スキューバやモトクロス、スノーボードまで、数々のスポーツに挑戦してきたガチャピンのこれまでの冒険をまとめて抜粋した DVD。山関係でフリークライミングに挑戦するシーンがあるので見てみました。

クライミングシーンはわずか 3分程度なので一瞬ですが、三ツ峠の "紅葉おろし (5.8)" を登っています。セカンドとはいえ、あの図体であの細かいフェースを登るとはさすがです。

ちなみにこのとき中に入っていたのはランナウトオーナーのヤマタケさんです。この数年後、ケインコスギとのチャレンジシリーズで丹沢の大倉にある人工壁も登っているのですが、このとき中に入っていたのは、現在ランナウトで店員をしている佐川君です。

大昔に、旧ランナウトで練習をしているガチャピンと遭遇したことがありました。DVD では正対で登っている映像しかありませんが、ランナウトで練習しているときは「ガチャピンジャンプ」とか言ってランジとかかまして頭から落ちたりと結構ハッスル(死語) してました。
ガチャピンと記念撮影 旧ランナウトにて
ガチャピンと記念撮影 旧ランナウトにて

参考情報
ポンキッキーズ21 30周年記念 ガチャピン チャレンジシリーズ
飛丸の部屋
佐川の部屋


2004年1月 5日

山岳ガイド

カナダの山
先日、カナダのヤムナスカ登山学校に留学(?) していた大学の後輩が帰国したので、飲むついでに話を聞いてきました。

後輩が受講したコースはカナダで山岳ガイドの資格(ACMG) を取るための最も初歩的なコースのようで、 ハイキング、雪山登山、クライミング、アイス、山スキー、雪崩講習、レスキュー講習と、山岳ガイドが身に付けるべく山岳技術の基礎的な講習を 3ヶ月かけて受けたそうです。ただ実際にガイドを目指す場合は、ここからさらに、ACMG の資格を持つガイドについて数年トレーニングをした後、ACMG の資格試験を受け、合格して初めて、カナダでガイドとしてやって行けます。

本人は将来的にはカナダでガイドとしてやっていくようなことをつぶやいていたので、デナリやバンフ周辺でのクライミングに興味がある身としては非常に楽しみです。

ちなみに日本でも日本山岳ガイド協会という国際組織はあるものの、それ以外にも有象無象に無数のガイド組織があるため、かなり混乱気味です。ガイド組織同士でのトラブルも昔に有りました。当方も学生のときに某山で "ガイド" をしてましたが、特にこれといった技術や知識、資格を持っていたわけでは有りませんでした。 ですので、日本でガイド業を営むには、特にこれといった資格は無く誰でも開業が可能なので、ガイド登山での遭難事故も多発している昨今、もしガイドに付いて山に登る場合は、客の方にガイドを選ぶ目が必要でしょう。今度ガイド組織について調べてみようかな。

参考情報
ヤムナスカ
ACMG(Association of Canadian Mountain Guides)
社団法人 日本山岳ガイド協会


2004年1月 6日

植村直己物語

植村直己物語
なぜ今になって? という思いは有りますが、1986年に映画化された植村直己物語が 1/23 に DVD と Video で再発売になります。

手元に大昔に発売されたビデオと DVD(自主制作) がありますが、主演が西田敏之のせいか、内容は結構笑え、最初見たときはコメディ映画かと思いました。ただ映像は日本や海外のメジャーな山が写っているので、楽しめます。しかも、撮影隊はエベレストの山頂までビデオカメラを担ぎ上げており、八木原、山田、名塚、三枝 (敬称略) と、当時の群馬岳連のそうそうたるメンバーが撮影隊に参加しております。

まだまだ Video、DVD 化されていない山の映画が多いので、タイミングを問わず、色々発売して欲しいと願う今日この頃です。

参考情報
植村直己物語 - goo 映画
植村直己物語


2004年1月 7日

黒部幻の滝に挑む

(2003/12/13 18:00-18:55 NHK BS hi / 2004/1/2 20:00-20:55 NHK 総合)
黒部幻の滝に挑む
2003年 10月に、写真家志水哲也さんが剣沢大滝 D滝の撮影をするためのプロセスをドキュメンタリーでまとめた番組です。

番組は、空撮、CG を駆使して剣沢大滝の全貌を捉え、現場では黒部川下ノ廊下の旧日電歩道経由で剣沢大滝 I滝にアプローチしてベースを張り、そこから I滝右の草付きのルンゼを上がり、たき火のテラスにテントを張って簡単なベースとし、そこから下降気味にトラバースして行って、緑の大地に着き、そこから D滝に下降して、撮影している映像です。写真や記録では最近になってよく見られるようになった絵では有りますが、動画としては本邦初公開の映像ばかりなので、見てて迫力が伝わってきます。

ただ、2ch を始め、幾つかの掲示板では、今回の取材のやり方を疑問視している意見も結構有り、特に黒部に想いを寄せている人達にとっては、ボルトの乱打は避けて欲しかったようです。

これは撮影隊として、13人という大人数で入ったという取材の方法とマスコミの山の見せ方に問題があったと思います。撮影隊が厳しい場所に行くとすれば、安全確保にもそれなりの装備が必要になってくるので、ボルトの使用は避けられないでしょう。また、"山" としてどれだけ大変なのかを一般の人にわからせるために、チロリアンブリッジやあぶみ、ボルトやハーケンを打つ作業、装備の仰々しさの映像は非常に有効です(良識あるクライマーには逆効果)。本来ならこの番組の主旨である、志水哲也さんが D滝を撮影するシーンだけを放映すればよかったとは思いますが、それだけでは番組にはならず、判断が難しいところです。そう考えると、山が主体ではない他の番組の取材班が山で何をやってるかはまったく不明で怖いですね。

まだ 20数名しか登っていない大滝ですが、いつかは行って見たいところです。

参考情報
志水哲也のホームページ
剣沢大滝初登者の記録


2004年1月 8日

「1日1山」三重の78歳が連続登山7000日

ソース

継続は力なりといったところでしょうか。が、冷静に考えると恐ろしい記録です。たとえ低山ハイクにしても、年間山行日数 365日を 20年続けているわけで、本人ももちろんすごいですが、サポートする周辺の人の方が大変そうです。それにしても 60才くらいから山始めて、富士山 362回はすごいですね。


ROCK&SNOW No 22 2003 冬号

(2003/12/7 山と渓谷社)
ROCK&SNOW No 22 2003 冬号
時間が無かったのか、それとも強調したかったのか、表紙に躍っている文字の背景色が気になります。

First Feature Article
- Special Chronicle 平山ユージ  エル・ニーニョ オンサイト チャレンジ
ルート自体は、もともとエイドで登られていたルートなので、フリー化ということになるのでしょうか。このレベルまで来るともうフリーとかアルパインという区別が馬鹿らしくなってきます。とはいえ、やはりルートはフリー寄りのボルト支点が整備されたルートであり、クラックルートというわけでもなく、アメリカンエイド等、支点を作りながら登っていくアルパインとは明確な違いが有ります。本人が凄いということに何ら変わりは有りませんが。日本に有象無象といるコンペクライマーの人たちも、こういう方向に眼が向けば日本のクライミングレベルも大幅に上がると思います。

