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2004年5月 1日

北アルプス 1日目: 抜戸岳南尾根

GW は後輩の孝晃、健史と北アの抜戸岳南尾根~笠ヶ岳広サコ尾根~錫杖岳左方カンテと継続して、縦走+クライミングを満喫してきました。

4/30 23:00 に東京を出発し、双葉SA で健史に運転を代わってもらい、渋滞に巻き込まれることもなく、快適に松本-安房トンネルを経由して槍見温泉の無料駐車場に 3:30 に着き、車の中で寝ました。

6時起床で 7時に出発。当初は錫杖岳は別口にして、一旦車まで戻ろうと考えていましたが、面倒だったので継続してしまおうと考え直し、4日分の荷物を持って出発。

槍見温泉から国道を新穂高温泉まで歩き、新穂高温泉から林道で穴毛谷を詰めました。槍見温泉の無料露天風呂はまだ早朝だというのに既に 10数名が入浴していたのにはびっくり。新穂高温泉へ向かう国道から錫杖岳が綺麗に見えました。

槍見温泉付近からの錫杖岳
槍見温泉付近からの錫杖岳

天気は快晴で、日差しは暑いくらい。槍見温泉からは槍の穂先がちょっと見えました。

新穂高温泉より穴毛谷を望む 中央右からの尾根が抜戸岳南尾根
新穂高温泉より穴毛谷を望む 中央右からの尾根が抜戸岳南尾根

穴毛谷脇の林道を、途中スキーヤーの集団を抜きつ進み、笠新道を右に分け、堰堤の手前で林道は終点。堰堤は 1つ、2つと右から巻きましたが、3つ目は巻けず、対岸に渡って雪渓沿いに巻き、堰堤は終了。そこから少し上がった 一ノ沢、二ノ沢出合いにテントが 2張り、二ノ沢を詰めていくスキーヤー、クライマー、穴毛谷上部にも数パーティーが見えました。

南尾根は 10 のピークから構成される尾根で、尾根にどこから取り付くかを考え、さすがに末端からでは藪藪で大変そうだったので、地形図を見たところ 三ノ沢の出合から詰めるのが楽そうでしたので、そこから詰めました。左手の笠ヶ岳の岩場も結構迫力があり、今度来てもいいかもしれません。

穴毛谷をつめる 右のルンゼを上がりました
穴毛谷をつめる 右のルンゼを上がりました

ルンゼの雪渓末端からはアイゼン、バイルを装着して登りました。雪はしまっており、アイゼンがさくさく決まって登りやすい状態でした。

ルンゼ上部
ルンゼ上部

三ノ沢出合いの向かいのルンゼを詰めたつもりだったのですが、それは詰めたつもりであって、実際はもっと手前を詰めてしまったようで、穴毛槍(P5) の先に出たつもりが P3 の手前に出てしまい、そこからは藪コギ、木登り、残雪の処理とルーファイにも結構苦労しました。

南尾根 P3 後ろは焼岳
南尾根 P3 後ろは焼岳

穴毛槍の手前で、左のルンゼからから登ってきた 2パーティと合流し、P7 のテントサイトまではほぼ前後して登りました。

穴毛槍(P5)
穴毛槍(P5)

穴毛槍への登りはパーティそれぞれで、先行の茅ヶ崎山岳会のメンバーが雪渓斜面を直上、落雪を避けるためうちらは早々と左の稜線に上がり、後続の春日井山岳会のメンバーも同様のルートで登りました。茅ヶ崎山岳会メンバーは 5名パーティで、1人が新人さんのようで色々と時間がかかっておりました。一方春日井山岳会のメンバーは 3人パーティで文登研の講師なんかもいたりとかなり強いメンバー構成。

穴毛槍に出ると目の前に P9 南壁がどーんと目の前に現れ、登攀意欲をそそられます。春日井山岳会のメンバーとここで少し話をし、南壁の登攀ラインに関していろいろ話しました。

穴毛槍より P9 南壁
穴毛槍より P9 南壁

穴毛槍の下りで雪渓が落ちそうな箇所があり、先行パーティはロープを Fix してましたが、安定しているように見えたので、ロープは出さずに通過しました。

南壁に 12:00 までに取り付ければ、今日中に越えてしまおうと考えていましたが、P7 に着いたのが 13:30 でしたので、今日はここで幕営。南壁を見ると 1パーティが上部に取り付いており、P8 のピークに 1パーティのテント、P7 にうちらを入れて 3パーティのテントがありました。ガイドブック等には載っていないルートなので、予想以上の混雑にちょっとびっくりでした。天気は相変わらずの快晴でとにかく暑く、いくら水を飲んでものどが渇いて大変でした。

奥穂 - 西穂の稜線
奥穂 - 西穂への稜線

テントサイトは右手に槍から穂高連峰までの稜線、左手に抜戸岳から笠ヶ岳、広サコ尾根の稜線に囲まれており、最高のロケーションでした。

また、近くには 3m 程の石ころがあったので、クライミングシューズをはいてボルダリングに興じていました。難度は無いものの、北アの高所でボルダリングをしているという環境が最高でした。

P7 テントサイトで槍穂をバックにボルダリング
P7 テントサイトで槍穂をバックにボルダリング

夜は生野菜をふんだんに使ってのマカロニシチューとマッシュポテト。孝晃食当サンキューでした。

テントサイト バックはクリヤの頭と雷鳥岩
テントサイト バックはクリヤの頭と雷鳥岩

記録
槍見温泉(7:00)-新穂高温泉(7:45)-右俣林道終点(8:30)-p3(11:00)-穴毛槍(12:15)-P7(13:30)


2004年5月 2日

北アルプス 2日目: 抜戸岳南尾根 - 笠ヶ岳広サコ尾根

今日は都合 4パーティが南壁に取り付くことになるので、朝一で取り付きたかったため、4時起きの5時出発。

どのパーティも同様のことを考えていたらしく、僅差ながらも一番で取り付けました。P8 からの下りは結構いやらしく、慎重にクライムダウンしました。後続パーティはロープを出していました。

p9 南壁登攀ライン
p9 南壁登攀ライン

南壁 1P目(III 25m / えのきど。リード)
取付から直上するちょっとしたガリーにルートを取れなくもなかったのですが、荷物が 4日分あって重かったので(荷揚げの方法を知らなかった)、登りやすそうな左の草付きからアイゼンをつけたまま登りました。

南壁 2P目(IV A1 35m / えのきど。リード)
南壁の核心。アイゼンを脱いでプラ靴でリード。一段フリーで上がり、クラック左脇のフェイスを 3回アブミを架け替えた後、クラックに移ってジャミングで 5m 程フリーで登り、その後かぶり気味のチョックストーンを越えるのですが、荷物をしょっているので結構辛い。フォローの孝晃、健史はクライミングシューズ、 A1 で越えたらしい。チョックストーンを越えると体が入るチムニーに一旦入り、ステミングかバックアンドフットでずり上がりたかったのですが、壁がぬるぬるで滑ってしまい上手く上がれず、結局アブミを使って A1 で越えました。7m 程登ってチムニーを抜け、ハイ松セクションに突入。ギアがなくなるまでロープを伸ばし、35m 程まで伸ばしたハイ松でビレイ。本ちゃんでの人工は初めてでしたが、テープアブミにプラ靴でしたが特に問題は感じられず練習どおりでした。

