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2004年4月 1日

高みへのステップ 冬季登攀

(198? / 文部省 植木企画)
高みへのステップ 冬季登攀

昨日紹介した岩登り編をさらにハードにした内容です。スキーで基部までアプローチし、アルパインのミックスルートを昔ながらの装備で登っています。スノーシャワーが降りしきる中、バイルを振って登攀している姿には心震えます。支点もハンマーインのスナーグですし、バイルも40cm 程のアイスハンマー、おまけにアブミでの人工のシーンまであり盛りだくさんです。映画でもこのような映像はないのではと思います。見ているとモチベーションが凄く上がる映像です。

残念ながらどこの岩場かは当方にはわかりません。


2004年4月 2日

高みへのステップ 山岳スキー技術

(198? / 文部省 植木企画)
高みへのステップ 山岳スキー技術

昨日、一昨日と紹介した 2本とは対照的な映像です。終始明るい音楽がバックに流れ、ナレーションの女の人の声も明るく、滑っているモデルの楽しそうな笑い声も入っており、これまでの陰な感じの 2本と比べると、陽です。

山スキーの経験、知識が皆無なため、技術の歴史的な流れや用語に関して無知な面も多いですが、人によって滑り方がこんなに違うのかというくらい、皆さん場所によって滑り方を使い分けています。荒れた斜面、深雪、急斜面、クラストした斜面など、文登研ベース基地の裏山から、大日岳、剣岳剣沢など色々な斜面での解説付きの滑りは今後の参考になりそうです。ただ、カービングが全盛になりつつある近年の滑り方とはまた違っているのかなとも思えます。


2004年4月 3日

那須・朝日岳東南稜

那須・朝日岳東南稜
那須・朝日岳東南稜

孝晃と前から気になっていた栃木県・那須・朝日岳東南稜に行ってきました。

栃木周辺の山岳会が、初心者を最初に連れて行く雪岩バリがこのルートのようです。記録の写真を見て結構楽しそうだなと思い行ってみました。

南浦和の社員寮に引っ越した孝晃を拾うべく、浦和周辺をうろつきましたが、外環の浦和IC と東北道の浦和IC を間違えて 1時間近くロス。那須大丸温泉先の展望台の駐車場に着いたのは 4:00 でした。噂にたがわず物凄い風が吹いており、停車しているにもかかわらず、波の上の船状態でした。

駐車場を出発
駐車場を出発

6:00 まで車で仮眠し、お湯を沸かしてテルモスに詰め、駐車場を 7:00 に出発。到着時は駐車場には 0 だった車は、出発時には 10台ほどに増えていました。

締まった残雪で埋まった夏道を道なりに行き、高山植物の看板あたりでアイゼンを装着し、雪が繫がっている雪渓を、下に見える東南稜の取付目指して下りました。当初は東南稜の剣ヶ峰寄りの沢を詰めて、途中から尾根に取り付こうと考えたのですが、いざ取付に着くと、東南稜のルンゼ状の箇所が登れそうでしたので、そこから取り付きました。

取付から上を望む
取付から上を望む

取付から 30m 程で雪はなくなり、あとはガレガレの岩稜帯をひたすら詰めるだけでした。過去の記録で懸垂している、2つのピナクルの中間部は、残置シュリンゲが垂れていたものの、問題なくクライムダウンでき、それぞれのピナクルの登りも、ワンムーブだけ III 程度であるものの特にロープを出す必要性を感じず、結局ロープは出しませんでした。そんなこんなで、取付から朝日岳山頂まで 1時間でサクッと着きました。岩稜帯よりは終始吹いている風の方に脅威を感じました。時々、体ごと持ってかれそうなくらい強い風が吹いていました。

ルートは全体的にこんな感じ 登ったルート
ルートは全体的にこんな感じ / 登ったルート

朝日岳山頂で少し休んでから、次の目的地である茶臼岳へ向け出発。ルートは概ね夏道どおりです。雪渓のトラバースは、雪の量が多いと雪崩が怖いかもしれません。

朝日岳山頂より茶臼岳
朝日岳山頂より茶臼岳

峠の茶屋で他の登山者数名とすれ違い、茶臼岳へ。硫黄ガスが随所から噴出している茶臼岳への登りは夏道無視で適当に高いところを目指して直上しました。

誰もいない茶臼岳山頂で少し休んでから下山開始。下山も駐車場目指して適当に繫がっている雪渓を下りました。

全体を通してスピーディな山行ができたので気持ちいい雪山ハイキングになりました。

帰りはサービスエリアで仮眠を取りつつのんびり帰京しました。

時間
駐車場発(7:00)-取付(7:40)-朝日岳山頂(8:45)-茶臼岳山頂(9:40)-駐車場着(10:20)


2004年4月 4日

凍傷 1ヶ月目

凍傷 1ヶ月目

凍傷になってから約 1ヶ月がたちました。全治 3週間と診断され、最近になってようやっとキーボードは打てるようになりましたが、まだ右手の指は痺れが残っており、直接岩には触れられなさそうです。

写真の通り、爪も半分近くまで変色しており、完全に死んでいます。試しに爪切りで切り始めたところ、かなり深くまで切ることができびっくりでした。怖いのでこれ以上は切りせんでしたが・・・。ちなみに指の皮は一番ひどかった箇所で 3枚ほど剥けましたが、変色しており、色は治らなそうです。



2004年4月 5日

競う ライバル物語 山に生きる登山家夫婦の絆

競う ライバル物語 山に生きる登山家夫婦の絆

垂直の記憶」の発売に合わせてということもあるでしょう、山野井さんの特集記事が "競う ライバル物語 山に生きる登山家夫婦の絆" "山野井泰史 Vs 山野井妙子" というタイトルで 3/29-4/2 の 5日間に渡って産経新聞朝刊に掲載されました。初日は 1ページ丸々、2日目以降も 3/4 ページを使い大々的な特集記事になっています。

ギャチュンカンからの生還ルポから始まり、夫婦それぞれがどういった幼少時代をすごし、山と出会い、のめりこみ、ブロードピークの遠征で初対面、その後 2人で奥多摩で暮らすようになり、登山が生活の全てになり、年 1-2回の海外遠征が目標となり、今後も真っ白になるまで登り続けますと夢を語って終わるという内容です。

"右手でアイスバイルを、左手でおのを打ち込み"、"取り付けを間違える" など "ん?" と思わせる表現は多少ありますが、全体を通してしっかりした取材に基づいたいい連載になっています。山野井さんを扱った作品「ソロ」や「垂直の記憶」と内容がほとんどかぶるにもかかわらず、まったく別の視点から、新鮮な情報で書かれているのは記者(特集部・村島有紀) の実力でしょう。

最初はサブタイトルの "山野井泰史 Vs 山野井妙子" の箇所に疑問を感じましたが、記事中に "競い合うのは、「どれだけ山が好きか」という純粋さ" とあり、納得しました。山渓の神長さんの「自分の好きなことだけをしようと思っても、普通はできない。年齢を重ねるにつれ、社会は個人を取り込み、しがらみがふえるから。そのなかで、組織に属さず世間にこびない・・・(略)。」というコメントはその発言を裏付けています。

エベレストは、僕にとってやさしすぎる」、「ノーマルルートじゃ、カッコよくないでしょ」と限界ギリギリの "冒険" 登山を行ってきたた泰史さんですが、ギャチュンカンから生還して、帰国した際のコメント「おれのクライミング人生終わったよ」という箇所に、常に自分がどんなクライミングをしていたのかをきちんと認識しており、指がない状態では世界レベルのクライミングをもうすることができないということを実感されており、哀愁を感じます。それでも最後に "真っ白になるまで登り続けますよ" という箇所には、今後の彼のクライミングにまだまだ期待してしまいますね。

関連情報
山野井通信



2004年4月 6日

男達の風景

(2004/3/20、3/27 1:00-1:30 テレビ東京)
男達の風景

俳優の小野寺昭とタレントの宮内淳が冬の黒班山に登るまでのステップを描いたもの。山道具の選び方からスノーシューとアイゼンを使用しての雪上の歩き方などを、ガイドの安村淳さんの元で学びながらいざ山に登るという内容です。山中で鍋もしてます。