「僕が 12c を登れないことがヨセミテではある。石灰岩のスポートルートならよっぽど疲れていても登れるだろう。」 こんなこと言ってみたいですねー。(一生無理。)

- ディーン・ポッター 2年間の軌跡
フィッツロイやセロトーレでのワンデイソロやエルキャピタンとハーフドームをワンデイでオールフリーなどという記録を読んでしまうと、日本人ではもう太刀打ちできないという、根本的なレベルの差を感じてしまいます。山野井さんも記事で指摘していますが、育った環境の差が大きいのでしょう。わかりやすく言うと (山野井泰史+平山ユージ)÷2 といった感じの人です。

Second Feature Article
国内アイスクライミング再発見
もう米子不動・不動滝の写真に尽きます。日本にもこんなところがあったんですね。来シーズン行こーっと。

最新ギアカタログの大半は昨年の層雲峡アイスコンペの写真で見たこと有るようなものが多数です。が、アイスセリーの写真は強烈ですね。プロレスラーのブーツかと思いました。

- RS Journal「チョークアップ大作戦」
チョークの比較記事はこれまで見たことが無かったので、貴重な記事です。チョークの本当の機能が初めてわかった気がしました。松脂が入っていたんですね。

その他
山岸さんには一度お会いしたので、ユニークな人柄が文章にそのまま出ていてなるほどと思いました。新井さんは相変わらず飛んだ記事書いてるし。

1ヶ月以上も前に出版された雑誌なのでもうちっと早めに書かないと意味ないですね。


2004年1月 9日

2003年総括

年末年始も山に入っていたため、ばたばたしており、去年の総括をしないまま終わってしまったので、簡単に総括。

昨年は山岳会に入り、バリーエーションルートに行くようになり、ようやっと自分がやりたい山登りができる入り口に立った感が有ります。とはいえ、まだバリデビューしてから 1年も経っていないので、まだまだ頭でっかちなところがあり、知識と経験のバランスが非常に悪い状態なので、とにかく経験を積むことが重要だと思っています。

山行の傾向を見ると、山行日数は 70日で、積雪期 25日、無雪期 45日と雪山の割合が 35% と、"雪山大好きっ娘。" を名乗ってる割にはちょっと少ないかもしれませんが、こんなもんでしょうか?

雪山の内訳はほとんどが一般の雪山登山なのでこれは例年通り。今年はここにアイスや山スキー、積雪期バリが入ってきそうです。

一方無雪期は沢 12日、岩 22日と大半がバリになってきました。とはいえ沢はまだ2級程度、岩はほとんどがゲレンデと本当に入り口に立っただけです。今年は沢は 3~4級、岩はゲレンデを飛び出して本ちゃんのクラシックルートなんかを狙って行きたいところです。

また、忘れてはならないのが交友関係。山岳会に入ったのをきっかけに一気に広がりました。山岳会はもとより、たまたま山岳会の見学に来ていたヒロポン経由で同人の人たちと山に行くようになったり、講演会やネットで知り合いになった方々、バリにも一緒に行くようになった大学の後輩達など、予想以上に知人が増え、体が 1つでは足りないくらいに、皆さんのお誘いを受けたり、よくしていただいているので、今後とも大切にしていきたいです。あと、うさぎさんには迷惑ばかりかけておりますが、今後ともご愛顧の程をよろしくお願いいたします。

この Web についても少し。去年 "Blog" と言うものを試しに使ってみたところ、更新作業が劇的に楽になり、現在はまだ top ページのみではありますが、完全に Blog に移行しました (放置しているバグも多数有り)。何とか雑記等でつないで毎日更新しているからか、最近ではアクセス数が 100/日を超え、管理人としては嬉しい限りです。今後はサイトの他の箇所も何とか今年中にはデザインだけでも統一していきたいと考えています。その他にもネタは腐るほど持ってはいるのですが、社会人ということも有り、実現するだけの時間と労力が上手く裂けず放置状態です。現在は記録を整備すべく、記録用の XML と写真を読み込んで、HTML を自動生成するアプリケーションを開発中です。


2004年1月10日

八ツ広河原沢右俣 1日目

武藤返しの右奥の滝(簡単な方) を登る茶木さん
1月の会山行で八ツの広河原沢右俣にアイスクライミングをしに行きました。参加者全員ほぼ初心者なので、簡単めな所を選んで行きました。

3連休なので土曜の朝にのんびりと東京を出、船山十字路のゲートの先まで頑張るも、途中の雪道で身動きが取れなくなり、少し戻って路肩に駐車、広河原沢右俣、左俣の分岐に着いたのは既に昼でした。結局この日は武藤返しの右奥の滝(簡単な方) で遊びました。アイス 2回目では有りましたが、とりあえずリードをしてみるものの、アックスの打ち方もアイゼンの刺し方も全然駄目駄目で、スクリュー打ち込むのにも冷や冷やです。ただ、帰り際に下のほうの滝でアックスを打ちまくっているうちにコツがわかってきて、スナップを効かせることでダイブ楽に打ち込めることがわかりました。

この日は右俣、左俣出合ではいい天気だったのですが、午後からは小雪が舞っていました。また、3連休の初日にも関わらず、全然人がいませんでした。みんなロングルートに行ってるのかな。


2004年1月11日

八ツ広河原沢右俣 2日目

クリスマスルンゼの大滝 60m 下部を登る山本さん
今日は日曜合流組みを待ってから出発。今日の目的はクリスマスルンゼ。何だかんだあって、クリスマスルンゼには昼に到着。ちょうどクリスマスルンゼを下りてくるパーティ(どんぐり山の会) があったので、入れ替わりで取り付きました。

下部は茶木さんリードで右側から登り、残り 3人も続いて上がりました。左のほうは 70度ほどですが、水がかなり染み出しておりグズグズの氷。右のほうは斜度も緩く段々状なので楽。フォローで登ったのでその中間あたりの比較的立ってるところを登りました。

60m大滝上部の 10m くらいはガイドブックだと 70度くらいとなっていますが、目の前の氷はどうみてもほぼバーティカル(垂直)。リードのお許しが出たので、右のツララがでこぼこしたところに取り付きました。が、氷が硬く、上手く刺さらず、だましだまし登るも、手も足も限界に近くなり、アックステンションの方法すら知らないので、スクリューも打てず、中間あたりで断念して一旦下りました。が、一番左隅の階段状のところなら取り付けそう、との坂本さんのアドバイスがあったので、左隅までトラバースして行き、不本意ながらそこを登って抜けました。その日はそこで時間切れでテントまで戻りました。

今日は終日晴れており、昨日とはうって変わってクライマーも多く、廣川さんらが 3ルンゼに入って行かれました。また、山本さんのアイゼンを直すのに、白鳳会の方から工具をお借りして助かりました。有難うございました。