南壁 3P目(III 15m / 孝晃リード)
岩とハイ松の間を縫うように登っていく。支点は基本的にハイ松。ロープの流れが悪くなったため 15m で一旦ピッチを切りました。

p9 南壁 3ピッチ目
p9 南壁 3ピッチ目

南壁 4P目(III 15m / 健史リード)
4ピッチ目も 3ピッチ目と同様でハイ松と岩混じりのルート。15m 程登って雪が出てきたため、そこで終了。ザイルをしまってあとはハイ松の中を藪コギ。

P9 の頭に出たのは 10:30 でした。後続パーティは荷揚げをしながら上っていたので、最後のパーティが上り終わったのは一体何時になったのでしょう・・・。

p9 の頭
p9 の頭

p9 からは普通の雪山の縦走。ぽつんぽつんとスキーヤーが笠と抜戸の斜面に見えました。縦走になるともう孝晃、健史の歩く早さについていけず、終始 100m 程離され、体力のなさを痛感しました。

抜戸岳への稜線 孝晃、健史は遥かかなた
抜戸岳への稜線 孝晃、健史は遥かかなた

抜戸岳からは時々雷鳥なんかも見られ、ほのぼのとした景色を楽しみながら歩けました。

雷鳥
雷鳥

笠ヶ岳の登りに差し掛かったときに、スキーヤーの集団が上から滑ってきました。笠ヶ岳山荘(まだ営業してない) の裏手にテントが一張りあったのでそのパーティだったのでしょう。

笠ヶ岳山荘
笠ヶ岳山荘

笠ヶ岳から雷鳥岩、クリヤの頭を越えて広サコ尾根に突入。クリヤの頭周辺にテントが 2張りありました。広サコ尾根の出だしは結構な急斜面で少し注意が必要です。また、一箇所、残置ロープがボロボロの箇所はロープを出して懸垂した方が早いでしょう。

途中から右手のクリヤ谷に入ってだらだらと下降。目の前に錫杖岳が見えているのでそこの基部めがけて一直線。途中滝が露出しており右から巻きました。

クリヤ谷上部
クリヤ谷上部

傾斜が落ちてくると雪渓が切れ始め、沢もクリヤ谷に集中し始め、谷幅も狭まり、夏道がわかるようになって来ました。が、夏に渡渉する場所では、雪融けで増水した水流があり、とても普通に渡渉はできず、結構冷や冷やの渡渉でした。1回はまったく渡渉できず、ガケを巻いた際に、一度ロープを出して懸垂し、大丈夫かなぁというスノーブリッジで越えました。

当初は錫杖沢出合でテント泊の予定だったのですが、クリヤ岩舎に着いたときは既に 15:00、そこからも渡渉がある感じだったので、この日はここで幕。

クリヤ岩舎
クリヤ岩舎

記録
P7(5:oo)-p9南壁取付(5:30)-p9の頭(10:30)-抜戸岳(11:30)-笠ヶ岳(13:30)-クリヤの頭(15:00)-クリヤ岩舎(17:10)


2004年5月 3日

北アルプス 3日目: 錫杖岳左方カンテ

この日は前 2日とはうって変わって朝からどんよりとした天候。穂高連峰は全部雲の中。

テントは張りっぱなしで錫杖岳左方カンテの取付めざして岩舎の裏から雪の残る林の中を直上。どこが踏み後が良くわからないので歩けそうなところを適当に上がりました。

3ルンゼの下あたりに出て、そこから前衛壁基部を左にトラバース。1ルンゼは滝になっており、水がジャージャー流れていてとても登れるような状態ではありませんでした。前衛壁基部は残雪が結構ありましたが、トレースが全くなかったところを見ると、GW 中は全く人が入っていないようです。

左方カンテ取付
左方カンテ取付

左方カンテ取付でクライミングギアを着け、山靴とバイルは取付にデポしてスタート。

左方カンテ 1P目(III 45m / 孝晃リード)
やや階段状のガリーを登って、潅木でビレー。トポ(チャレンジアルパイン) だと 30m で切ってますが、孝晃が欲張ってギリギリまでロープを伸ばしてました。

左方カンテ 2P目(IV 15m / 健史リード)
1p 目をかなり伸ばしたので 2p 目が中途半端な長さに。1p 目より少し立った感じの岩溝をピナクル脇のビレイポイントまで登ってビレイ。

左方カンテ 3P目(IV A0 30m / 孝晃リード)
フェイスを右上し、チムニー 1段下の潅木でビレイ。2箇所ほどムーブを考えるところがあり、2箇所目のややかぶった箇所は行きつ戻りつつしてムーブを考えるも、結局 A0 で越えました。健史だけはフリーで。

左方カンテ 4P目(IV 30m / 健史リード)
チムニーをズリズリと直上。チムニー内はやや濡れており少し滑ります。

4P 目チムニー
4P 目チムニー

左方カンテ 5P目(V 30m / えのきど。リード)
最初一番右端のチムニーに入ってしまい 10m 程で行き詰まり、ぐらぐらするピナクルでロワーダウン。仕切りなおして左側のボルトラダーに近いフェイスを直上。ホールドはカチ系でフリーチックで気持ちいい。フェイスを抜けて潅木でビレイ。

左方カンテ 6P目(III 30m / 孝晃リード)
ちょっとしたガリーを登って、左にトラバース気味に登り、フェイス基部のビレイポイントでビレイ。

左方カンテ 7P目(IV+ A0 40m / 健史リード)
左方カンテの核心。トポでは "出だしの小垂壁が難しい" と有りますが、ここはフリーで越えられるんでしょうか? 色々試行錯誤してみるが結局 A0 で越えました。その後はオフウィズス、クラック沿いの左のフェイスを登り、面を変えてフェイスを登って、ビレイポイントでビレイ。

7P 目下から  7P 目上から
7P 目下から / 上から

左方カンテ 8P目(IV 30m / えのきど。リード)
細かいフェイスを直上。が、フェイスは薄いフレークが重なっているような感じで、掴むとぐらぐらするポイントが結構あり、一度掴んだフレークが 50cm 四方ではがれて、轟音を立てて落ちて行きびっくりしました。脆い感じはやっぱりアルパインですね。20m 程登って潅木帯に突入して、適当なところでピッチを切って潅木でビレイ。

新穂高温泉 穂高連峰は雲の中
新穂高温泉 穂高連峰は雲の中

左方カンテ 9P目(III 20m / 孝晃リード)
終了点がどこだかわからないまま、孝晃に "気が向いたところで終了でいいよ" とリードしてもらい、残雪が出てきた手前の潅木でビレイ。雨も降ってきたのでそこで終了としました。時間は 13:30 と結構かかりました。3人なので仕方ないかな。

終了点
終了点

雨の中をさくさくと懸垂下降。途中 2回ほど末端が引っかかり、登り返して取る羽目に。

基部で靴に履き替え、クリヤ岩舎まで駆け下り、明日も 1ルンゼか 3ルンゼを登る予定だったのですが、天気が悪くなりそうだったので、今日で引き上げることに決め、テントを撤収して下山開始。