すいません、両タレントさんとも知らなかったです、はい。ガイドの安村さんは先日の広沢寺清掃集会でお見かけいたしました。

関連情報
男達の風景 バックナンバー
3/19 白銀の日本百名山の彼方に広がる風景
3/26 冬山の頂から望む日本百名山 感動の風景


2004年4月 7日

国土地理院 地形図閲覧サービス

国土地理院の地形図閲覧サービスがカラー地図になりました。以前の白黒の頃と比較すると雲泥の差があります。

いたぽんさんの Blog を見ていたところ、カシミール 3D もこのサービスに対応したそうで、早速最新版と、地形図閲覧サービスを使うためのプラグインをダウンロードして使ってみました。

以前は山旅倶楽部のデータを有料で使っていたのですが、ただ地形図にチョコチョコっと書き込む程度なら、これだけで十分です。試しに先週行った朝日岳東南稜の地図を、必要箇所だけトリミングして磁北線を引いてみました。山に持って行く地図としてはこれをプリントアウトすれば必要十分。国土地理院も随分と太っ腹ですね。

ただ、幾つか問題点もあり、カシミールを使うと、地形図のつなぎの箇所も比較的スムーズにスクロールできるのですが、巨大な範囲にわたってトリミングを行う場合はメモリの設定を色々変えてみても、ファイルに保存や、画像編集ソフトにコピーできずちょっと困ってしまいます。この場合は地形図のサイトから何枚か地図をダウンロードして別途画像編集ソフトでつなぐ必要があります。

(追記 4/9)
仮想メモリの量を増やせば、ファイル保存やソフトへコピーも可能になりました。

また、国土地理院のサービスは単純な地形図の提供だけで数値データの提供は行っていないため、俯瞰図や鳥瞰図、断面図など 3D が絡む機能は一切使えません。これらの機能を使うにはやはり山旅倶楽部と契約するしかないです。大昔 Pentium 133MHz のノートPC で一晩以上かけて鳥瞰図とかを描画していた頃を思い出しました。最新マシンを使えばもっと早くできるのかな。時間を見つけてやってみたいと思います。



2004年4月 8日

ランナウト

健史

凍傷になった右手の指先の感覚がまだ無いものの、居ても立ってもいられなくなり、ガバホールドくらいなら掴めそうだったので、後輩の健史とランナウトに行ってきました。

ロープを持っていかなかったので、オートビレイで登りました。 10a から 10c まで 1本ずつ登ってもう腕がパンパン + 右手の凍傷部が痛むのでそこで一旦やめました。痛みが引いてから 10d にも取り付きましたが中盤くらいで腕がもたず断念。その後 10a 1本登ってからボルダーでクールダウンして終了。まじめに登ったのは半年振りなのでまぁこんなもんでしょう。リードだと 10a くらいでしょうか。となると年内に 5.12a を登るには毎月 1ランクずつ上げていかないと駄目な計算になりますね。さぁ大変だ。とにかくまず 10本くらい登れるような持久力つけないと駄目ですね。

めざせ 5.12a ということで、なまっていた体に鞭打って今月から本格的にダイエットを始めました。一旦落とせるところまで落として、それから必要な筋肉を付けていこうと思っています。

4/1 の体重が身長 173cm に対して 71.2k / 体脂肪率 18% だったのでとりあえず 60k / 12% くらいまでは落としたいところです。

ダイエットの内容はとにかく摂取カロリーを極力減らして、運動するようにしました。摂取カロリーに関してはロクスノの新井さんの記事を見てカロリー計算をするようにしました。普段の仕事が、座ってモニターを見てるだけなので、続けてはまずいかもしれませんが、糖分だけ取ってれば 1日 300kカロリー程度の摂取だけでも十分動けることがわかりました。

運動の方は、去年怪我した右足首にまだ痛みが残るので本格的なランニングは無理で、Vaam を飲んで、平日週一のクライミングジムと筋トレ、バイク、ストレッチにしました。あとはプロテインとマルチビタミンで栄養素を補っていけば大丈夫でしょう。問題は会社の飲み会や仕事の打ち上げの誘惑、しがらみをどうかわすかです。明日の製品リリースの打ち上げがいきなり吉兆だもんなぁ。


2004年4月 9日

[長野]再発防ごう中ア遭難 山岳対策協 登山者への指導徹底へ

ソース

宝剣岳周辺は例年事故が起きやすい箇所ですが、今年は特に多く、既に死者 5人、行方不明 1人となっています。さすがにここまで事故が多いと、役所側も何らかの対策を行う必要性が有るようで、動き出したようです。このあたりはかなりの観光収入が見込めることから、安直に "登山禁止" という事態にはならないと思いますが、どういった結論が出るのか注意したいところです。宝剣岳中央稜早めに行っておいた方がいいかなぁ。


2004年4月10日

巻機山 1日目

同人直登トラバースのヒロポンと新潟の巻機山に行ってきました。遅ばせながら念願の山スキーデビューです。

9日(金) の夜に東京を出発し、新潟出張だったヒロポンと六日町で合流し、六日町インター付近の 24時間営業のジャスコで買い物してそのまま駐車場で就寝。

10日(土) は 5時起床で、6時に巻機山登山口の清水に向かって出発。天気は快晴で、雲ひとつない。道は一番奥の駐車場まで除雪されており、駐車場も山スキーや、ボーダーの車で一杯。

駐車場は山スキーヤーで一杯
駐車場は山スキーヤーで一杯

登山口からはほぼ夏道どおりに進んで行きました。ミスったことにシールを用意できなかったため、ヒロポンはシールでさくさく進んでいくのに対して、つぼ足でとぼとぼとついて行くが、履くのがまだ 2回目の兼用靴ということもあり、ペースに全くついて行けません。この後終始後悔することになりました。

取付から上を望む 真ん中の岩峰が天狗岩
取付から上を望む 真ん中の岩峰が天狗岩

下部の樹林帯は尾根が広いこともあり、好きなところを適当に直登。

樹林帯の中をペタペタと進む
樹林帯の中をペタペタと進む

最初の難関である井戸壁もとにかく直登。雪が比較的しまってるのがありがたく、ラッセルにはならず、キックステップでざくざく上がっていけました。ヒロポンはジグザグにシールで頑張ってましたが、井戸壁半ばで板を担いで 6合目まで行きました。ほとんどの人が日帰りであるのに対し、こちらは泊まりなので、かなりののんびりペース。30分歩いては 30分休みとだらだらと高度を稼いでおりました。

6合目から振り返ると谷川連峰がどーんと綺麗に見え、正面にはニセ巻機の斜面がずーんと表れました。朝一で出発したと思われるスキーヤーがぼちぼちと滑り降りてきており、斜面が広いので気持ちよさそう。

振り返ると谷川の山並みが綺麗に
振り返ると谷川の山並みが綺麗に

ニセ巻機山から割引沢へ滑り下りていくスキーヤーもいて見てる方がびっくりします。60度くらいあるのでは?