クリスマスルンゼ上部
クリスマスルンゼ上部


2004年1月12日

八ツ広河原沢右俣 3日目

クリスマスルンゼ上部をリード中
今日も目的はクリスマスルンゼ。朝一とは行かないまでもクリスマスルンゼの取り付きに着いたのは 9:00 でした。が、すでに 2組(同一パーティ) が下部に取り付いており、途中から一緒に登ってきたペアは早々と降りて行きました。せっかく来たので、登り終わるのを待つ間、向かいのポストクリスマスルンゼでリード経験の無い坂本さんと山本さんのリード練習をしました。また、今回は色々なスクリューを持ってきたので、打ち比べをしたり、アバラコフ(V字スレッド) を作ってみたりと試験的なことをしてみました。

しかーし、クリスマスルンゼに取り付いているパーティが遅すぎました。あれやこれやと時間を潰しているにもかかわらず、まだそれぞれセカンドが下部を登り終えてなく、しかも、「スクリューが外せませーん」とか言ってて、アイゼンもバイルもきちんと刺せておらず、ザイルにぶら下がっている状態。見てる方としてはかなりイライラ。

仕方ないので、ポストクリスマスルンゼを全て詰めることに。ポストクリスマスは 1p目こそ氷が有るものの、上部はほとんどラッセル。また行き着いたところに、10m程のバーチカルなモダンミックスもどきの滝が有るものの、今のレベルで登れる滝ではなく、そばの立ち木から 2P の懸垂で取り付きに戻りました。

取り付きに戻るともう 1パーティが取り付きで待機しており、クリスマスルンゼに取り付いているパーティを眺めていましたが、まだ上部を登りきっておらず、何だか良くわからずもたもたしております。さらに下で待機している人が大勢いるにもかかわらず Top ロープをかけ出し、もう手に負えません。いくら最初に取り付いた人の勝ちとはいえルール違反では? 結局この日はこのパーティの独占状態でした。

後から来た 1パーティは引き返して行きました。ただ、うちらは朝から待っていたので落氷覚悟で、坂本さんリードで右から取り付きました。自分が登っているときに、上部パーティから落ちてきた氷の 1つが顔面に直撃し、上唇から出血して、しょうがないとは言えちょっと悲しくなりました。

クリスマスルンゼ上部は昨日登れなかった悔しさも有り、再度リードさせてもらうことにしました。真ん中の凹角部が一番登りやすいようで、そこに取り付きました。左と右で氷の感触が全然違い、左はざくざく刺さるものの、右はガチガチでどちらかと言うとツララの隙間に引っ掛ける感じです。出だしでスクリューを 1本決めたものの、途中で打ちかけましたが、氷が硬くて上手く刺せず、段々レッドゾーンに入ってきてしまったので、5m 程ランナウトのまま上部に抜け、抜けたところで 1本スクリューを打って一安心。その後は階段状の簡単なナメが 5m 程あるだけなのですが、手の力を使い果たし、バイルをまっすぐ振れないからか、跳ね返されてばかりでぼろぼろ。バイルがベントシャフトだと、抜け口の角度が変わるところで上手く打てなくなるので、注意の必要性を感じました。ビレーポイントまで抜けたときはもうふらふらで、セルフだけ取ってしばらくボーっとしてました。その後、全員上まで上がってその日は終了。クリスマスルンゼの奥のほうも気になりましたが、時間切れでテントに戻り、撤収して帰りました。

この日も終日快晴で槍のほうまでくっきり見え、いいクライミング日よりでした。ただこの連休中にだいぶ雪や氷が融け、地面が露出しているところもちらほら有りました。

ただ、3日連続でバイルを振ってるとさすがに多少は上達し、最終日にはかなりいい感じで刺さるようになりました。今はとにかくまだまだ振りまくりたい感じです。
なんちゃってムービー(クリスマスルンゼリード中[37s/2.6M])

ポストクリスマスルンゼ上部とポストクリスマスルンゼ最奥の滝
ポストクリスマスルンゼ上部   ポストクリスマスルンゼ最奥の滝


2004年1月13日

ICE CLIMBING COMPETITION 層雲峡

ICE CLIMBING COMPETITION 層雲峡 フィギュア8 を決める招待選手。
(2003/12 層雲峡観光協会)
2003/2/16 に層雲峡で行われた日本で最初のアイスコンペのビデオ。ビデオ自体は要所要所しか含まれておらず、じっくり見たかっただけにちょっと残念ですが、会場の熱気は十分伝わってきます。

ここ最近のアイスクライミングのツールの発達や日本での新たなアイスルートの開拓、Mix ルートの整備などの時代に呼応するかのように生まれてきたようなコンペです。もともとは保科雅則さんが発起人となって始まったものです。欧米で行われているアイスコンペがどのようなものなのか、ビデオを見たことが無いのでわかりませんが、このビデオに写っている映像もかなり衝撃的です。アックスランジやフィギュア4 やフィギュア8、バイルを肩に掛けての持ち替え、バイルにバイルをかけるなど通常使わないようなムーブがてんこ盛りです。

Team SALOMON(招待選手) と一般参加者の装備にまだまだ差がある感じなので、そういった最先端のツールが入手しやすくなっている今年は更なる盛り上がり、激戦が期待できそうです。

最近はアイスにぞっこんなので、アイスネタばかりですがご了承ください。

参考情報
第1回全国アイスクライミングコンペin層雲峡 総合成績表
第1回全国アイスクライミングコンペ in 層雲峡 札幌山の会 山行報告 Web版
層雲峡アイスコンペレポート 札幌山の会 山行報告 Web版
北海道層雲峡で開催されたアイスクライミングコンペ
北海道・層雲峡レポート(保科さんの Web サイト)


2004年1月14日

<北アルプス>悪天候で女性1人死亡 長野県

ソース

後立の天候を読みきれなかったことと悪天候に対する備えが完璧でなかったことが原因でしょうか。

ソースを読んで気になった点として "それぞれ20年以上の登山歴があるベテランだったが、冬の北アルプスに登るのは初めてだったという" 箇所があります。特に "ベテラン" と言うのが曲者で、どのくらいでベテランになるのかは明確なものさしが無く、ハイキングだろうがなんだろうが、マスコミでは 15年以上山に登っているとだいたいベテランになってしまいます。登山歴の判断基準としては、何年山に登っているかよりは、どこを登っているか、最近山に行っているどうかの方が重要でしょう。

参考情報
姫路岳友同人会


2004年1月15日

アイススクリュー

アイススクリュー
左から、BD Turbo Express/DMM REVOLUTION/Camp チタンスクリュー/Grivel 360°/Ushba ポンドイン

先週末は複数のアイススクリューを用意できたので試してみました。結論から先に言いますと、Grivel の 360°が一番刺さりが良かったです。特に最初の 1回転目でほとんど入っていくのは感動ものです。ただ難点としては、ハンドル部が大きいので少し重いこと。

抜き差しの速さでハンドル有りモデルに慣れてしまうと、ハンドルが無いモデルは、もう使用できません。日本での入手の可否は別にして、メジャーなメーカーからはほとんどハンドルがあるモデルが発売されています。またサイズによって色分けされているので昔に比べると大分使いやすくなっているのではと思います。(昔を知らないのですが。)

それにしてもスクリューって高いですね。長さが違っても値段が一緒というのがちょっと納得いかないです。長いのを買うと得なんだろうか? それとも短いのを買うのが損なのだろうか? 同じか。