途中 3回ほど靴までつかる渡渉を交えつつ、さくさく下り、出発地点の槍見温泉に着いたのは 18:10 でした。

錫杖岳前衛壁  赤が登攀ライン
錫杖岳前衛壁 / 赤が登攀ライン

槍見温泉深山荘の混浴露天風呂に入って、松本まで来た道を戻り、カッパ寿司で好きなだけ食べ、途中八ヶ岳 PA で仮眠し、東京には 5/4 の早朝に戻りました。混浴露天風呂は恋人同士で入ってる人も結構いて、さびしがり屋にはちょっと目に毒でした。カッパ寿司は安いだけで味は X。

今回の山行は 1日カットしてしまいましたが、クライミングと縦走を組み合わせたアルパイン山行で難度は無いものの充実した山行になりました。孝晃、健史お疲れ様でした。

記録
クリヤ岩舎(5:00)-左方カンテ取付(6:00)-左方カンテ 7P目取付(11:00)-終了点(13:30)-取付(16:00)-クリヤ岩舎(16:45)-槍見温泉(18:15)


2004年5月 4日

衣替え 冬から夏へ

まだ雪山の予定は有るものの、大半の装備は夏用でいいかなと思い、衣替えを行いました。


スタッドレスをノーマルに戻し、冬だけで 5000km 以上走ったので、エンジンオイル、フィルターを交換し、洗車、WAX をかけ、車内も泥だらけだったので、ついでに車内清掃も頼んじゃいました。これからのシーズン、沢も車で行くようになると、シートがかびそうな気がするので、シートカバーも買おうと考えてカー用品店に行ったものの金欠。お金を下ろそうにも普段使っている銀行ATM は GW 中で使えず、今回は断念。エンジンフィルターを交換したので大分快適になりました。

その他
ヤッケの類はクリーニング屋へ。プラ靴はインナーともども水洗いして、陰干し。バイルは簡単にやすりを掛け、サビ止めを塗って傘立てへ収納。

なんだか車の作業しかしてませんね。


2004年5月 5日

今日のランナウト

GW の予定が早まり、1日余ったので後輩の孝晃とランナウトに行ってきました。

天気が悪いせいか非常な混雑で、待ちで結構時間をロスしました。

5.10d 前回 1テンだったルートを RP。通算 3便目。
5.11a ついに 11台突入。1テンで上まで。ホールドがだんだんシビアになってくるので、より上手いレスト方法を考えないと腕がもちません。また、ムーブが途中強引で再考する必要あり。
5.11a もう 1本別のをトライ。1テンで上まで。ここでも 1箇所強引に上がった箇所が有るのでムーブを考える必要があります。
5.10b 3テン。手足限定の 5.10c に取り付いたものの、足がよくわからなくなり手のみの 5.10b に変更するも、前半でばたついて疲れて 3テン。まだまだです。
5.10a往復 RP 長めをやりたかったので、一旦上まで上がり、そのまま同ルートをクライムダウン。
5.9 RP 時間切れの閉め。

5.10d が RP できたのでとりあえず一歩前進。12a まであと 5段階。


2004年5月 6日

GW 中の遭難事故

最近の山の遭難はほとんど確率の問題になってきているため、登山者が増える GW 中は必然的に遭難も増えています。ネットでわかるものだけまとめてみました。

4/30
富士山8合目で男性死亡 登山道沿い 100メートル以上滑落か

5/1
北ア・黒部別山で岩場登山中に転落 東京の男性、意識不明の重体
事故原因で懸垂下降中に支点からロープが外れたとなっておりますが、支点が壊れたと考えるのが一般的でしょう。クライミングの事故としては、懸垂下降にからんだ事故が圧倒的に多く、致命的なので注意が必要です。事故にあわれた方はガイド等も行っているベテランの方なので、その辺はきっちり認識しているはずだと思いますので、何か他の要因があったのかもしれません。
山岳同人「黒部童子」

5/3
氷ノ山登山の親子が滑落、69歳男性凍死し長女重傷

北アルプスで登山者が氷の落下受け重傷

5/4
屋久島3人不明 GWの行楽暗転、牙むく魅力の沢
遺体発見 熊本市などの不明男女3人 屋久島で沢登り中に事故
ガイドによる沢登りツアーのようです。渡渉の仕方に問題があったようですが、詳細は不明です。場所が場所だけにガイドツアーで行くのはかなり難しいと思われます。屋久島の沢で、ガイド 1人にお客さん 4人というのにも無理があったのではないでしょうか。
えーでるわいす

北アルプスで男性滑落 天候回復待って救助へ
浜松勤労者山岳会

槍穂縦走中に高山病、警察に救助要請

5/5
山スキーの80歳自営業者が行方不明 秋田・鹿角


2004年5月 7日

PWC(Physical Work Capacity/身体作業能力) テスト

3月に国立スポーツセンターの低圧室でテストを行った結果が送られてきました。

細かいことはよくわかりませんが、一応、低圧室の有効性が認められたようです。誤差レベルの気がしないでもありませんが。


2004年5月 8日

北ア・白馬岳 1日目:白馬岳主稜

後輩の亀と健史とスキーを担いで白馬岳に行ってきました。

金曜の夜に東京を出発、八ヶ岳 SA で健史に運転を代わってもらい、途中色々あって、猿倉に着いたのは朝の 4:00。駐車場では既に出発準備をしているパーティもちらほら。うちらは山頂泊の予定でしたので、出発を 9時に決めて、のんびり寝てました。

猿倉を出発
猿倉を出発

猿倉を出発する頃の天気は快晴で、すでに汗ばむほどの陽気。

当方と亀はスキーを担いで、健史は普通の装備で出発しました。林道を白馬尻めざして歩いていくと、途中から正面に白馬岳がどーんと現われ、登高意欲を誘われます。

白馬岳 赤線が主稜
白馬岳 赤線が主稜

1時間ほどで白馬尻。左には白馬大雪渓が広がっており、登っている人がぽつん、ぽつんと見えました。

白馬大雪渓
白馬大雪渓

さて、どこから取り付こうかと考え、最末端から取り付くのが一番綺麗なのかもしれませんが、白馬沢に向かって結構下らなければならず、登り返しが面倒でしたので、目の前にあったルンゼを雪の繋がっているところを選んでアイゼンをつけて登っていきました。

主稜の稜線
主稜の稜線

稜線まではトレースもなく、適当に直上しましたが、雪庇がぼろぼろで、亀裂も結構走っており、巻くこともしばしばで、また、藪こぎ時に背負っているスキーが引っかかり、稜線に出るまで予想以上に時間がかかりました。

稜線の雪庇はボロボロ
稜線の雪庇はボロボロ

稜線に出ると、主稜の末端(?) からのトレースが合流し、そこからは高速道路。とはいえ、ところどころ雪庇が崩壊しており、迂回することもしばしばで、メンバーがある程度の経験者だったので良かったものの、初心者がいたら結構面倒な気がしました。持ってはいったものの、ロープは出さずじまいでした。