ニセ巻機山手前の斜面
ニセ巻機山手前の斜面

最後の急登である、ニセ巻機の上りも直登、ヒロポンも板を担いで直登、人によってはトラバース気味にスキーで頑張って登ってる人もいました。

ニセ巻機からは続々とスキーヤー、ボーダーが
ニセ巻機からは続々とスキーヤー、ボーダーが

ニセ巻機山に着くと巻機山が目の前に。いやー、本当にでかい。手前の斜面をスキーヤー、ボーダーが縦横無尽に滑っており、半ばスキー場状態。

ニセ巻機山
ニセ巻機山

一瞬ですが、ニセ巻機から板をつけて避難小屋まで滑ってみました。やっぱり荷物をしょっているとムズイ。しかも、登りでかなり疲労が足に来ており踏ん張りがイマイチ利かない。

避難小屋の裏手にテントを張って、寝不足で眠かったので昼寝。ヒロポンは一本滑ってくると言って、巻機山に登っていきました。

1時間ほど寝てから夕食準備。風もなく暖かいので外で準備。野菜満載のほうとうときのこの炊き込みご飯。飯ができるまではキムチをつまみにビールで乾杯。うーん最高。米が少なかったからか、炊き込みご飯は上手く行かず、明日の朝の雑炊に。

テントに入って、水作って、ラジオで野球中継を聞きながらそのまま就寝。就寝前のテントからの夕日がきれいでした。

日没
日没

記録
登山口駐車場(7:50)-井戸壁(9:00)-六合目(11:30)-ニセ巻機山(14:00)-避難小屋(14:20)


2004年4月11日

巻機山 2日目

今日はいよいよ滑る日。最初は 5時に起きる予定でしたが、寝坊で 6時起きの 7時出発。あんまり早すぎても斜面が硬くて滑れないだろうとのことでこのくらいがいいのかもしれません。太陽はうっすらと出ているものの、天気は高曇り。ただ風もなく穏やかで、気温はかなり高め。

早速板を担いで巻機山の山頂目指して歩き始める。わずかとはいえ、朝一での上りはやっぱり辛い。

30分ほど歩いて本峰へ。昨日の喧騒がうそのように誰もいない斜面に感激。

巻機山山頂
巻機山山頂

山頂で少し休憩してから早速滑る。米子沢右俣の左俣のヘリに沿う感じでトラバース気味に滑りだし、あとは俣を樹林帯に沿って、避難小屋のある鞍部まで一気に下りる。雪質がスキー場と似ているからか非常に滑りやすい。スキーも下手糞なのでボーゲンに毛が生えた程度の滑りでしたが、山の中を滑るというのは、スキー場とはまったく違った雰囲気を持っており最高でした。しかし、あっという間。

せっかくなので、10分ほど休んでから再度登りなおす。今度は本峰ではなく、一番手前のピークから滑降。真下に下りるラインが気持ちよさげでしたが、そこを滑っているところを撮影したかったので、当方は稜線伝いに登ってきたルートを滑って撮影準備に。しかーし、撮影していたつもりが、録画ボタンを押し忘れて、幻に。とほほ。

滑ったライン
滑ったライン

何ちゃって動画 (2M)

2回滑って、満足したところで、テントを撤収して下山準備、出発する頃には続々とスキーヤーが上がって来ました。

ニセ巻機山頂までは板を担ぎ、山頂で板を履いて、稜線を雪が繫がっているところまで斜滑降気味に下り、下を偵察。

帰りのニセ巻機山山頂
帰りのニセ巻機山山頂

降りれそうな斜面から最初は斜滑降で 5合目目指して滑り降りる。荷物をしょってるとやっぱり足への負担が大きく、踏ん張りがイマイチ利かずに、ターンのたびにかなり流されてました。ちゃんと体重移動ができてないんだろうなぁ。雪質はザラメ状。

5合目に着いて振り返ると、ヒロポンが激しくクラッシュしたらしく、顔からだらだら血を流していた。傷は雪との接触による擦り傷のようですが、傷の範囲が大きいためかなりスプラッタな状態。

5合目からはいよいよ樹林帯に突入。快適にツリーランと行きたいところですが、そんな技術を持ち合わせているはずもなく、地味に斜滑降、キックターン、横滑りの連続で井戸壁の上まで滑りました。

井戸壁はスキーを担いでグリセードとかの方が早いんでしょうが、練習の意味も込めて板を履いたままで下りてみました。が、斜滑降、キックターン、横滑りで下りてるつもりが、斜滑降、木に激突、滑落、木に激突、横滑り、転倒、滑落、キックターンのような感じで、もう散々な目に。板やストックが木に引っかかりまくりで、ありえない体制になることしばしばで知らないうちに左の肩と膝を痛めました。

井戸壁を抜けた頃にはもうふらふらで緩傾斜帯になってからも足の踏ん張りが利かず、ターンできずに転倒することしばしばで、登山口に着いたころはもうヘロヘロ。無事でよかった。

最後の樹林帯
最後の樹林帯

車で着替えて六日町温泉へ。六日町のラーメン屋で飯を食べて渋滞前の関越道を帰京。高速はほとんど渋滞していなかったものの、高速を下りてからの方が混んでました。

慣れない山スキーに四苦八苦で、まだまだスキーの機動力を生かせるレベルには技術的にも達してませんが、とにかく経験を積んでいくしかないので、今シーズンは終わりに近いですが、来シーズンはみっちりやってみてもいいかもしれません。スキー場での滑り込みも必要でしょう。でもアイスもしたいしなぁ・・・。(←欲張り) 冬はいくら休みがあっても足りませんね。

記録
山頂周辺で滑降(7:00-9:00)-避難小屋(9:20)-ニセ巻機山(9:40)-登山口(11:20)

今回のルート図 (赤が行きで青が帰り)


2004年4月12日

Dr.猫柳田の科学的青春 No.38 春山は科学を招くよ

(コミック BIRZ 5月号 幻冬舎 原作:柳田理科雄 漫画:筆吉純一郎)
Dr.猫柳田の科学的青春 No.38 春山は科学を招くよ

内容はあってないようなくだらないものなので省略。立ち読みで十分でしょう。

情報源は Kamiya's Climbing Library ですが、一体どこからこのようなマイナーな漫画の情報を得ているのでしょうか。山行記録も参考になるものが多いですし、山に関する書籍情報に関してはいつもながら感心させられてしまいます。一度話をしてみたい方でもあります。

参考情報
コミック BIRZ


2004年4月13日

カシミール 3D

巻機山

久々にカシミール 3D で CG を書いてみました。特に設定はいじらず、細かい設定もほとんど無視で、先日行ってきた巻機山を登山口上空から見た映像です。

昔に比べると、設定が色々増えている感じなので、少し勉強すればもう少しリアルな CG が描けるのかもしれません。ただ、一番驚いたのは、それほど最新のマシンを使わなくても以前は一晩かかったような CG がわずか 10分程度でかけてしまったことです。マシンの性能ってやっぱり進歩してるんですね。大いに実感しました。

ただ CG を描くだけではなく、ルートの断面図や累積標高差、山頂からの展望や、また、GPS と連携させると色々と便利で楽しそうなので、もう少し勉強してみて、またレポートしたいと思います。


2004年4月14日

Voice of the Field FROM TOMOYASU SANO

Voice of the Field FROM TOMOYASU SANO

目白の Marmot にて行われた東京YCC 所属で、烏帽子大氷柱第 3登やカネコロン第 5登など先鋭的な記録を持つ佐野友康さんの講演会に行ってきました。

Marmot の司会者の方と対話しつつ、ネパール、ペルー、国内の山行のスライドをネタに話を進めていくという形式で行われました。事前の PR が足りないせいか、聴衆は 20人弱といったところで、見てすぐにクライマーとわかる方もちらほらいらっしゃいました。

結論から言ってしまいますと、Marmot サイドの準備不足で、自分にとっては物足りなさすぎました。時間も 1時間しか取らず、スライドも 30枚程度で少ない感じは否めません。司会者の人も、全く勉強不足で、クライミングのクも理解していないような話ばかりで聞いてるこっちがかなり気まずくなりました。どうせだったら、スライドをもっと増やして垂れ流し状態で、佐野さん主導で話を進めた方がよっぽど面白くなったのではと思います。

佐野さんと司会者の会話もいまいち噛み合っておらず、ところどころに佐野節(?) は見られましたが、司会者との会話はかなり窮屈そうでした。まぁ、スポンサーなので致し方ないといったところでしょうか。

また客層にも問題があり、氷柱を登ること自体からして信じられないといった人からバリバリのクライマーまで、クライミングに対する知識や経験が余りにも幅がありすぎて、佐野さんの方も大変そうでした。アイス関係で結構突っ込んだ質問もしたかったのですが、何だか場違いな気がしたのでやめました。

佐野さんはバリバリのアルパインクライミングだけではなく、釣りが好きで、沢登りにも結構行かれているようで、佐野さんに対するイメージが少し変わりました。


2004年4月15日

山野井通信

山野井通信が更新されておりました。

先月発売された本、フリークライミング、アルパイン、今秋予定している中国未踏峰の岩壁に関して触れられています。

本は増刷が決定したようで、発売されたばかりだというのに人気大です。山の本が下火であるにもかかわらずこれだけの売り上げを記録しているのは、買ってるのはクライマーだけではないのでしょう。地方紙も含めて、ほぼ主要な新聞には書評が載り、週刊誌の書評欄にも掲載されておりましたので、一般の方まで購入されていると思います。1500円と安いのも売り上げに拍車をかけているのでしょう。オンライン書店はどこも売り切れのようです。

ただ、本人にとって本のことはそれほど重要ではなく、フリーで頭打ちになっていることに悩んでいるようです。やっぱり過去にはこだわらないんですかね。

八ツの阿弥陀北西稜に行った際に足の凍傷部を冷やしてしまったようで痺れが残っていて現在療養中とのこと。当方も指の凍傷部にはまだ痺れが残っており、常にひんやりと冷たい感じですが、何か塗った方がいいのでしょうか?