BD Turbo Express
現在一番メジャーなものだと思います。ハンドルもコンパクトでサイズも豊富、入手のしやすさも一番なので、現場でも一番良く見かけます。

Camp チタンスクリュー
完全に一昔前のモデル。特徴としては太くて軽い。現在主流のスクリューのスレッドが 4本なのに対し、6本と多いですが、入り込みやすさに関しては変わりませんでした。太いので Topロープの支点等に使うのがいいかもしれません。

DMM REVOLUTION
人間工学に基づいたハンドルのデザインとのことですが、一昔前のモデルに比べれば確かに差込は楽ですが、ハンドルタイプに比べるとやはり遅いです。0.5昔前のモデルといったところです。廣川さんパーティは全部これでした。

Grivel 360°
今回一番差し込みやすかったもの。理由としては他のメーカーのスクリューと比べると Grivel だけ、スレッドの形は同じなのですが、スクリューのねじ山の向きがまったく上下逆と言うことです。これだけで随分違いました。難点としてはハンドルがでかく、角度が有るので、多少でこぼこした氷でも最後までハンドルを回せるというメリットはあるものの、その分重く、また、ハンドルをきちんと畳んでおかないと、ザイルが引っかかったりすることが有るということです。

Ushba ポンドイン
アメリカのメーカーのようですが、ロシア製。名前もロシアっぽいですね。何で買ってしまったのか謎。3昔くらい前のモデル。ハンマーイン・スクリューアウトのスクリューですが、がんがん叩いても全然入りません。入っても周りの氷をバキバキ壊してしまい役に立ちません。もう使うことは無いでしょう。それとも使い方が間違ってるのかな? どんぐり山の会の方たちはぶら下げていましたが。

スクリューのねじ山拡大図 / 左が BD で右が Grivel
スクリューのねじ山拡大図 / 左が BD で右が Grivel

それ以外にもビナをかけたまま回せると言う Charlet の Lasersonic も試してみたかったのですが、都内では入手できませんでした。多分今後はアバラコフ用に 22cm が 1本有るので、Grivel の 12cm モデルをメインに、BD の 16cm モデル 2-3本をそろえる予定です。

会で所有しているスクリューは全部 BD なのですが、岩に当たってたり、硬い氷だったりでスレッドがひしゃげているものが有り、修復が必要でした。いろんな場所で推奨されている Nicolson のやすりを今回は用意していきました。スクリューを研いだり、アイゼンやバイルを研ぐのにも使用できるので、パーティで 1本有ると何かと便利です。東急ハンズで 2000円程度で入手できます。

参考情報
Ice Screw Review - No 217 The Test Results



2004年1月16日

バイルレポート 2

左から simond PILANHA、BD Viper、Charlet Quark、BD Fusion
左から simond PILANHA、BD Viper、Charlet Quark、BD Fusion

先週も色々とバイルを振れましたのでまたレポートしてみたいと思います。ドシロウトの主観しか入っておりませんので、前回同様ネタ程度にお考えください。

simond "PILANHA Anatomique" 760g 50cm
今まで振った中では一番重いモデルでしたが、余り重さを感じずに振れました。重いこともあって振れさえすればバシバシ決まります。BD Cobra の方が重く感じたのはバランスのせいかも知れません。Cobra はどちらかというとシャフトがカーボンの割りには結構重く、シャフトも太いので、個人的には PILANHA の方が振りやすかったです。ただ、ちゃんと振れないと氷を破壊するだけのハカイダーになってしまうので注意です。

Black Diamond "Viper" 645g 50cm
Cobra の次にリリースされたモデル。軽量化されていますが、何だかバランスが悪く、個人的にはちょっと気持ち悪い感じがしました。自分には BD のバイルはあわないのかもしれません。今回振ったものは旧モデルの Titan Pic が使われており、現在売られている Laser Pic に換えればもっと刺さりがよくなると思いました。同様に刃先を換えた Cobra を振りましたが、刺さり方が格段に良くなっていました。

Charlet "QUARK" 660g 50cm
一世を風靡した QUARK。シャフトが軽く、ピックに重心が有るのでバランスが非常にいいです。自分には Charlet が向いてる気がしました。付いてたピックはカスケードピックでしたが、これも最新のブルーアイスに変えるとどうなるのかちょっと気になりました。

Black Diamond "Fusion" 696g 50cm
形を見てのとおり、完全にコンペ、Mix用 のモデル。ピックの形が独特なので、従来の振りでは氷を破壊するだけで、まったく刺さりません。ピックが刺さる瞬間に少し下に引いてあげる感じで引っ掛けるように差し込まないと刺さりません。反面フッキングに関しては凄い楽だそうです(まだしていないので何ともいえません。)。Mix ルートに行ってみたいという願望があるので、夏にドライツーリングで三ツ峠で練習してみる予定です。

あーんど、今回は前回軽すぎた北辰にバランサー(50g) をつけてみたところ、大分いい感じになりました。極端な話もうちょっと重くてもいい感じなので、70g も付けてみる予定。前回イマイチだった Specialist MarkII は Pick を大幅に削ったら結構刺さりがよくなりました。が、まだちょっと甘く、他のバイルに比べると刺さりが甘い感じです。ので、セミチューブを試してみる予定です。

総括
いろんな人が使っているのを見たり、自分で振ってみて思うのはやはり個人差が大きいということです。個人的には 600g 前後の比較的軽いバイルが振りやすくていい感じでした。


2004年1月17日

尾白川刃渡り沢

双翼の滝をリード中の木下さん
双翼の滝をリード中の木下さん

木下さん(日本山岳会青年部/チーム84) と甲斐駒の尾白川刃渡り沢に行ってきました。終日雪が降っており、危うく林道に閉じ込められるところでした。

朝東京を出、林道ゲートに付いたのは 9:00。談合坂を過ぎた辺りから雪になり、甲州街道と別れて林道に入ると完全にスノーロードで結構怖い。ゲート付近でも雪はしんしんと降っており、風が無いのが幸いでした。直後にぶなの会の三浦さんたちもいらっしゃっいました。

さくっと準備をしてすぐに出発。林道にはわずかなトレースが残っており、20分ほどでガンガノ沢出合。ガンガノ沢 F1(錦の滝) は下はつながっているものの、上部で岩が露出しており、登れるかどうかは微妙。近くにテントがひとつ有。さらに 10分ほどで平田(ベータ) ルンゼ。下からでは凍ってるかどうかはわかりませんでした。さらに 10分ほどで岩間(ガンマ) ルンゼ。ここは F1 から上れそうな感じでした。林道終点までは 1:30程。

左がガンガノ沢 F1(錦の滝) 右が岩間(ガンマ) ルンゼ F1
左がガンガノ沢 F1(錦の滝) 右が岩間(ガンマ) ルンゼ F1

林道終点から尾白川へ下る道は結構急でアイゼンを装着して下降。河原に出たものの、刃渡り沢に取り付くには対岸に渡渉しなくてはならず、渡渉ポイントを物色するものの、雪が結構積もっており、先行者のトレースはほぼ消えていました。お陰で一回地雷を踏み抜き川にどぼん。そんなこんなで薄氷にびくびくしながら渡渉して取付へ。取付着 11:00。