稜線は続く
稜線は続く

どこが、第何峰なのかわからないままとにかく登り、有名な(?) 最後の雪壁はところどころ岩が露出しており、迂回するルートもガリガリに凍っておりちょっとヒヤッとしたものの、山頂にはなんとか日没前の 17:00 に到着。健史は 16:30、亀は途中から遅れ始め山頂着 17:20。

最後の雪壁
最後の雪壁

直接山頂に出れるルートというのは気持ちいいですね。

白馬岳山頂
白馬岳山頂

山頂で簡単に写真を撮って、今夜の宿へ。テントでしたので、どこに張ってもよかったのですが、頂上小屋が営業していたので、一応確認したところ、どこに張ってもよいとのことでしたので、清水岳方面との分岐点付近に張りました。

夜は GW の食料の余りに色々プラスしてカレー+ポテトサラダ。9時頃までだべって就寝。

記録
猿倉(8:45)-白馬尻(10:00)-白馬岳山頂(16:30-17:15)-頂上小屋(17:30)


2004年5月 9日

北ア・白馬岳 2日目:白馬大雪渓滑降

朝起きると薄日は差しているもののどんよりとした天候。予報だと午後から雨とのこと。当初は白馬三山もアタックしてこようと考えていたものの、特に行きたい気分でもなかったのでカットしてしまいました。

杓子岳と白馬鑓ヶ岳
杓子岳と白馬鑓ヶ岳

5時に起きて、6:30 にスキーを履いて(亀はテレマーク) 出発。山頂付近の斜面はガリガリのバーンでしたが先々週の富士山の経験が生き、さくっとかわせ、雪が下の小屋で切れていたため 30m ほど担いで下り、次の斜面へ。

テントと白馬頂上小屋
テントと白馬頂上小屋

大雪渓上部も結構ガリガリでしたが、100m 程下りたあたりから雪がザラメ状になり、200m 程で雪は重いもののスキー場と大差ない状態になりました。

そこで、調子に乗ってスピードを出しすぎたせいでしょうか、5ターン位した辺りでスピードの制御ができなくなって転倒。転倒した際に、グキッという音とともに左の膝をしこたま痛め、5分ほど痛くて動けず、しばらくその場にうずくまっていました。

試しに立ち上がってはみたものの、左足で踏ん張ると痛みが走ってとても滑れる状況ではなく、歩いて下りるのも困難な状況に。とにかくストックを長めに設定して左足を引きずりながらなんとか猿倉まで降りました。途中白馬尻を通過する頃から雨が降り始め、猿倉に着くころには本降りになっていました。

テレマークの亀も本当に滑れるのかどうか ? で、傾斜が緩くなってもターンのたびに転んでおり、見てるほうがはらはらしました。

白馬大雪渓 絶好の斜面だったはずですが・・・
白馬大雪渓 絶好の斜面だったはずですが・・・

帰りは近くのおびなたの湯に入って、途中の道の駅で昼を食べ、豊科から高速に乗って特に渋滞もなくさくっと帰ってきました。結構早く東京に着いたのでランナウトに行きたかったのですがそれもおじゃんです。

帰宅してからも膝の調子はいまいちで、動かすと痛みが走ります。う~ん、長引きそうな感じでやばいな~、はぁ。とりあえずスポーツ整形系の病院に明日行ってきます。

記録
頂上小屋(6:30)-白馬尻(9:00)-猿倉(10:00)


2004年5月10日

膝の靭帯断裂

週末に痛めた膝の痛みがまったく引かないので、病院に行ってきました。ネットで調べたところ、実家のそばにスポーツ整形の病院があったので朝一で行ってきました。いい病院を知らなかったので、どこの病院でも良かったのですが、徳永整形外科に行きました。決め手は角盈男(知ってる人がどのくらいいるのか ? ですが、久しぶりにこの名前を見たので一発で決めちゃいました。←オイオイ)。

診断結果は左ひざの前十字靭帯断裂、内側側副靭帯、後十字靭帯損傷という結果で、とりあえずの全治 3ヶ月と診断されました。手術が入るとさらに伸びるそうです。

触診の後、左膝のレントゲンを撮って、症状を確認。そのあと 5分ほどアイシングをして、すぐに 7分間、今度は光で血管を温めて血流を良くするという処置をしました。

膝に溜まっていた血を注射器で摂り(30cc 程)、その後ギブスで固定。初めてギブスをしましたが、結構熱が篭るんですね。これからの季節は過ごしにくそうです。松葉杖ももちろん初めてで使い方がよくわかりません。ストックの方が楽そうなのでストックに換えてしまう予定です。

それにしても当分はクライミングはお休みです。はぁ~。


2004年5月11日

スキー禁止なのに堂々と…/富士山

ソース

山ヤサイドからすると完全に ??? ですが、一般の人からするとこう思うのでしょう。これこそまさに今流行の "自己責任"。富士山エコレンジャーの人の話もちょっと頓珍漢ですが、"小屋の営業" や "監視が不十分" というのは全然関係ないと思います。季節に関わらず富士山に登る行為自体が "自己責任" を徹底しなければいけない登山であるはずなのに、この発言だと富士山に登ることは単なる観光であり、登山であることを否定していますね。

要は富士山をスキーで滑ることの危険性を認識しており、何があっても自力で下山するということも認識し、かつ、家族等、周囲の関係者にも同様のことを徹底しておけばそれでいいと思うのですが。それが "自己責任" でしょう。

ただ、「スキー禁止」の看板の法的な背景がどうなっているのかが不明なのでなんとも言えない面もあります。条例等で完全に禁止されているのなら滑れませんが、浅間山のように "自己責任" の範囲なら滑れます。

週末に怪我した時も、こーいう時にみんなヘリを呼ぶんだろうなぁと考えましたが、猿倉まで雪が繫がっていたのと、スノーボートを作る材料には事欠かなかったので、一瞬で却下。痛みは結構有るものの、自立歩行可能だったこともあり、特に荷物を減らすでもなく、そのまま猿倉まで 2時間我慢して歩いちゃいました。

参考情報
危険! “シーズン最後の滑走”--富士山で相次ぐスキー事故 /静岡


2004年5月12日

松葉杖ライフ

月曜日から松葉杖ライフになりました。最初は使い方がよくわからなかったのですが、チームのマネージャーが松葉杖経験者で、色々使い方を教わりました。

感想は

- かなりの体力を消耗する
- わきの下、手のひらが痛くなる
- スピードが出ない
- バリアフリー社会を実感

いずれも慣れれば解消するのかも知れませんが、とにかく疲れます。幸いなことに会社まで歩いて 10分のところに住んでいたので、今も歩いて通っていますが、通勤に 30分くらいかかり、会社に着くころは汗だくです。

また、松葉杖は脇の下か手のひらで体重を支えることになるため、1日目にして脇の下が腫れ、肩の辺りが筋肉痛です。怪我が治るころは変なところの筋肉が発達してそうです。

1回だけ都内を電車で移動しましたが、最近の都内の駅はエレベーター、エスカレーター完備でかなり楽に移動でき、バリアフリー化が進んでいることが実感できました。

とりあえず来週にはギブスを外して、専用の装具に変え、しばらくリハビリをした後で手術になりそうな感じです。手術で入院 1ヶ月、そのあとリハビリが半年~ 1年くらいかかりそうなので、クライミングに復帰できるようになるまでは 1年~ 2年くらいかかりそうです。今年のインスボン、マッターホルン、ヨセミテは全てお流れになってしまいました。当分、山はお預け、とも考えたのですが、"松葉杖"、"登山" で検索したところ結構引っかかり、クライミングができるようになるまでの間でも、制限は有るものの山には登れることがわかり少し救われました。