そんな状況でも尚、中国の岩壁への思いが消えていない点はさすがです。モチベーションの維持という意味では見習いたいところです。


今日のランナウト

今週も後輩の健史とランナウトに行ってきました。

前回オートビレイで登った 5.10c をリードで登ってから、前回途中で断念した 5.10d にトライ。が、前回より 2手進んだだけで、細かいホールドを保持できずに結局断念。ムーブがおかしいのか、指先の力が足りないのか今後の宿題です。

次に隣の 5.10d にトライ。1テンで上まで行けたので次回には RP できそうです。続けてもう 1本 5.10d に取り掛かりましたが、細かいホールドを持てず、途中で断念。

最後に奇天烈なホールドが続く 5.10b で締めの予定でしたが、上部でムーブがわからず、最後まで行けずに断念。その後ボルダーでクールダウンして終了。

結局今日の成果は 5.10c RP 1本ですが、6月分まで少し貯金ができました。10d になると要所、要所に細かいホールドが出てきて、そこをいかにして越えるかが鍵になっている気がしました。5.12a まであと 6段階。

帰宅してから体重を計ったら 65k。半月で 6.2k 痩せました。が、これはちょっとやりすぎのようで、脂肪だけではなく、筋肉も落としてしまっており、クライマーにとっては、余り極端なダイエットはしないほうがいいようです。ただ、ベルトの穴が 2つ減ったのはちょっと嬉しい。新井さんアドバイスありがとうございました。


2004年4月16日

大衆化するヒマラヤ

(2004/3/24-30 朝日新聞夕刊)
大衆化するヒマラヤ

これからプレモンスーンのヒマラヤの登山シーズンが始まることにあわせた連載。大衆化するヒマラヤをテーマに 7日間に渡って朝日新聞夕刊に掲載されました。松島さん情報ありがとうございました。以下にまとめてみましたが、まとめるのが下手なせいかかなり長くなってしまいました。結構知らなかった情報もあり、参考になりました。40歳までには 8000m 峰でなくてもいいので、1回はヒマラヤのバリエーションルートに行ってみたいですね。

システム化 (装備充実 家族とメールも)
エベレストを始めとする 8000m 峰の登頂ツアー、営利目的の商業公募隊の話。エベレスト登山に関しては完全にシステム化されており、登頂の鍵は「酸素と高所ガイド」で、お客さん 1人に対し、ガイド 2人という組み合わせで、ネパール人ガイドが危険箇所に固定ロープを張り、上部キャンプのテントや食料、酸素ボンベを荷揚げし、お客さんは Fix ロープに沿って登るだけ。ベースキャンプではインターネットで情報収集やメール交換ができ、専属コックやシャワーまで備わっている。かつて冒険の代名詞であったヒマラヤ登山は現在では完全に大衆化している。

商業ツアー (山の素人「究極の夢」求め)
ガイドの近藤謙次さんが率いるチョモランマ登山ツアー、公募隊の話。このツアーには 6名が参加し、過去に同社のツアーでチョー・オユーに登頂している。近藤さんはツアー客から 7大陸最高峰登頂者を出したいと考えている。これまでの日本でエベレストの公募隊が少ないのは、日本人は欧米に比べて自己責任の意識が薄く、遭難時のトラブルの可能性が大きいためと推測している。登頂者が増えたとはいえエベレストの自然条件が変わったわけではなく。今回のツアーでは参加者それぞれがリスクに対する意識を持っているため結構できるツアーである。

経済効果 (負担減が招いた客と外貨)
ヒマラヤの高所登山が大衆化した背景にあるネパールの政策の話。開放されているヒマラヤ 326座のうち、350-500ドルで即日登山許可証を貰える 5000-6000m 峰は 33座あり、1年で 3400人弱の登山者がある。それ以外の山に関しては許可証を得るのに面接を含めて 2週間近くかかり、料金も 1000-2000ドルかかる。入山料は開発途上国のネパールにとって最大の外貨獲得手段である。カトマンズのような「都心」でも登山による経済効果は大きく、登山用品店やレンタル店、観光客向けの遊覧飛行ツアーなど観光収入は大きい。ただ真央いすとの危険性もある。

登頂請負人 (名誉、高給、最高峰で得る)
ネパール人の高所ガイドの養成機関の話。ネパール山岳協会が主催する高所ガイド用「登山学校」は基礎と上級コースに分かれ、1ヶ月以上ヒマラヤ山中で講習を受ける。かつては雇い主の遠征隊に教えてもらっていた登山技術を現在では登山学校を通じて学ぶことができるようになっている。現在では女性のガイドもいる。エベレストの登頂回数が多いほど給料も高く、エベレストに登頂すると 2000-3000ドル。ネパールの大卒公務員の年収が 1200ドル。ネパールでは高所ガイドがヒーローであり、高額所得者である。

環境保全 (厳しい規制 登山者も意識)
エベレスト周辺でのゴミ処理の話。エベレスト周辺はサガルマータ国立公園として世界遺産に登録されており、環境保全のための厳しい規制があり、登山隊はサガルマータ汚染規制委員会に供託金 3000ドルが義務付けられ、ゴミ処理をきちんとしないと没収される。昨冬、冬季のローツェ南壁登攀に挑んだ日本山岳会東海支部のパーティは、缶ゴミは空輸でカトマンズへ輸送し、可燃ごみはナムチェバザールに運び、汚物はチュクンで穴を掘って埋め、ネパールで処分できない電池は日本に持ち帰っている。ルクラには日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラストが建設したごみ焼却炉もある。地元サイドでもナムチェバザール周辺のゴミ箱を増やしたり、登山客が多い季節は毎日 14人の清掃員がゴミを回収している。また、太陽電池パネルの設置により、電気が引かれていない地域での乾電池の必要がなくなりゴミが大量に減った。Take In, Take Out.

遭難 (厳しい自己責任 前提に)
ヒマラヤ登山に挑んだ日本人の死ぬ割合は 47人に 1人。日本人のヒマラヤ入山者は 52年間で 12383人、遭難死者は 265人。死亡率 2.1%。加藤保男さん、野沢井さんのようなヒマラヤニストでも、難波康子さんのような公募隊でも、単なるトレッキング客でも 1995年 11月に起きたロッジを巻き込むような雪崩で亡くなっている。遭難救助のシステムがヒマラヤ大衆化の中で一番遅れている。6000m 以上の高所では遺体収容すら難しく、厳しい自己責任が求められる。ヘリのチャーターは 1時間当たり 1200-2500ドルかかる。登山者は必ず山岳保険に加入し、個人手配のトレッキングでもガイドを雇ってほしい。

スーパークライマー (「より困難さ」求め先鋭化)
日本山岳会東海支部によるローツェ南壁冬期登攀隊の話。1964年の中国隊によるシシャパンマの登頂により 8000m峰の初登頂時代が終わり、より困難さを求める鉄の時代になり、無酸素、単独、冬季と様々な付加条件がつき、現在は 8000m 峰での長大な岩壁や尾根の南ルートの攻略がテーマになっている。活躍が目立つのは東欧のロシア、スロベニア、ポーランドの登山家。山野井さんもそんな一人で、ギャチュンカンでギリギリの登攀を行った。現在のヒマラヤは「未知、困難の世界」を求める先鋭化の登山者と公募隊登山者の 2極化が進んでいる。