ガイドだと、最初は小滝が連続するナメとなっていますが、出だしは雪が積もっておりしかも水が流れています。水流右岸を歩いていき、小さな小滝 2つをフリーで越えたところで 20m のナメ滝。ここもフリーで越えて、60m のナメ滝。下半分をフリーで上がり、上半分を木下さんリードで登りました。抜けた先に双翼の滝が見え、取り付きまでザイルをつけたまま歩いていきました。

下部氷爆帯 / 20m と 60m 上部
下部氷爆帯 / 20m と 60m 上部

双翼の滝は左右共に繋がって入るものの水が滴っており、氷はかなり脆い状態。当初は脆そうなので止めようとのことでしたが、先行パーティのザックがデポしてあり、まいた形跡も無いことから、"登るしかないでしょ" ということになり、木下さんリードで左に取り付く。氷はボロボロで、水が滴っているので、すぐにびしょびしょに。氷が脆いせいもあり、モノポイントアイゼンが氷を切ってしまいずり落ちながら、「冷てぇ~冷てぇ~」を連発しながらも木下さんは登っていきました。さすが!! セカンドで登っててもすぐに手がびしょびしょになり、途中で完全に感覚が無くなり、さらに左のツララから垂れてくる水滴で全身びしょびしょになり、さながらシャワークライム。落ち口に着いたときは凍り付いて全身バリバリでした。

双翼の滝
双翼の滝

双翼の滝からザイルを 100m 程引きずって行き上部の大滝の取付へ。先行パーティがちょうど懸垂で下降中でしたので、下りるのを待って、リードさせてもらいました。ここの氷はきっちり凍っており、バイルもアイゼンもきっちり決まりました。しかし、スクリューを打つのが下手で、なかなか決められず、スクリューに詰まった氷を抜くのも忘れていたり、ビナのゲートが凍りついていてなかなかクリップできなかったりと、手足ともにパンプ寸前で、1度怖くなってテンションを掛けてしまったのと、スクリューを 2回落とす、効いてないスクリューでアンカーを取るというチョンボもありましたが、35m 程で立ち木のビレイ点へ。やっぱりどんなルートでもリードできると気持ちいいですね。木下さんの確保をするときには、ザイルが氷の棒と化しており、バケツ型デバイスにザイルが通らず、8環で確保しました。

上部の大滝
上部の大滝

木下さんが登り切ったときは既に 15時に近かったのですぐに懸垂で下降に入りました。大滝、双翼の滝を懸垂で下り、そこから右岸を取付までまいてくだり、行きのトレースも既に埋まってしまっていたので、適当にポイントを見つけて渡渉し、林道を駆け下り、車に付いたときは 17:30 で真っ暗でした。

車を見て唖然。雪で完全に埋没してました。お互い全身氷漬け状態でしたが、とりあえず、林道をさっさと下らないとやばいということで、着の身着のままで車を発進。幸い、三浦さんの車のわだちがまだ残っており、ありがたく利用させていただきました。

半日で埋没
半日で埋没

帰りは武藤の湯に寄って体を解凍し、韮崎 IC 付近のファミレスで飯食って、帰宅しました。

総括
木下さんは経験も豊富で、比べてしまうと自分は赤子同然、ほとんど引きずってもらっている状態でしたが、大変勉強になりました。

- バイルの研ぎ方
- アックステンション、フィフィの使用法
- バイルの固定方
- スクリューの埋め方
- ハンドル無しスクリューの使い方
- 登り方、姿勢
- その他もろもろの山の話

色々勉強させてもらいました。今後ともよろしくお願いします。

対岸より刃渡り沢全景 稜線は黒戸尾根
対岸より刃渡り沢全景 稜線は黒戸尾根


2004年1月18日

平山ユージ「エルニーニョ報告会」 @ストーン・マジック

平山ユージ「エルニーニョ報告会」 @ストーン・マジック

平山ユージさんの講演会がストマジで行われるとのことで聞きに行ってきました。当初は早めに行ってアルパインタワーでバイルを振って遊ぼうと思っていたのですが、昨日の疲れが抜けていなかったので無理でした。

講演会はエルニーニョまでのステップを踏んだトレーニング方法、実際のエルニーニョでのクライミングをスライドを交えて 2時間以上話した後 Q&A で 30分ほど、トータル 2:40 近い、充実したものとなりました。

記録もさるモノながら、トレーニング方法も遥かに一般クライマーを超越しており(40手くらいの 5.14 ルートを 1日25本とか)、参考になるものではなく話のネタにしかならなそうです。爪がはがれたらアロンアルファで速攻固めて登り続けるという話は噂には聞いていたものの、実際にやってるというのは初耳でした。ちなみに医学的にも害はないそうです。その他、PNF の話も結構興味がわきました。

Q&A コーナーで、部員が 1人しかいないという高校山岳部の女子高生からの質問で「来年度に入ってくる新入生にクライミングの面白さを伝えるにはどうしたらいいですか?」という質問には、困ってストマジスタッフに話を振っていました。

講演後サインをもらい、ZCC のはっしー & こーちさんと駅前の王将で飯を食って帰りました。

ユージさんと 2ショット
ユージさんと 2ショット

参考情報
クライミングパーク ストーンマジック
YUJI HIRAYAMA OFFICIAL SITE


2004年1月19日

7大陸最高峰最年少登頂に挑戦 森町出身の渡辺さん

ソース

順調に進んでいるようです。後はエベレストさえ成功すればほぼ問題ないでしょう。それが一番大変ではありますが。

裏話?
現在最年少記録を持っている東大スキー山岳部の山田さんは、エベレストの山頂まで IBM の ThinkPad(特注モデル) を持ち上げて OS の起動写真を撮ったところ、ThinkPad の耐久性が証明され、使用したモデルの売り上げが上がったそうです。その話を聞いたのか、今回は Panasonic がいち早くスポンサーに名乗りを上げたらしく、いつの間にか本人の Web に Panasonic TOUGHBOOK のバナーが出るようになっていました。

参考情報
Haruhisa Watanabe Web (渡辺大剛さんの Web サイト)
takaitakai.com (山田淳さんの Web サイト)
エベレストに登ったThinkPad
Seven Summit Stats and Facts


山野井通信

ソース

更新されておりました。驚くほど早い回復です。しかももう 11b ですか。やっぱり一度 13 まで登ってしまうと体が覚えてるんでしょうね。

それにしても、昨日の平山ユージさんからも感じましたが "登りたい" というバイタリティーはいったいどこから生まれてくるのでしょう。不思議です。


2004年1月20日

楽園まであともうちょっと

(2002/2/28、2003/11/28 今市子著 花音コミックス)
楽園まであともうちょっと

一見ただのモーホー漫画ですが、主人公の趣味が山ということも有り、山の話やシーンがちょこちょこ出てきます。この手の漫画で読んだことがあるのは Bananafish くらいしかなく、初めは戸惑いましたが、絵のタッチが少女マンガということも有り、2巻目を読み出す頃にはまったく違和感無く読んでる自分がいてちょっと怖かったです。