今回怪我をして、怪我で山にいけない人の悔しさを痛感しています。励ましのメールをくれた方々、怪我やサプリに関して質問に答えてくださった方々どうもありがとうございました。感謝感謝です。また、クライミングパートナーの方々にはご迷惑おかけしました。治るまで時間がかかりそうですが、治ったらまたお付き合いお願いします。それまでは腐らずに治療に励みたいと思います。とりあえず "岩と雪" 169号分をこの際一気に全巻読破しようかな。


剱岳、3000m峰に復活? 36年ぶり標高再測量へ

ソース

剱だけ測量方を変えてしまっていいのでしょうか? 変えるんだったら全ての山で測量し直さないと駄目なのではと思うのですが。

剱岳の現在の標高は 2998m で国内では 22番目の高さで、21番目は南アルプスの聖岳で 3013m、23番目は北アルプスの黒岳で 2986m と上下に差が有るので標高が多少変わったところで、相対的な順位は変わらなそうですが、これで逆に標高が低くなったら面白いですね。(←オイオイ。)

この記事を読んで北岳と奥穂高岳の骨肉の標高争いを思い出しました。

また、記事に紹介されている、新田次郎氏の小説「剱岳〈点の記〉」はお勧めの本です。


2004年5月13日

THE EARTH vol.28 (ICI石井スポーツカタログ)

THE EARTH vol.28 (ICI石井スポーツカタログ)
THE EARTH vol.28 (ICI石井スポーツカタログ)

昨日新宿に行く機会があり、その際石井スポーツを覗いたところ、今年度のカタログが出ていたので買ってきました。

山道具のお店は色々増えましたが、国内では ICI石井スポーツが一番大きいのではないでしょうか? (最近は関西方面にも進出していますね。) そのためか、偏り(最近はアルテリア系、ハミックス系) は有るもののカタログも充実しており、しかも 200円と格安なので毎年買っています。

今年は表紙がこれまでの縦から横に変わってちょっとびっくりでした。とはいえ、中は例年と変わらずギア情報ぎっしりで楽しめます。最近はクライミングギアばかり見ていたからか、ウェアのページ等を見ていると結構知らないメーカーも増えており、新規参入もまだまだあるようです。

高校時から毎年買っていたので、本棚には vol.7 からあり、当時のものと比べると道具の進化がよくわかり結構楽しめます。また、モデルさんも毎年変わっておりそれも楽しみの一つでした。(一時期外人さんの時期もありました。) ギアのジャンルの並びや、右開きなのか左開きなのかなどなど、いろんな楽しみ方ができます。

通販でもカタログは入手できます。詳細は↓を参照してください。
http://www.ici-sports.com/mount/catalog/index.html

昨日寄った新宿店に有村さんがいてびっくり、竹内さんから始まってるのでしょうか、相原さん、天野さん、加藤さんなどなど、大学山岳部出身の人がぞくぞくと増えてますね~。


2004年5月14日

さようならElie Chevieux(YUJI HIRAYAMA OFFICIAL SITE)

YUJI HIRAYAMA Official SiteMessage が更新されておりました。

これまでフリークライミングには余り興味がなかったので "Elie Chevieux" がどのような人物であったのかは知らないのですが、経歴を見ると凄い人だったようです。

Elie Chevieux はカメラの世界に入って行ったようですが、フリーだけしかしていない人だと、最前線にいても突然足を洗ってしまう人が多い気がします。それだけ気楽に始められ、気楽に辞められ、お手軽感が強いからでしょう。

それに対して山は常習性が高いですね。もちろんきっぱり辞めてしまう人もいますが、最前線は退いても、その後も継続されている方が多い気がします。


2004年5月15日

講演会

当初の予定では、週末はカルパッチョの羽矢さん、84 の木下さん、YCC の神谷さん、元秀峰の瀧島さんたちと松木沢の岩峰群に取り付く予定だったのですが、足を怪我してしまったため当然ながら不参加でした。ですが、日曜の天気が悪そうとのことで土曜だけ登って、夜は近場で宴会との計画変更の知らせを受け、ギブスの足で運転できるかどうかを確認したかったのと、めったに会えるメンバーではなかったので、足尾の山奥までドライブがてら行ってきました。足尾の親水公園のゲートで落ち合い、夜は某所で宴会。いろいろな話が聞けて楽しいひと時を送れました。

当分の間は山に行けませんが、じっとしているのも性に合わないため、怪我が治るまでは参加できそうな講演会や講習会、宴会などに参加しようと考えています。

今後参加予定の講演会
5/20(木)
夫・星野道夫と見たアラスカ
カメリアホール(亀戸文化センター 3階) / 13:00-15:00

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」
山梨県立文学館講堂 / 19:00-21:00

5/28(金)
ワードフライデイ「し」身体の表現と冒険。その源にあるのは?> ナビゲイター:伊勢谷友介(映画監督・俳優)×石川直樹
東京銀座資生堂ビル 9F / 19:00-21:00

5/29(土)
梶山正スライドショー「ペルー・ブランカ山群」
モンベル渋谷店 5F / 13:00-14:30

6/3(木)
森下恭 × 志水哲也 二人展 「黒部 源流と幻の滝」
モンベル渋谷店 5F / 18:30-20:30

6/19(土)
~黒部スキー横断5つの記録~ 三浦大介
モンベル渋谷店 5F / 18:30-20:00

6/25(金)
わが山々 垂直の記憶 山野井泰史
池袋サンシャインシティコンベンションセンター / 11:00-12:30
東京アウトドアズフェスティバル2004 ~BACK TO THE COUNTRY~
他にも面白そうなイベントをご存知の方は教えてください。


2004年5月16日

電池が切れるまで

(毎週木曜 21:00-21:54 テレビ朝日)
電池が切れるまで

"安曇野の山が映るよ" という情報だけで見始めたドラマです(←アホ)。とはいえ、安曇野の山が映るのはオープニングの一瞬に常念から蝶にかけての稜線が映るだけで、あとは安曇野にある院内学級での物語を描いています。

院内学級の存在は初めて知りましたが、ここの病院が特殊だからか、毎回難病の子供が死んでいくため、見ていても辛いものがあります。さらに追い打ちをかけるようにこの詩が毎回流れるので辛さ倍増です。

命を無駄にしているわけでも、粗末にしているわけでもありませんが、クライミングは命に直結してくる遊びなので、より一層に慎重に行動しなければと、この番組を見て思うようになりました。また、生命をおびやかすような危険性が有るからこそ、生きてる喜びを感じられるのでしょう。


2004年5月17日

靭帯断裂 1週間目

左膝専用の装具(DONJOY社製) ができたため、ギブスを外して専用の装具に付け替えました。ギブスに比べてかなり軽く、制限つきながら膝も曲がる(30-60度) ため大分楽になりました。反面高い。135800円