2004年4月17日

三ツ峠 1日目

4月の会山行で三ツ峠に岩トレ行ってきました。今回は入会希望の方もいらっしゃり、総勢 10名での、当会としては大人数での会山行になりました。

8時に荻窪で山本さんと近藤さんを拾い、環八-甲州街道-調布-河口湖経由で三ツ峠登山口の天下茶屋へ。下道と八王子料金所までの渋滞にはまり、天下茶屋に着いたのは 11:20 でした。しかも、天下茶屋との分岐点に三角コーンによるゲートができており、周辺に路駐の車が多数止まっていたため、入れないのか? と一瞬思いましたが、その脇の看板に "10名以上の乗り物は立ち入り禁止" との注意書きがあったので、コーンのゲートをどかして入りました。はとバスによる三ツ峠登山ツアーというのがあるそうです。

別動隊は 1時間以上前についており、毛無山に着いたときには既にテントが張ってあり、要らない荷物をデポって直ぐに岩場へ移動しました。

岩場ではスケジュールどおり鶴田さんによるロープワーク講習会が行われておりました。

鶴田さん熱演中
鶴田さん熱演中

トップロープはすでに 1本張ってあり、2本目を伊藤さん、坂本さんが張りに行くところでした。今回のリーダーである伊藤さんは Pump2 のスクールに入っているだけあって、ムーブがスムーズでした。

伊藤さん余裕のリード
伊藤さん余裕のリード

山本さんと茶木さんは 1日だけの参加だったため、上まで行ってきますとのことで、入会希望の近藤さんと 3人で上がっていきました。近藤さんは入会希望者でしたが、経験者であったためクライミングのシステムも理解しており、問題なく上がっていきました。

他の入会希望者は皆クライミング自体が初めてでしたので一般ルート周辺でトップロープで何回か登ってもらいました。当方もちゃんとしたバリエーションデビューは 1年前で、1年前はまったく逆の立場で教わっていたことを考えると、クライミングを教えている自分が何だか不思議な感じでした。教えるだけなら 1年でも何とかなるもんですね。

田場さん 近藤さん ポール
入会希望者の田場さん / 近藤さん / ポール

当方は基本的に初心者の方のビレーか、ビレーの練習に付き合って登るかでしたが、一般ルートは簡単すぎるので、自分なりに課題を作って登っていました。できるだけ手はバランスを取るだけで、足だけで登ることを意識してみました。2-3箇所で手に体重がかかってしまいますが、昔に比べれば結構スムーズに腰を使って体重移動ができるようになっていました。

手が空いているときは一番下のラインでトラバース気味にボルダリングをしていたところ、坂本さんが面白そうなところを登っていたので見てました。トポにはルートとしては載っていなく、下部はキーホールから登り始め途中でトラバースして上部で日山協ルートにつなげるというルート。トポも見ずに登り始めた坂本さんらしいルートで、支点の位置がおかしいのでロープの流れも悪く、落ちたらやばいだろうなという感じのルートでした。結局 A0 で上まで抜けてました。

回収できなかったヌンチャクを回収するのも目的でしたが面白そうだったので、リードでトライしてみました。が、結局同じところで A0。上の方は支点がなくランナウト気味なので結構怖いルートでした。ピンの位置が変なので落ちれないルートです。5.9 くらい?

坂本さん
坂本さん、良くわからないところをリード中

この日は初心者の 3人にはトップロープでのクライミングとビレイを覚えてもらいました。マルチで登って行った 3人が下りてきてその日は終了。

時々強風が吹いてましたが、おおむね天気もよく、富士山が綺麗で快適でした。岩場自体は ICI(?) の講習会とあと 1パーティが入っておりましたが、比較的すいている方でしょう。

富士山がきれい
富士山がきれい

それほど寒さを感じなかったので夕食は外で作りました。食当だったので気合入れました。野菜と肉たっぷりのキムチ鍋と五目寿司、タマネギ、ハム入りの海草サラダ。が、さすがに 10人分の仕込みは大変でした。

今回はでかいテントがあったので、夜は 10人でなごみました。


2004年4月18日

三ツ峠 2日目

山本さんと茶木さんは朝2 の電車で帰るとのことで、朝 5時頃テントを出て行きました。

当初は 7時起きの予定でしたが、全員 6時には起きていたので、そのまま外で朝食を取って、岩場には 7:30 に着きました。岩場についてすぐ、今日から合流予定の勝部さんがいらっしゃいました。今日は昨日にも増して快晴で澄んだ空気の中の富士山が立派でした。

今日も富士山が綺麗
今日も富士山が綺麗

今日は全員マルチピッチ体験ということで、最初はえのきど。- 近藤 - 川井、坂本 - 鶴田 - ポールで上がり、伊藤さん、田場さん、勝部さんはリードのビレイ、リード、懸垂下降の練習を下部でしていました。

とりあえず簡単なところを 4ピッチで大根おろしの上に出て、そこから 3ピッチの懸垂で下りました。

今日はマルチピッチ
今日はマルチピッチ

下りると時間はすでに 12:30。続いて えのきど。 - 近藤 - 勝部、伊藤 - 鶴田 - 田場で上がり、坂本さん、川井さん、ポールは下の人工ルートで遊んでいました。

こっちのパーティは近藤さんリードで上がってもらいました。最後のピッチは権兵衛チムニーを上がって紅葉おろしの上に出ました。下りは 3ピッチの懸垂で下に下りました。

下についたら 15:30 で、予定の 14:00 を大幅にオーバーしてましたが、まだ降りてこない人がいるのをいいことに、人工ルートに張ってあった Top ロープで人工の練習。自分でも不思議なくらいサクサク登れ、気がつくとフィフィもまったく使わず、足の巻き込みだけで登れていました。近藤さんにも 1本人工で上ってもらい Top ロープを回収して終了。テントを撤収してサクサク下って、駐車場に着いたのは 17:00 でした。

河口湖温泉寺に寄って、バーミヤンで清算して帰宅しました。帰りは御殿場を経由して東名で帰りました。御殿場有料道路はちと高いですが、東名は中央のような大渋滞もなく快適に帰れました。御殿場までは下道でもそれほど変わらないようなので、今度からは下道経由で御殿場から帰ろうと思います。

山岳会に入って丁度 1年。今回は教えるという立場で参加しましたが、この 1年で学んだことを感覚的には理解していましたが、頭の中では整理できていなかったので、今回は頭の中を整理するいい機会になりました。


2004年4月19日

なぜ人は山を登るのか 「垂直の情熱」について 沢木耕太郎 x 山野井泰史

(週刊現代 5/1 日号 講談社)
なぜ人は山を登るのか 「垂直の情熱」について 沢木耕太郎 x 山野井泰史

山野井泰史さんと沢木耕太郎さんの対談が本日発売の週刊現代に出ておりました。テーマは "なぜ一人なのか" です。本の出版にあわせての対談だと思いますが、インタビューのたびにまた違った話が出てきており、今回も新鮮でした。ほとんど抜粋に近い形に成ってしまいましたがまとめてみました。

山野井さんは "小学校 5年生のときに山に登りはじめて、悲しいぐらいそれが好きになった。以 来、28年間 1日たりとも山のことを考えない日はなかったと思う。" くらい山に熱中し、一人で登る理由として、"失敗してもいいから自分で決断して実行する。それがすごく気持ちいい。"、"感動の度合いが違う"、"10人で行くと見えるものが 1/10ですものね" などを挙げています。

行き詰っている人が現代には多いという話では、"1人で右往左往するのが苦痛なんじゃないですか、普通の人は。・・・その右往左往がいいんですよね。"、"パターンを知らない。僕らはいろんなパターンを知っている。" と簡単に片付けていますが、確かにマニュアル大好き人間、要領だけはいい人間が多い日本では、何か1つトラブルが有ると臨機応変に対応できなくなり、行き詰ってしまいますね。そういった意味では一人で考えて行動できることの重要性が浮き彫りになっています。