ストーリーは、義父の経営していた潰れかけの旅行会社を引き継ぎ、金融業者の取立てと戦いながら、山のツアーをしていくうちに、金融業者であったり、ツアー客のヤーさんであったり、昔の彼氏(山小屋の主人) なんかとどろどろした展開で話が進んでいきます。

この漫画が連載されている花音コミックはそっち系では有名な漫画雑誌らしく、そんなこととは露知らずに電車の中で堂々と読んでいた自分を思い返すとちょっと恥ずかしくなってしまいました。


2004年1月21日

TOOL'M ALL - The ultimate DRY TOOLING experience -

(2001 Italy BARCODE FILMS)
TOOL'M ALL - The ultimate DRY TOOLING experience -    TOOL'M ALL - The ultimate DRY TOOLING experience -
日本で一番メジャーな ICE & Mix のビデオ。世界最難の Mix ルートと言われている "Mission impossible(M12)" を初登した Mauro "Bubu" Bole を追ったもの。紹介されているルートは イタリア 5本、オーストリア 2本、アメリカ 3本の計 10ルート。ビデオのノリはフリクラのビデオにありがちなノリですが、危険性がはるかに上だからか、見ていてワクワクします。ボルトルートとはいえ、相手は氷や脆い岩なので、登ってるときにもバカバカホールドが壊れています。そんなルートを登っていること自体が不思議なのに、さらにリーシュレスで登っているというのがさらに信じられません。やはり、海外は日本に比べると 10年近く先行している感じですね。

日本が遅れている理由としては環境が最大の原因でしょう。"天空の城(M9-)" に代表されるような北海道・千代志別や東北仙台・二口、長野・大谷不動など、数えるほどしか日本では Mix ルートが開拓されていません。氷の季節が実質 3ヶ月くらいしかない、雪に埋まってしまうとアプローチできないことを考えると仕方がないのかもしれませんが、Mix の開拓は一部の酔狂な人たちによって去年あたりから積極的に行われつつあるので、今年以降に期待大です。個人的にはフリーで高難度を目指すよりはアルパインでの ICE & Mix で高難度を目指したいと考えているので楽しみです。もちろんフリーの技術が大前提として必要なのですが。

GRIVEL がスポンサーということもあって、ギアは全て GRIVEL です。バイルは日本では売られていないモデル、スクリューは日本でも去年から販売されたものです。ビデオ自体は 1999年に撮影されたことを考えると、道具が日本に入ってくるのも 5年くらい遅れているということなのでしょう。

参考情報
Mauro "Bubu" Bole の ICE のサイト
仙台RCCホームページ(仙台近郊のアイスクライミングエリアが紹介されています)


2004年1月22日

県有ヘリ救助 有料化 山岳遭難で知事が方針

ソース

当然といえば当然でしょう。他県から山登りに来て遭難してヘリ呼んで、長野県民の税金をごっそり使う。観光収入等を落として行くとはいえ割に合わないですね。登山者にはそれなりの心構えを持って山に入って欲しいです。


ICE CLIMBING WORLD CHAMPIONSHIPS

ソース

スイスで 1/22-24 まで行われるそうなのですが、いかんせん、何語で書かれているかもわからないので詳細不明です。"Livestream Kamera" という単語も有るのでストリーミングによる中継も行われる模様です。

プログラムを見ると 24日 の 18.00 - 19.30 と 21.00 - 22.15 にファイナルが行われるようですが、どこの時間を基準にしているのか不明です。

誰かわかる人がいたら教えてください。

(追加情報 1)
その後、ICML の方の協力で時差が 8時間であることがわかりました。日本時間に修正したスケジュールの概略は多分以下になります。

Difficult
予選男女 23日 18:00-22:30
準決勝男女 24日 17:00-20:00
決勝女子 25日 2:00-3:30
決勝男子 25日 5:00-6:15

Speed
予選女子 24日 3:00-3:30
予選男子 24日 3:30-4:00
決勝女子 24日 4:00-4:30
決勝男子 24日 4:30-5:00

また、昨年の層雲峡コンペの優勝者である小田さんが参加されているそうです。皆さん、ストリーミングで観戦いたしましょう。


2004年1月23日

神田大尉と徳島大尉

タイトルでピンと来た人は鋭いです。そうです明治 35年に起きた "八甲田山雪中行軍遭難事件" をモチーフにして新田次郎氏が書いた小説 "八甲田山死の彷徨" の中心人物 2人です。

ロシアの侵攻に備え、雪山研究を目的に冬の八甲田山を縦走するために、神田大尉は大隊 210名を引きつれて行軍を開始し、一方徳島大尉は中隊 38名を連れて出発しました。が、指揮系統の乱れや、方針の違い等も有り、吹雪いた八甲田を縦走し終えたときはお互いに対照的な結果となりました。神田隊が 199名の凍死者を出したのに対し、徳島隊はまったく死者を出さずに帰還しました。

対照的な結果を招いた原因にリーダーシップの問題が指摘され、この題材はリーダーシップ研修等の題材としてよく使用されています。

昨日、突然マネージャー(上司) からチーム全員にこの資料が配られ、"組織とリーダーシップ ワークショップ" が開かれました。ワークショップは予想以上に白熱し、2時間もの議論の末、明確な結論は出ず、"リーダーシップはチームにとってポジティブに作用するもの" という点では合意したものの、リーダーシップにはそれぞれの個性が反映されるので一概には定義できないという結論になりました。

個人的にはリーダーシップの議論よりは、チームの各メンバーの議論の展開方法や意見の仕方のほうが面白く、勉強になりました。

ちなみに、実際は神田大尉と徳島大尉は、神成大尉と福島大尉であり、行軍はそれぞれまったく別の状況で行われ、お互いが接触したり、対抗心を燃やしたりという状況は無かったそうです。



編集ミスで「崖転落」の下山ルートを紹介、英誌

ソース

メジャーな雑誌でもこんなことがあるんですね。日本でもガイドブックやトポにも間違いは多々あるので、あくまでも現地優先で、ガイドは参考程度に留めておきましょう。


"No Pain No Gain"

くぅ~、やられた~って感じです。当初は US の BD のサイトで配布が始まり、アメリカ・カナダに住所がないと入手できない DVD だったのですが、いつのまにか日本の代理店であるロストアローのサイトでも入手できるようになっていました。

せっかくカナダにいる後輩に頼んで取り寄せてもらったのに・・・。ごめん翔太。


2004年1月24日

ICU 駅伝大会

ICU 駅伝大会
学生時に所属していたワンゲル部で、OB も含めて毎年チームを作って参加しており、今年も参加するとのことで行ってきました。ただ、足を怪我しておりとても走れる状況にはないので完全な裏方としての参加でした。

レースのほうは、現役学生がやはり強く、最初は陸上部を置き去りにするほどの独走だったのですが、最終的にはトップと 40秒差の 3位。くぅ~、惜しい。大変な盛り上がりでした。