専用の装具
専用の装具

切れてしまった前十字はともかく、副側靭帯は損傷しているため、膝は曲げた角度によっては痛みが走るので、基本的には安静です。ので、まだ負荷をかけたリハビリ等をすることはできませんので、基本的には某サプリマニアさんに色々聞いて毎日何回かに分けてサプリを飲んでます。

プロテイン 130g
グルコサミン+コンドロイチン+MSM 適量
ビタミン C 2g
ゼラチン 20g

松葉杖には多少慣れ、平坦な道なら問題なく歩けるようになりました。といっても普通の人と同じペースで歩くのはきついので 1/2-2/3 くらいのペースで歩いています。会社まで 1km の距離がだいたい 20分前後で歩けるようになりました。ただ、階段の上り下りは結構難しく、会社のビル 18階を何回か往復しましたが 30分を切るのは至難の業です。あと怖いのは濡れているタイル。突然滑ります。特に怪我している方の杖を滑らせると、致命的です。松葉杖は手のひら、ひじ、肩に負担が来るので、周辺の筋肉がつくまでは余りハードな運動はしないほうがよさげです。

たまたま見ていた Chris Sharma のボルダリングの DVD で、一部のシーンで彼の右足に、自分が現在しているのと同じような装具をして映っているシーンがありました。靭帯を切ってしまうとキョン足ができなくなるのですが、彼は装具をしていないシーンでも普通に右足でキョンをしているのでちょっと気になりました。彼の傷歴を調べてみよーっと。

おまけ
一般人 : 何で怪我したの?
私 : スキーで滑っててこけちゃいまして・・・。
一般人 : 日本でまだやってるスキー場あるんだ。
私 : いや、山頂までスキー担いで上がって滑るんです。
一般人 : ・・・。

みんながみんな同じ反応で笑えました。やっぱり山スキーというのは、日本では一般には受け入れられてないんですね。


2004年5月18日

Elie Chevieux パキスタンで生存確認(YUJI HIRAYAMA OFFICIAL SITE)

YUJI HIRAYAMA Official SiteMessage が更新されておりました。先日のニュースはどうやら誤報だったようです。

平山さんも書かれてますが、"あの時もっと付き合ってやれれば" というのは周りの人が亡くなるといつも思うことです。特に山の世界では日常茶飯事的に起こりうるので、より一層そういった態度で接する必要が有るでしょう。逆に、"いつ死んでもいいような状態にしておけ" ともよく言われることですね。


渡辺玉枝さん、世界第4峰ローチェ登頂 女性最高齢記録

ソース

この手の記録の更新に関しては日本人は強そうですね。


2004年5月19日

カム 6月号

(2004/6 東京新聞出版局)
カム 6月号

気になった記事を簡潔にレビュー

第 1特集 いまだけの静かなアルプスへ
目の付け所は面白いですが、どれもメジャールートの紹介に終始しています。人がいないのは、まだ登山口までバスが入っていないのと小屋が完全に営業していないからでしょう。通年でこのぐらいの人口密度なら快適なんですが。

第 2特集 年金を活用して夫婦で楽しく山を登る
どちらかというとヤマケイがやりそうな特集です。年金を受け取るのは、れっきとした権利なのですが、おおっぴらに趣味に使うのは何だか後ろめたい感じがするのは自分だけでしょうか? とはいえ、自分がもらえるようになるのは、年金制度の存在が危ぶまれているだろうはるか先ですが。

カラーグラフ
トワンソンのブルーアイスの中で
トワンソンも行きたい氷瀑の一つです。来月インスボンに行って、クライミングがてらトワンソンの情報も仕入れてくる予定でしたが、足の怪我で流れました。東海大の主将も女性なんですね。学習院も確か女性だった気が。女性が増えているのでしょうか?

クロニクルスペシャル 五竜岳「逆鱗」初登
リンクさせていただいているガイドの黒田さんと滝本さんの記録。とにかく写真がかっこいいです。ルート自体も雪崩が来たら一発でアウトになるようなルートです。いつかはこんな登攀をしてみたいなぁ。他の写真は滝本さんの Web で見ることができます。

読み物・連載
登山クロニクル
今年の冬の記録の総括。どの記録も面白いですね。馬目さん、廣川さんはそれぞれ得意分野で邁進されています。三浦さんの黒部横断の記録は、趣旨は違うものの、ヤマケイの澤田さんの記録と少しかぶります。黒部横断も S字峡や十字峡をからめたメジャー系、黒部湖周辺をスキーでかすめる速攻系、その他マニアック系にだんだん細分化されつつもタイプ化している気がします。切る場所が難しいですが、横断ではなく縦断してみても面白いかもしれません。早川さんの記録は 3ヶ月連続で載ってますね。

マイ フェイバリット ルート
澤田さんの冬の北鎌と篠原達郎さんの赤蜘蛛ルート。北鎌って言ったらやっぱり冬ですよねぇ。加藤文太郎しかり松濤明しかり、学習院VS早稲田しかり。赤蜘蛛ルートは誰に聞いてもいいルートって言いますね。早く足治して登りに行きたいなぁ。

アルプス 4000m峰への招待・最終回
ガイドを使って登りたいとは思いませんが、マッターホルンは行きたかった。この計画もお流れです。こうなったら一気に北壁目指すしかないですね。

マウンテニアリング・セミナー
カム時評 山野井泰史の復活が語りかけるもの
ヤマケイ、カム、週刊誌、新聞、Web などなど。余りにも多くのメディアでレビューされており、それぞれ違った視線、違ったポイントを見ているのでどの記事を読んでも面白いです。しかも、時々はインタビューの記事だったりもしてまたあらたな発見があったりもします。明日の講演会が楽しみです。


2004年5月20日

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」

エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」

昼間に亀戸で星野さんの講演会に出て、その足で、途中神谷さんや後輩を拾いつつ、甲府で行われた山野井さんの講演会に参加してきました。都内の大渋滞や大雨の高速運転で予想以上に時間を食い、会場に着いたのは 19:15 でした。遅れてしまい皆さんすいませんでした。

講演会は、これまでのクライミングをスライドショーで紹介し、その後 Q&A、サイン会で終了しました。神谷さん曰く、昔のクライミングに関しては過去のスライドショートほとんど同じらしいです。

スライドショー
ビデオを回していたので、文字に起こせば正確なのでしょうが、面倒なので記憶に残っている文言などを何点か。

パキスタンのレディースフィンガーを登ったときに、余りにもお腹が空いていたので、チョーク(炭酸マグネシウム) を食べてました。整腸剤にもなるので、毎日胃がすっきりしていました。だからルート名はラマダンにしました。
チョークって食べれるんですね。フリークライマーがアロンアルファで剥がれた爪を貼るというのを聞いたときと同じくらいびっくりしました。

チョー・オユー南西壁を登ったときは、夜登って昼間に寝てました。昼間の方が暖かいのでシュラフを軽く(600g)、軽量化できるんです。
発想の転換ですね。この理論で行くと日本の冬山だったら寝具何も要らないですね。ただ、日本では夜登るという習慣が余りないようで、冬~春の谷川の一ノ倉周辺を登るクライマーや山スキーの早川さんの話くらいしか聞きませんが、それでも夜というよりは早朝です。ヨーロッパや "夜登" というクライミング形態がある韓国では珍しいことではないようです。