さらに一般の人に対して、"他の人はヘタクソだな、人生の楽しみ方知らないなって思います。これを僕みたいな人間が言うと反感を買うかもしれないけど。"、"僕はそんなに社会とは接してないけど、他の人が悩んでいることが僕にとってはどうってことないように思える。すこしかっこつけて言わせてもらえば、生きるか死ぬかの瞬時の判断を年に何度かしているわけですね。そうすると、この下界でのことというのは、どうってことないじゃないかって。命取られるわけじゃないし、なんでそんなにビクビクしなきゃならないのって思う。" と過激なことを言ってますが、自分に対して物凄い自信があり、かつ自分自身をしっかり信じ切れてるから言えることですね。

その後、ギャチュンカンでの遭難の話になり、指を切断してしまってからヒマラヤでの第一線でのクライミングを断念し、"正直「助かった!」と思いました。"、"これで普通になれるかなと思いました。" と言ってますが、その後クライミングを再開し、"退院してからの半年、ものすごく充実しています。だって、クライマーとしての歴史をもう一度繰り返すことができているんですからね。今まで何十年かかけて積み重ねてきたことを一気に経験してるんです、毎日。" と、またクライミングができる喜びを語っています。どこまでも限りなく前向きですね。

最後に "後悔って一つもないですね、今までの人生において。" 、奥さんが "好きなことをやったんだから泣きごとなんか言う気になれない、私は。" と言って締めています。

指のなくなってしまった手の写真が出てますが、この手でよくクライミングをしているなぁと思います。



2004年4月20日

地球レベルの表彰 (YUJI HIRAYAMA Official Site)

YUJI HIRAYAMA Official SiteMessage が更新されておりました。

Climbing 誌で 2003年のベストオールラウンドクライマーに表彰された話と、今年(?) に山渓から発売されるビデオの撮影情報が出ています。

平山さんのやっていることは世界的にも Top レベルのことで、日本でももっと大々的に扱われてもいい内容なのですが、日本では "フリークライミング" に対する理解、浸透度が低いせいかまったくニュースとして流れておりません。日本における Top クライマーとして、フリークライミングの裾野を広げる責任感を感じているからか、その辺の苦悩を行間から垣間見ることができます。

国内の岩場を回った映像が中心と言うビデオも早く見たいですね。後日レビューしますが、先日発売された "Ledge to Ledge" も素晴らしい映像満載でした。

山野井さんとともに、平山さんも、やっている方向性は違うものの、日本の Top クライマーであり、学べることも多いので、今後はこのサイトの更新内容も紹介して行きたいと思います。


2004年4月21日

Bouldering Hero 創刊号

(2003/9/30 メディアハウス)
Bouldering Hero 創刊号

かなり古い情報で、前から気にはなっていましたが、ランナウトの処分セールで半額だったので買ってみました。文字よりも写真が多用されており、説明文も全てにおいて日本語と英語が併記されており、山関係の雑誌としては画期的です。が、いかんせん内容がほとんどありません。読めるものとしては北海道の Motta岩でのボルダリングレポートと岡野寛さんの復活記程度しかなく、それ以外の記事に関しては得られるものがほとんどありません。

今後に期待したいところです、と言いたいですが、次号予告では 2004/3/1 発売となってますが、まだ発売された形跡がありません。どうなってるのでしょうか? 韓国の記事や、クライミング用語大辞典、平山ユージの記事等気になる箇所が結構あるのですが。ボルダリングネットジャパンでも情報募集となってます。

追記
某筋の情報によりますと、会社は倒産して夜逃げしてしまったそうです。よって、次号は無いそうです。


2004年4月22日

Frog

オロナミン C の CM
オロナミン C の CM

Frog でピンと来た方は相当なギアマニアですね。最近街中でアクセサリーとして付けている人を時々見かけますが、ついに CM でも登場しました。

今流れているオロナミン C の CM で上戸彩が背負っているザックの右肩から垂れているギアが Frog です。使い方に関しては商品の Web を見てください。要はクイックドローです。カラビナよりもアンカーに掛けやすいそうですが、少し重いし、汎用性が低いのでフリーでしか使えなさそうです。

とはいえ、山のお店で売ってるのを見たのは 1度だけ、ちゃんとした使われ方に関しては 1度も見たことがありません。

最近は仕事以外では、頭の中はほぼ 100% 山なので、テレビを見ててもこういったところにばかり目が行ってしまいます。病気ですね。

追記
いしさんのサイトで使い方が紹介されておりました。プレクリップで使うんですね。なるほど。フリーだけとも思いましたが、ポインターと併せればチョンボ棒として結構汎用的に使えそうです。アブミの最上段に乗っても届かないような次のアンカーにも、楽にアブミを掛けられますね。ふむふむ。


2004年4月23日

昨日のランナウト

会社を出ようとした寸前に、緊急度 1 の障害情報が入ってきてしまったので、速攻でコード書き直して、テストに出して確認して、Deploy したら、いつもより 1時間のロス。ランナウトに着いたら 21時でした。

前回途中までしか行けなかった 5.10d を 3テンで上まで。最近では一番パンプしたので、ムーブがおかしい + レストを考えないと駄目そうです。

次に登った、前回 1テンだった 5.10d はまったく同じところで 1テン。ムーブ的には解決していたのですが、登り始めるとすっかり忘れていました。うーん、悔しい。

もう 1本、垂壁の 5.10d にトライ。2/3 程上がったところで、ムーブがわからずに断念。とにかくホールドが遠い。

あとは、5.9 を 2本登り、5.10a を 1本登って時間切れ。実質 1時間で 6本登れたので結構よかった。これなら腕さえもてば 2時間で 10本も行けそうです。レベルも上げつつ、持久力もつけて行きたいところです。今回はグレードは上げられませんでしたが、7月分まで貯金が有るのでじっくり行きます。

帰宅して体重を計ったら 65.2K / 12.3% と、ダイエットは先週で辞めたのですが、体重は変わってませんでした。食事の脂質を減らしてたんぱく質を増やした効果?


2004年4月24日

結婚式

結婚式

山岳会の茶木さんの結婚式が行われるとのことで本日は山はお休み。

結婚式自体 2回目なので他との比較はできませんが、会社の同期の人の結婚式と比べると、居心地のいい結婚式でした。新郎側のゲストの山岳会メンバーの割合が、式では 1/3、披露宴では 9割でしたので話し相手に事欠かず、気楽でした。料理もおいしかったですし、披露宴の DVD も楽しめました。難を言えば、引き出物のカタログが Black Diamond のカタログではなかったということでしょうか。(←やりすぎ)

おめでとうございます。末永くお幸せに。今年、来年とアメリカに行く予定ですが、来年遊びに行きます。


2004年4月25日

湊川梨沢佐俣

同人直登トラバースのヒロポンと千葉県・湊川梨沢佐俣に行ってきました。

ヒロポンに「どっか沢行こー」と持ちかけた時に提案された沢がここ。最初聞いた時は「何処?」 って感じでしたが、ちょっと調べてみて沢以外にも面白そうだったので、行ってみました。沢登りと言うよりは渓谷散策の趣きが強かった山行でした。こんな沢よく見つけてくるなぁ。

前夜に駐車場で合流して、下道で出発。晴海周辺で千葉へ行く道がわからずに、うろうろしましたが、それ以外は特に迷わず、これといった渋滞も無く、20号-湾岸道路(357)-千葉街道(14-16-127)-上総湊-梨沢と順調に進みました。ドライブも好きなので、普段は歩道から見ている新宿や、皇居、銀座を抜け、勝どき橋を渡って、船橋オートや幕張メッセといった施設を過ぎ、蘇我あたりで右手がコンビナートになりと変わっていく風景でも楽しめました。出発からして、いつも山に行くときは西に行くのに、今日は東です。

取り付きの梨沢橋手前 200m位の箇所で土砂崩れ(?) による工事が行われており、目的地までは入れませんでしたので、手前の相川橋で車中泊としました。

6時起床の 7時出発。朝方は結構冷えたようで、車から出たときは結構寒く、本当にここは千葉? という感じでした。ただ天気は快晴で気持ちのいい山行日和。

梨沢の集落を抜け、[七ツ釜へ] という看板をたどりながら林道を歩いて行き、最後の郷蔵の集落を抜けたところに、朝もやに煙る水田が広がっており、その脇を流れている沢が湊川梨沢です。周囲は山に囲まれており、奥多摩の山中と言われてもわからない感じです。ただ、奥多摩と違う点は、山の標高が圧倒的に低く、なだらかなため、空が広く、開放感がある点です。入渓点の標高が 90m で終了点が 150m です。そのため、地形図は逆に物凄く入りこんでおり、地図を読むのはかなり難しいと思います。冬にハイキングクラブのメンバー 30人が千葉の山で遭難したのも少しうなずけます。