来年は当方も走るほうとして参加したいものの、このペースで山行ってたらいつまでたっても足は治らない気がします。


2004年1月25日

春日渓谷

春日渓谷 F1
春日渓谷 F1

アイス初体験の大学の後輩 2人、山岳会の茶木さんと春日渓谷に行ってきました。"アプローチが楽なゲレンデ" という言葉に触発されて行ったのですが、先週と今週降った雪で、予想以上に車が入れず、トレースもまったく無く、ラッセルラッセルで、結局アプローチに 2時間もかかりました。

アプローチの林道
アプローチの林道

今回は初心者が 2人いたので F1 をリードした後に top ロープを 2本張ってひたすら登りまくりました。他にも 1パーティいたのですが、そちらも初心者がいたらしく、同様に F1 で top ロープを張って練習していました。

今回の収穫は、試しに履かせて貰ったモノポイントアイゼンの刺さりの楽さとフッキングによるクライミングです。モノポイントアイゼンは、氷が硬かったということも有り、チョンと軽く刺すだけで決まるし、従来の横爪のアイゼンほど氷を壊さないので足とアイスへの負担が劇的に減ります。また、フッキングに関しても、BD の Fusion の効きが物凄く、先端が 3mm くらい入るだけ(バイルもチョンと刺すだけ) できっちり決まった感が有り、こちらも腕とアイスへの負担を大幅に減らせます。もちろん氷の状況に合わせて臨機応変に対応する必要が有るとは思いますが、これらの道具や技術によって、アイスや Mix で、よりフリーに近いムーブを使うことが可能になっているということを実感しました。やはりアイスは道具です。技術や道具の流れがフッキングになっていくと、アイスの概念が変わり、非力な女性でも気軽にアイスに手を出すことができるようになってくると思います。

F1 でトップロープで練習
F1 でトップロープで練習

天気は午前中は晴れていたのですが、午後から雪が降り出し、日没前は雪が土砂降りでした。帰りは春日温泉 かすが荘で風呂に入り、横川SA で飯食って帰りました。


2004年1月26日

長谷川恒男

(1994 / 日本 (有)アルパインガイド長谷川事務所)
長谷川恒男

長谷川恒男氏の生涯を、知人のコメントと共にまとめたドキュメンタリーフィルム。"文部省推薦" というだけのことはあり、ナレーションが硬い硬い。

彼は、"星と嵐" での明星山の開拓や "第二登おめでとう" の滝沢第 2スラブの冬季単独初登など、国内での単独登攀の輝かしい実績を引っさげて、ヨーロッパに向かい、77-79年 にかけてマッターホルン、アイガー、グランドジョラスとアルプス 3大北壁の冬季単独記録を打ち立てました。グランドジョラスを登り終わった後の空撮映像が有り、ナレーションで "生き抜くことは冒険だよ!!" という、彼の死後の著作のタイトルが読み上げられたので、ビデオはここで終わりかと思いきや、その後のプロガイドの生活、少年向け登山学校の開校、アコンカグア遠征、ヒマラヤ遠征へと続いていきます。

プロガイドの生活を始めてから、彼の登山スタイルが変わるようになり、これまで散々単独で登っていたにもかかわらず、パーティを組んで山に向かうようになり、アコンカグア南壁は成功しましたが、ヒマラヤでは、ダウラギリ、ナンガ、チョモランマ、ウルタルと 8年間挑戦し続けたものの、結局一度も頂を踏めないまま 91年にウルタルII峰で帰らぬ人となってしまいました。

彼が遭難したニュースも当方はまだ山を始めていなかったのでまったく記憶に残っておらず、彼の実績等はほとんどが彼の著作や、昔の山渓の記事、佐瀬稔氏の『虚空の登攀者』で得た情報です。そのため、なぜアルプス三大北壁が終わった後、プロガイドに転向し、単独ではなく、どちらかというと集団で山に行くようになったのかがよくわかりません。山野井さんのように単独行を貫いてもおかしくはないと思うのですが。人間的に "大人" になったということなのでしょうか?

また、このビデオでは彼を知る 24人のクライマーが記者と対談形式で出てくるのですが、遠藤甲太、重廣恒夫、鈴木昇己などなど錚々たるメンバーに加え、"第 2登おめでとう" を言われたクライマー(名前失念) も出てきたりと見所が多いです。もちろん、彼のクライミングシーンは凄く綺麗です。

参考情報
彼のドキュメンタリー映画「北壁に舞う」がスカパーの日本映画専門チャンネルで 2/5 に放映されるそうです。森田氏、勝野さんとそれぞれ単独でグランドジョラスに出発するものの、結果的に彼だけが成功することになります。スポンサーを獲得できたのも彼だけだったそうで、その辺の能力も優れていたのかもしれません。見たいが器材がない・・・。


2004年1月27日

ヒマラヤ最後のロマン・雪男の謎に挑む!

(2003/12/31 10:20-11:45 テレビ朝日)
ヒマラヤ最後のロマン・雪男の謎に挑む!

ダウラギリ周辺にイエティを捜索しに行った模様を追ったドキュメンタリー。"ヒマラヤ最後のロマン" となってはいますが、個人的にはロマンなのかなぁ? と思います。日本でつちのこを探すのと同レベルなのでは? 特に誰かに迷惑を掛けているわけではないので、やりたければ御自由にということです。ただ、ヒマラヤに遠征するのと同レベルの器材を持ち込んで、時間も使ってということを考えると、う~ん、もったいない。

ただ、ダウラギリの映像が見れたので個人的には良かったです。高校のときの友人が登りたいと言ってたのが良くわかりました。いい山です。

参考情報
2003イエティ捜索隊


2004年1月28日

ものしり一夜づけ「富士山・新発見!」

(2004/1/13 23:15-23:45 NHK総合)
ものしり一夜づけ「富士山・新発見!」

富士山を "富士山ハンター"、"たくあん"、"噴火"、"銭湯" という 4つの切り口から解説した番組。

富士山ハンター
富士山可視マップを作成した山座同定の世界では超有名人の田代さんの日常と、現在最遠望地と確認されている和歌山の那智勝浦峠を訪れた様子を追ったもの。和歌山を訪れた日は結局富士山は確認できず、現在は八丈島から狙っているとのこと。富士山でガイドをしていた時は、お客さんに説明するのが楽になるので、逆に富士山から見える山は登り尽くそうと考えていました。

たくあん
東京名物のひとつである "たくあん" の元となる練馬大根が美味いのは、土に原因が有り、その土は富士山の噴火によってもたらされたもの。富士山の火山灰は栄養分が少ないため、余り良いイメージが湧かないのですが、これは本当なのでしょうか? たぶん、水はけが良いからとかではないでしょうか? 詳細不明です。

噴火
去年、富士山ろくで蒸気が確認されたが噴火するのか? 学者曰く「火山ガスが成分に含まれていなかったのですぐに噴火することは無い。が、噴火しないともいえない。」。富士山が噴火するかどうかはここ数年は毎年話題になっており、富士山の山小屋関係者の頭を悩ませていることがらです。"冷夏" と "噴火" のニュースが流れるだけで、富士山へのお客さんは極端に減ってしまうからです。