チョー・オユーで高度順化したときは一般ルートを 7000m くらいまで登ってジョギングしていました。一般ルートをハイキング気分で登れないとヒマラヤのバリエーションは無理です。
次元が違いすぎますね。山野井さんは血中酸素濃度(SpO2) を余り信じてないようで、尿の色や 7000m 前後でジョギングをした時の息の上がり方で高度順化の状況を判断されるそうです。

チョー・オユーでは山頂まで 72時間かかりました。8000m 以上の高度に長時間いると脳細胞がかなり破壊されます。もともと少ないのであんまりなくてもいいんです。登りたい気持ちと頂上で感動できる気持ちが残っていれば、あとは何もいらないんです。
心底しびれました。

寒さには強いんです。K2 に登ったときはずーっと素手でした。山頂の写真もほら、素手でしょ。晴れてますが -20度くらいです。
空気が乾燥しているとはいえ、強すぎです・・・。

ギャチュンカンで下降時に雪崩の衝撃で目をやられてしまい、ハーケンを打つリスの場所がわからず、仕方なく素手になりました。凍傷で切る覚悟があったので、生活で余り使わない指ということで、左手の小指、薬指から使いました。
凄く怖い話しをしていますが、淡々としすぎです。

Q&A
Q. 奥さんと山はどっちが好きですか?
A. 山です。絶対山です。
即答でした。最初は質問を聞き間違え、奥さんの強さを強調していました。

他にもちらほらありましたが、大したものはありませんでした。質問すればよかったなぁ。

サイン会
講演会終了後、サイン会になりました。「垂直の記憶」にサインをもらいました。握手もしていただきましたが、意外と柔らかくクライマーの手という感じがせずびっくりでした。

講演会は甲府で行われ、事前 PR もほとんどなく、大雨にも関わらず 50-60人の人手でした。生 "山野井" さんは 2回目でしたが参加してよかったー。パワーを少しもらえた気がします。会場では JAC の松原さんをお見かけしました。また声をかけてくださった杉さん、励まし有難うございました。

参考情報
過去の講演会の記録を読むと内容はほとんどかぶりますので、講演会の内容詳細は以下の記録を参考にしてください。
- 労山ヤングクライマーズフォーラムIV 山野井泰史氏を迎えて 「挑戦の軌跡」 (2003/5/17)
- 群馬登高会創立50周年記念講演会(2000/10/22)
- 山野井泰史氏 講演会(2000/9/21)

蛇足ですが、司会者(エルクの方?) が最後に山梨県人会への入会を誘っていたのはちょっといただけないですね。どんな団体であれ山野井さんがそういったしがらみを嫌うのは知らないわけないと思うのですが・・・。



2004年5月21日

チョモランマ最高齢登頂後、63歳女性医師が死亡

ソース

日本初のエベレスト公募登山隊です (未確認)。エベレストへの裾野は広がりましたが、エベレストの厳しさが変わったわけではありません。それなりに高所にも登られてきた方のようですが、難しかったようですね。ご冥福をお祈りいたします。

視点は変わりますが、この登山隊は山頂までノート PC を持ち上げて、山頂からメールを送っています。以前山田さんが持ち上げた IBM の ThinkPad とは違い、今回は Toshiba の Libretto を持ち上げています。

参考情報
アドベンチャーガイズの公募登山隊のページ

そういえば、この方も、日記を見てると現在アタック中のようです。どうなったのでしょう。Everestnews.com を見てもまだいないようです。


2004年5月22日

エベレストスピード登頂記録

ソース

エヴェレスト関連のニュースを調べていて見つけました。東南稜のベースキャンプ(5200m)から山頂(8848m) までなんと 8時間 10分。もちろんシェルパですが、人間離れしていますね。ちなみにこれまでのスピード記録が 10時間 56分ですから 2時間 46分も縮めたことになります。恐ろしいです。

聞いた話だと装備はテルモスだけ、靴は Ice Everest を使っているようです。


レスキュー訓練 @天覧山 1日目

今月の会山行はレスキュー訓練。場所は埼玉の天覧山の岩場。松葉杖でも参加できそうでしたので、参加してきました。

天覧山の岩場に行くのは初めてで、最初は間違えて山頂に出てしまい、戻って登りなおしました。どろどろの道は松葉杖ではきついですね。先がゴムなので滑ります。ストックのようにとがっていれば全然違うと思いますが、改造するわけにも行かないですし、まぁ、平坦な道で満足するしかないようです。

レスキュー訓練は茶木さんがリーダーで天覧山の下の岩場(ガイドブック等には載っていません) で行いました。最初に岩場の前の林で模範演技、練習をした後、10m弱の岩場で実践しました。ちなみに当方は松葉杖状態なので実技には参加せず、講習を聞きながら茶々を入れていただけです。

[ロープワークの確認]
4月に入った新人さんもいたのでまずは支点の作り方も含めた、ロープの結び方の確認から。インライン・フィギュアエイトはちょっと複雑かつ他の結び方で代用可能なので、作り方を見せるだけで各自の実践はやりませんでした。

メニュー
支点の作成
Bowline with Yosemite Finish(変形ボーライン)
Clove Hitch(クローブヒッチ)
Inline Figure Eight Knot(インライン・フィギュアエイト)

[懸垂下降の練習]
下降器による下降 (8環、ATC、Reverso等)
最初は各自が普段使っている下降器を使っての下降。ATC や Reverso は本来確保器ですが、下降もそれほど問題なく(ロープにダメージが有る?) できるため、会で下降に使っている人もいます。ただ最近のダブル用ロープはどんどん径が細くなっているので 8.5φ のロープでは Reverso では流れが良すぎてしまうので注意が必要です。また ATC 等のバケツ型デバイスでの下降はロープを上向きに引きながら下りるため慣れないと疲れるかもしれません。他の注意点としては下降のセット、解除時に 8環をいかに落とさないようにするかということでしょう。一般的には "ギアラックについている段階でセットする"、"ビナと下降器をセットした状態でビレイループにはめてロープをセット" の 2通りのようです。

Munter Hitch (ミュンターヒッチ) による下降
下降器を落としてしまったり、別の用途で使用している場合に、環付カラビナ 1枚で下りる方法。慣れるとセットも解除も下降もサクサクできますし、下降器を省けるので、昔の人はいまだにこれだけで降りている人もいます。ただ、ロープに与えるダメージが他の専用デバイスに比べて大きいのと、ロープが絶対にキンクしますので、うちの会ではメインでは使っていません。注意点はビナのゲートの向き。ゲートとロープが擦れてゲートが開いてしまうことが有るようです。また、昔ながらの懸垂方法で肩がらみの方法も有るのですが、特に必要性がないのと、危険性も多々有るのでやりませんでした。

Mule Knot (ミュールノット) での懸垂下降中の仮固定
長時間、かつ確実に固定するにはこれが一番いいでしょう。念のために結んだ後の輪にはすっぽ抜け防止でカラビナを掛けておいた方がいいです。他にもクレムハイストやオートブロック等のフリクションノットを使った仮固定もありますが、解除がミュールノットに比べると面倒です。足に巻きつける方法も簡単ですが、長時間行うと血が止まるので注意が必要です。