千葉でも意外と山深い
千葉でも意外と山深い

水田の畦道で入渓準備をして、いざ出発。沢と言うより小川。通常の沢で言うと最初から既に源頭の雰囲気です。また、沢の周囲も竹薮だったりと普段とは雰囲気の違う沢です。

入渓点
入渓点

沢は傾斜らしい傾斜もなく、ところどころナメを交えつつ、ひたすらてくてく歩いて行きました。また、傾斜がない上に水量も少ないので、水音がまったくしません。昨年行った二口の大行沢のナメでもサラサラという音はしてましたが、本当にここは音がない沢でした。

渓相はずーっとこんな感じ
渓相はずーっとこんな感じ

ちょっとした釜には小魚が泳いでおり、沢蟹なんかも居たりと、深さもほとんどない沢なので、子供連れで、水遊びの延長で来ても楽しいかもしれません。ただ、水がやや汚い感じがしました。また、両岸が崩壊して倒木で埋まっている場所も多く、全体的に幅の広いゴルジュなので、雨後は注意でしょう。

この箇所唯一の滝が 6m の滝です。とはいっても、左側が階段状になっており、登るのに苦労はしません。右側に仏が彫られているとのことでしたが、見つけられませんでした。

滝の手前にあった集落から続いている看板には [大滝巻き道はこちら] と巻き道を指していました。一体誰を対象とした看板なんでしょう。

6m の滝
6m の滝

滝を越えるとまた傾斜のない沢に戻ってずーっと同じような渓相が続きます。その先には七ツ釜らしき箇所がありますが、倒木で埋まってしまっており、残念ながらよくわかりませんでした。その先の、犬泣かせの渕が、落ちたら深そうで、へつりがやや嫌な感じでした。

ひたすら傾斜がない
ひたすら傾斜がない

イベントは淵を越えてほとんど終了。そのまま遡行を続けると堰堤にぶつかり、堰堤を右から越え、そのまま藪こぎチックに詰めていきましたが、はるか彼方に電柱が見えるのですが風景が全然変わらず、イマイチでした。ので堰堤まで戻り、右から流れ込んでいる涸沢を詰めて行きました。が、こんどはひたすらドミノ状態で堰堤が続き、だんだん越えるのが面倒になってきたので、そのまま左の斜面を藪こぎ。30m程直登したら、目の前に広がった風景は夏みかん畑。季節はもう初夏の様相を呈していました。ヒロポンは「ハーケンと夏みかん」を思い出したと言ってましたが、読んだことがないので残念ながらわからない。下のほうにさっきの沢が見え、そのまま沢を詰めた方が正しかったようです。夏みかん畑の間を抜けると林道に出、そこで沢の装備を外して、陽だまりの中でしばし休憩しました。

日差しを浴びる夏みかん畑
日差しを浴びる夏みかん畑

せっかく、はるばる千葉まで来たので、山にも登っておこうとのことで、近くの嵯峨山にも行きました。保田見の集落を抜けると目の前に嵯峨山が見えてきます。が、登山道がさっぱりわからず、近くの民家で聞くと、民家の庭先から伸びていました。そこから 10分ほど急登を上がると嵯峨山山頂でした。山頂は林の中なので、展望は余り効きませんが、樹間からはちらちらと東京湾や房総の山並みが見えました。

嵯峨山山頂
嵯峨山山頂

トポに使った『日本の渓谷 '96』では、水仙ピークからの展望が良いとのことだったので、さらに 5分ほど歩いて、水仙ピークへ。しかし、水仙のシーズンは終わってしまっているようで、青々とした水仙の葉と、遥かに見えるはずであろう、海の方向のみが確認できました。丁度昼だったからか、雲が出てしまい、ここから海は見えませんでした。

東京湾
東京湾

来た道を民家まで戻り、林道を釜ノ台を経て、車の置いてある梨沢の集落に戻りました。途中素掘りのトンネルが 3箇所あり、結構頑丈なのかなと思って壁を触ったところ、砂岩で、バリバリ崩れて来てしまい、ちょっとやばそうな雰囲気でした。

素掘りのトンネル
素掘りのトンネル



帰りは来た道を袖ヶ浦まで戻り、アクアラインを通って東京湾を横断し、川崎経由で府中街道を北上して帰りました。アクアラインを通るのは初めてだったので、海ほたるに寄る予定でしたが、海ほたる渋滞が起きていたのでスルーしちゃいました。

袖ヶ浦手前で入った回転寿司が結構おいしく、メニューも内房の魚、外房の魚に別れており、すし屋の名前とは裏腹にヒットでした。

アクアライン
アクアライン

シーズン最初の沢だったので、こんな感じで良かったのかもしれません。沢自体はしょぼしょぼでしたが、普段味わえないような雰囲気の沢で、たまにはこんな沢も気持ちが和んでいいですね。


2004年4月26日

昨日の Pump2

沢に行った帰りにまだ時間があったので、5時過ぎてましたがそのまま Pump2 に行きました。山岳会の伊藤さんとお子さん 2人、田場さんがいらっしゃいました。

伊藤さんはお子さんにかかりきりでしたので、田場さんと登っていました。最初はアップでボルダーを行い、その後壁に。普段はランナウトが中心で Pump2 自体久々でしたが、Pum2 のボルダーにはデシマルグレードもついているんですね。ただ、クリップが無い分、同じ 5.10b でもだいぶ楽に感じました。

田場さん自体、リードもリードのビレイ経験も皆無なので、練習してもらおうとのことで、簡単目のグレードを多く登りました。Pump2 はランナウトに比べて壁が 5m 程長い分あと 2-3手でテンションが入ってしまい、ランナウト病が発症した感じです。pump2 では持久力がつくまではきちんとレストしないと上まで行けませんね。

伊藤さんは Pump2 のスクールに入っているだけあって二の腕がクライマーの腕になっていました。自分もがんばらなくちゃ。

結果 6本
5.10a x 2 ワンテン
5.10b x 2 OS
5.10c x 2 ワンテン


2004年4月27日

キズパワーパッド

キズパワーパッド


最近テレビの CM でも流れている BAND-AID の新製品です。宣伝文句は "キズパワーパッドは、はるだけで自然治癒力を高め、キズを3倍早く、痛みを少なく治し、そしてキズあとも残しにくいという、これまでになかったキズケア製品" です。

聞いた感じでは良さげでしたので、試しに買ってみました。

週末の沢で、こけたり、藪こぎをした際に、小さい擦り傷や切り傷が結構できていたので、早速使ってみました。

まだ張ってから日数が経っていないので結果は良くわかりませんが、傷付近の BAND-AID の色が変わってきました。ちなみにいつ剥がせばいいのかが良くわかりません。

貼った状態
貼った状態

いいことしか書いてありませんが、製品の詳細は製品の Web を参照してください。難点を挙げるとすれば、コストパフォーマンスでしょう。近くの薬局では 10枚で 800円でした。



2004年4月28日

真のゴールデンウィーク (YUJI HIRAYAMA Official Site)

YUJI HIRAYAMA Official SiteMessage が更新されておりました。

今年の冬は雨が少なかったので、壁が乾いており、染み出しやすい壁のハードな課題を狙うには今がチャンスだそうです。フリーではまだ目標とするルートがないので何とも言えませんが、トップクライマーにとっては、例年だと二子の壁は 3月でシーズン終了のようです。

では一体その後はどこへ行くのでしょう。やっぱり小川山? とも思ったのですが、以前誰かの記述に、"小川山は 10月-11月がベスト" と書いてありました。やっぱり夏は、手に汗をかくので、高難度を狙う人にとっては厳しいのかもしれませんね。それにしても平山さんって日本ではもう既に課題が無いのでは?