銭湯
銭湯の壁に富士山を描き続けて 40年の人のお話。これまで書いた富士山は 1万枚を越すとのこと。テレビでも実演してましたが、一瞬で書き上げていました。これまでいろんな温泉や銭湯に行きましたが、いまだに壁に富士山の絵が書いてある銭湯に行ったことがありません。窓越しにリアル富士山が見える温泉は多々入ったことはあるのですが。

その他、富士講の映像なんかもあり、30分にしては良くまとまってる番組でした。さすが NHK。ただ、キャイーンが出ていることは不思議でした。


2004年1月29日

若者たちの現場2004 山が僕らの仕事場だ

(2004/1/4 18:10-18:40 NHK総合)
若者たちの現場2004 山が僕らの仕事場だ

高知で林業に就職し、伐採、運搬に関わる若者 3人を追ったドキュメンタリー番組。

"山" というよりは "人" に焦点を当てているので山のシーンは出てきますが、山の話はほとんど出てきません。ですので、木を伐採する難しさ、運搬の煩雑性などは説明されますが、なぜ伐採するのか、なぜ植林するのかといった林業自体にはほとんど触れていないのが少し残念です。まぁ、主旨が学校を出たばかりの若者がなぜ 3k の代表的な職業である林業に就いたのかなので、仕方ないですが。

通常、最初の就職の契機は、高校卒業時に訪れると思います。当方の場合、一応進学校に通っていたことも有り、選択肢はほぼ大学進学であり、就職はまったく考えませんでした。ただ将来的には山関連の仕事に尽きたいと思っていたことも有り、進学先に信州大の農学部や各種林業系、環境系の学部も考えていました。結果的には何故かミッション系になってしまいましたが。高校の同級で山に登りたいということで、山岳部で有名な農工大や東農大に入ったり、土樽山荘に就職して山を続けた輩もいました。

大学時は "富士山ガイド" という山関係の仕事を体験したことで、山を仕事にするのはやめようと思いました。山を仕事にしてしまうと、一部の仕事を除いては、"自分の山" という部分が消えてしまい、純粋に山を楽しめなくなってしまったからです。やっぱり、山(レジャー) は趣味だから楽しいのであり、仕事にしてしまうと話は別かもしれません。自衛隊や山岳警備隊、山岳ガイド、林業、山雑誌編集者、山道具屋、カメラマンetc. 色々考えはしましたが。


2004年1月30日

スキー遭難

毎年発生しているスキー遭難です。一方は山スキーのものでもう一方はゲレンデスキーのもの。

山スキー
札幌・盤渓で遭難騒ぎ 77歳、雪山から自力下山-雪穴掘り夜明かす
不明の男性、携帯つながる 山形県・蔵王で遭難

遭難原因は笑えませんが、上の方は凄いですね。それなりの経験と体力がないとここまではできません。下の方はまだ見つかっておりません・・・。

山スキーの場合、機動性に関しては歩きの数倍の能力を発揮しますが、反面方角を誤ったり、滑走面を誤ると、ルートの修正の困難さや雪崩の危険性が伴います。当方も今シーズン山スキー一式を買ったものの、深雪(新雪) を滑る技術がないので、雪が締まってくる春まで待つことにします。それ以前にゲレンデ通ってもっと基礎能力を上げないといけませんが。

ゲレンデスキー
<行方不明>スノーボーダー2人 遭難の可能性も 新潟
<遭難>スノーボードの豪州人学生が不明に 青森

いずれも発見、救助されております。こういった人たちは、あえてオフピステに入り込んで遭難してるのでしょうか? それともコースの案内板が悪くていつの間にか迷ってしまってるのでしょうか? 詳細はわかりませんが、前者なら自業自得、後者ならスキー場の責任でしょう。


2004年1月31日

上荒井沢

上荒井沢(左からトリコルネ/カモシカルンゼ/マシラルンゼ)
上荒井沢(左からトリコルネ/カモシカルンゼ/マシラルンゼ)

後輩の健史と山岳会の茶木さんとで昨年 Chimney 角屋さんらによって開拓されたばかりの上荒井沢にアイスクライミングに行ってきました。地理的にも東京から近く、林道のアプローチも非常に楽で、初心者から上級者まで適度に楽しめるので、お勧めのゲレンデです。車はトリコルネの対岸に数台止められます。空いていると思ったのですが、帰るころには 5-6台の車がありました。来年以降混みそうな予感がします。また ICE Climbing ML を開設されたシュクラさんもいらっしゃいました。

レベル的にトリコルネは無理そうだったので、途中のカモシカルンゼもパスして一番奥のマシラルンゼに行きました。林道で準備中にアイゼンを車に忘れたことに気づき一旦取りに引き返すというアホアホなことをしてしまいました。アプローチ 10分でよかった~。

当初は林道から見える左側がイワザルフォールだと思ったのですが、取り付いてみると、アイスクライミングというよりはただのルンゼ歩きで、ちょっと違う感じでした。どうやら間違えたようで、突き当たったところを右にトラバースして正規のイワザル・キカザルフォールの基部に懸垂で下りました。

間違えたルンゼ
間違えたルンゼ

間違ったルンゼを登っているときに、キカザルフォールに取り付いているパーティがあったのですが、基部に下りたときには引き上げていたので、ちょうどいいタイミングでした。

マシラルンゼ 左がイワザルフォール、右がキカザルフォール
マシラルンゼ 左がイワザルフォール、右がキカザルフォール

気を取り直して、まずイワザルフォールをリードで登りました。下部 20m 位は 70度くらいのナメでサクサク登れます。上部の立ったつらら状のところが核心。本当は右上する感じで登っていくのですが、ツララの奥が洞窟で面白そうだったので、一旦直上して、ツララを壊して洞窟に入ってちょっと休憩。そこからトラバース気味に右上してビレイポイントへ。ツララ状の箇所のトラバースが結構楽しい。

イワザルフォールの核心部
イワザルフォールの核心部

終了点からキカザルフォールの基部に懸垂で降り、今度はキカザルフォールをリード。こちらはツララが階段状になっており、登るルートを色々選べるので、それほど難しくはなかったです。ただ、左のつながっていないかぶっているツララ状の箇所が楽しそうだったので top ロープを張って順々に登りました。つながっていない箇所は登っていくと、ムーブを駆使するので結構楽しいのですが、ツララにアイゼンがまったく刺さらず、フィギュア4 ができるはずもなく、力尽きてフォール。パワー不足と持久力不足を痛感しました。

キカザルフォール
キカザルフォール

そこで本日は終了。遣り残したミエザルフォール、カモシカルンゼ、トリコルネは来年に持ち越しかな~。帰りは桃の木温泉で入浴して帰京しました。調布で一旦健史をおろした後、明日袋田の滝に行くため柏の山本さん宅へ行き、鍋を囲みました。ウマーでした。

茶木さんは右手を負傷していたため、今日は全部リードでクライミング。おいしいところを有難うございました。また、今回は右手の Fusion をリーシュレスにしてトライ。落としたらアウトですが、スクリューの埋め込みやレストが楽にできるのでトータルで考えるとそっちの方がいいかもしれません。Fusion の使い方が段々わかってきた感じです。両手が Fusion になる日も近いかも。


 
 
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