アラスカ風のような物語

(1998/2 星野道夫著 小学館文庫)
アラスカ風のような物語

周囲で星野氏に関する話題が、没後 8年が経った今でも、まったく途切れることがないので、星野氏に関して全く知らなかったので、読んでみた本です。

冒険や探検に興味はあるものの、対象は山、最近では特に登攀に限定されてしまうため、植村直己氏やメスナーの極地横断に移ってからの記録には全く興味が持てませんでした。しかも、山に関しては、一部を除いては、ほとんどの遠征が個人の出費でまかなえるのに対して、極地横断の場合、一回のフライトによる補給だけで千万単位のお金が必要になり、結果として億単位のお金が必要となり、今の時代にそこまでやる必要があるのかなぁという思いが強く、共感できませんでした。完全に誤解なのですが、星野氏もそういった極地系のくくりに入れてしまっており、存在や評価は聞いていたのですが、全く本を手に取ることはありませんでした。

この本は写真と文章によってまとめられており、それぞれは独立しているものの、結果として、写真だけでは説明できないもの、写真の背景が間接的に書かれています。写真は厳しいアラスカの自然の中で生きる動物達の姿を映したものがほとんどですが、言葉に上手くできない "何か" によって他の写真家の写真とは一線を画しています。"何か" を説明するのは難しいのですが、この本のエピローグに、"無意識のうちに、彼ら(アラスカの動物達) の生命を通して自分の生命を見ているからなのかもしれない。自然に対する興味の行きつく果ては、自分自身の生命、生きていることの不思議さに他ならないからだ。" という記述があるのですが、"生命" というフィルターがその "何か" に当たるのかもしれません。

この本を読んで、星野氏の影響を受けたカメラマン、共感者が多いという理由が少しわかった気がしました。カメラマンなら誰でも撮りたいと思っている "生命" が息づいているからです。商業的な匂いがその活動からも全くしないということもありそうです。いまだに、ガイアシンフォニーで映画化されたり、写真展、講演会が毎年行われているのも、その人気を裏付けるものでしょう。



2004年4月29日

富士山

富士山の登頂回数は 100回を超えるのですが、積雪期の登頂はいまだにゼロということもあって、最近始めた山スキーを担いで、後輩の亀と健史で富士山に行ってきました。

今の時期の山梨県スバルラインの営業時間は 6:00-19:00 なため、前夜にゲートまで入り、付近の駐車場で車中泊。翌朝は 6:00前にゲートに行きましたが、既にオープンしていました。

5合目には 6:30到着。駐車場には観光客がちらほらと見えましたが、登山客はいない感じです。快晴の元、富士山がきれいに見えるものの、昨年の同時期に比べると圧倒的に雪が少なく、滑れるのかどうかやや不安に。登る準備をして 7:00 に出発。

5合目を出発
5合目を出発

天気がいいので、5合目からは南アや八ツがくっきりと見え、6合目に向かって少し歩くと、奥秩父や北関東の山までキレイに見えました。

山中湖と丹沢
山中湖と丹沢

去年の同時期に来たときは泉ヶ滝でアイゼンをつけたのですが、今年は林道にはまったく雪がなく、6合目から吉田大沢を見上げても、7合目あたりまではまったく雪がない状態です。

雪の少ない吉田大沢
雪の少ない吉田大沢

雪のないざれざれの吉田大沢を登りはじめ、7合目の花小屋を過ぎてもまだ雪が断続的にしかなく、雪の末端は 7合トモエ館付近でしたので、そこでアイゼン装着。天気がよく、風もなく、絶好の登山日和でしたが、時々落石があるので注意が必要でした。

あとはひたすら吉田大沢を、上に見えている山頂目指して詰めるだけです。兼用靴の構造からハの字では歩きにくいので、もうひたすらフロントポインティングで、常時爪先立ちの状態で歩いたため、足首が固定されているとはいえ、さすがにふくらはぎが疲れました。

ひたすら吉田大沢を詰める
ひたすら吉田大沢を詰める

健史はスキーを担いでいない分、どんどん登って行き、全然追いつけませんでした。亀は高度に弱いため、3000m を越えたあたりからだんだんとペースが落ち始め、山頂には 30分遅れでの到着になりました。

9合目辺りから風が吹き始め、山頂(白山岳鞍部) に着いたときは 10m 前後の風が断続的に吹いている状況でした。

山頂火口
山頂火口

山頂(白山岳鞍部) にスキーをデポし、剣ヶ峰へ向かって出発。内院に下りると風はまったくなく、なんだか不思議な感じです。また、山頂の風と日差しの関係だとは思いますが、不思議な雪紋が見れました。

諸説あって、どれが正式なサミットフォールなのか不明ですが、朝日岳の火口部に下まで繫がっているサミットフォールが見えました。狙ってはいるものの、今の自分の技術力では無理そうな感じでした。ただ、まだ氷が薄く、上に氷の供給源になる雪が大分残っていたので、今後まだまだ発達しそうな感じではありました。

富士山サミットフォール
富士山サミットフォール

剣ヶ峰に着いたのは 14:00。剣ヶ峰からは三浦半島など、相模湾や伊豆までくっきり見えました。剣ヶ峰で写真を撮って、時間に余裕がないため、お鉢巡りはカットして、来た道を白山岳鞍部まで戻りました。

富士山山頂 剣ヶ峰
富士山山頂 剣ヶ峰

当初は山頂からドロップインする予定だったのですが、試しに板を履いてみたものの、ガリガリでとても滑れそうな感じではなかったので、一旦、9合目付近の緩傾斜帯まで板を担いで下り、そこで板を履きなおして、ピッケル握っていざ滑降開始。が、やっぱりガリガリのアイスバーンでエッジがまったく立たず、ターンできずに 6合目めがけて一直線だったため、わざと転んでピッケルで滑落停止。初めて実践で滑落停止法を使いました。が、5m ほど滑落して止まったものの、エッジが引っかからないため、立つことができず、なんとかエッジで表面の氷を彫って起き上がりました。斜面が急なため、アイゼンに履き替えるのも困難でしたので、そのまま斜滑降と横滑りで降りて行き、所々に有る柔らかい雪面でキックターンして方向転換の繰り返しで下りました。それでもやっぱり何回か滑落し、そのたびにピッケルストップで、冷や汗をかきながらの下山になりました。滑れそうな雪面になったのは 7合目東洋館を過ぎた辺りからで、雪は 7合トモエ館までしか繫がっていないため、一瞬でした。

悲惨だったのは亀も同様で、テレマークだったため尚いっそう大変だったようです。しかも、ピッケルではなく、ストックで滑っていたため、滑落した際に、滑落停止ができず、板が引っかかって運よく止まったようで、途中で合流したときは顔が傷だらけでした。完全に自分の注意ミスです。すまん。もちろん条件によるのでしょうが、どうやら富士山の斜面は、滑るのには午前中が一番適しているようです。

そんなこんなで、亀が 5合目に付いたのは 18:20 と、結構ぎりぎりでした。

帰りは久々に河口湖駅前の展望風呂に寄り、これといった渋滞も無く談合坂で飯食って帰りました。

長年行きたかった積雪期の富士山登頂と、不完全ながらスキーでの滑降もでき、反省点は多々あるものの、それも含めて収穫の多い山行でした。スキーの方がアイスよりも習得するのに時間がかかりそうな感じです。来シーズンの課題です。

記録
5合目(7:00)-6合目(7:30)-7合目(8:15)-本8合目(10:30)-山頂[白山岳鞍部](12:30)-剣ヶ峰(13:00)-山頂[白山岳鞍部](15:00)-7合目(16:30)-5合目(18:00)


2004年4月30日

連休明けのテレビ情報

BS ですがネパールに関する番組が放映されます。いずれも地球ウォーカーという番組です。

5/7 21:30-21:50 (NHK BS1)
「ホテルはすてきな“地球村”」 ~ネパール・カトマンズ~

5/8 21:30-21:50 (NHK BS1)
「女性客大歓迎・トレッキングガイドは3姉妹」 ~ネパール・ポカラ~


GW

今晩から北アルプスに入ってしまうため、連休明けまで更新はお休みいたします。携帯が入るようでしたら携帯から更新してみます。


 
 
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