懸垂下降中の仮固定
懸垂下降中の仮固定

懸垂下降中の結び目の通過
レスキュー時やビッグウォール等で、ザイルをつないで一気に長距離を懸垂するときにやる方法です。細い径のダブル用ロープに大き目の環付カラビナを使えばそのままでも通過できますが、ここではそれができなかった場合の方法です。

まず、結び目の手前でミュールノットで仮固定をし、上のロープにオートブロック等フリクションノットで止めたスリングとムンターミュールで作ったクイックドローを使ってビレイループとつなぎテンションを下降器から移して、仮固定のミュールノットと下降器をビレイループから外します。次に下のロープを手繰り別の下降器(カラビナ+ミュンターヒッチでも可) にセットして、セットした加工機にテンションを移しながら、ムンターミュールで作ったクイックドローのミュールノットを解除して抜き、回収して、下のロープでの下降に移ります。ちなみに、上のロープで使った下降器は残置になり、上の人が回収することになります。

ここではムンターミュールをいかに早く作るかがコツでしょう。

[自己脱出と搬出(下降)]
リードをビレイ中にビレイヤーが自己脱出するやり方
これはリードが落ちて意識を失ったり、怪我をして自己脱出ができなくなった場合に、ビレイヤーがビレイの状態から抜ける方法です。

まず、ビレイヤーはミュールノットで仮固定をして、ロープにオートブロック等のフリクションノットでスリングを掛け、さらにそこからムンターミュールで作ったクイックドローをつなぎ、別のアンカーに結んで、テンションを移し、自分に結んであるロープを解いて脱出完了です。一般にはムンターミュールのクイックドローは使わず、フリクションノットでロープを別のアンカーに結んでしまう例が多いのですが、その場合、再度ビレイに戻りたい場合に戻れません。ムンターミュールを間に入れることにより再度ビレイに戻ることが可能になります。戻る場合はほどいた末端をハーネスに結び、確保器にロープを通してビレイ体制に入り、ゆっくりミュールノットをほどけばテンションを確保器に移すことができます。

ビレイヤーの自己脱出
ビレイヤーの自己脱出

介助懸垂
自立歩行が可能な人を後ろで支えながら懸垂をする方法。

1本のデイジーチェーンの末端をそれぞれのビレイループのビナに結び、ロープに下降器をセットして、さっき繋いだデイジーチェーンの中間部をロープにセットした下降器の環付ビナに付け、懸垂に入ります。最初に下の人(介助する人) が下り始め、手で上の人(介護される人) の腰を抑えられる距離で降りて行きます。ポイントは 2人の距離です。デイジーチェーンで上手く調整しないと疲れます。ちなみにこのとき使用するデイジーチェーンは一番長いもの(143cm) を使いましょう。当然ながら下の人のロープを押さえる手には 2人分の体重がかかるので、ビレイループのビナで 1度折り返したり(2ターン)、デイジーチェーンにビナをかけてさらに折り返して(3ターン)、カラビナの摩擦で重さを殺しましょう。

背負い懸垂
自立歩行が不可能な人を後ろで支えながら懸垂をする方法。

1本のデイジーチェーンの末端をそれぞれのビレイループのビナに結び、ロープに下降器をセットして、さっき繋いだデイジーチェーンの中間部をロープにセットした下降器の環付ビナに付け、懸垂に入ります。ここまでは解除懸垂と同じです。ただ懸垂をする際はスリングで介助する人を完全に背負い、さらにクレムハイストやオートブロックで手を離してしまった場合の自動停止のシステムを作っておきましょう。介助懸垂同様 2ターン、3ターンで重さを殺すことは可能です。ポイントはできるだけ壁に突っ張って、ロープ(下降器) に重さを逃がしてしまうことです。重さが上手く移せれば 2ターンや 3ターンをする必要がなくなります。また介助する人を背負うスリングは太めのスリングを使わないと腰に食い込んで痛いと思います。

背負い懸垂
背負い懸垂

[フリクションノット/アセンダー]
最後にフリクションノットとアセンダーを使用してのユマーリングを行いました。一般的にはプルージックが一番多いようですが、プルージックはロープとスリングの接点は 1点だけで支えるため、そこが滑ると一気に滑ってしまうのと、ロープへのダメージが大きくなるのでうちの会では使いません。クレムハイストかオートブロック、バックマンを使います。当然ながらバックマンが一番楽です。またクレムハイストはダイマーニ系のスリングでは滑ってしまいスペクトラ系の素材の方がいいようです。オートブロックは径が細いもの 4mm-5mm のものが一番効きがいい感じでした。

ユマールやタイブロック等のアセンダーを使用してのユマーリングが当然ながら一番楽です。これらのロープに与える影響ってどんなもんなんでしょう?

8:30 頃から開始し 1日目のメニューが全部終わったのは 16:30 でした。その後は近くの飯能川原に移動してキャンプ。車は中に止められないとのことで近くの駐車場に移動しました。天候がイマイチだったせいかキャンプ場はがらがらでしかも無料だったのでグッドでした。

飯能川原
飯能川原

下の岩場では他に 2パーティが初心者向けの講習会を行っていたのですが、内容がひどすぎて(危険性が高すぎて)、見ていてかなり不安に感じました。あれで本ちゃんに行ったら大変な目にあうことは想像に難しくありません。どうすればよかったんですかね。難しいところです。


2004年5月23日

レスキュー訓練 @天覧山 2日目

2日目も朝一で岩場に向かい、7:00 頃から訓練開始。

[レイジング]
今日はひたすらレイジング(和製英語らしい) の練習をしました。荷揚げやセカンドを持ち上げるときに使います。が、過程(アンカーの回収等) は省かれているので実際はもっと大変だと思います。

1/1
一番使用頻度が高そうなのが 1/1 です。会のメンバーは全員が確保器にオートストップ機能が付いているため 1/1 のシステムを作るのも比較的楽でした。

セカンドのビレイをしているときに、セカンドが落ちたという設定で開始。オートストップ機能の付いた確保器で支点ビレイをしている状況です。次にオートブロック等のフリクションノットで自分の手前のロープとビレイループを繋ぎます。で、セカンドがぶら下がっているロープを上に引きながら、自分の体重を手前のロープに掛けて下りて行けば、確保器のオートストップ機能が働くため、自然とセカンド側が上がって行きます。が、1/1 というだけあって、セカンドを引き上げるにはセカンドの重さと同じ力で引かなければならないため、かなり大変です。いかに自分の体重を上手く使って上げるかが課題になります。セカンドと同じ高さまで下りたら、次にさっきロープと繋いだフリクションノットを使って、またビレイ支点までユマーリングをします。この作業の繰り返しでセカンドを引き上げます。

この作業を楽にするにはプーリー(滑車) とユマール、タイブロック等のアセンダーが有るとロスが減って便利です。タイブロックもプーリーも大した重さではないので持っててもいいかもしれません。尚、プーリーはオーバル型のカラビナでの仕様が推奨されているため、オーバル型のビナを 1つくらいは持つようにしましょう。また、プーリーが入る大きさのビナだと尚よしです。

もし、オートストップ機能がない確保器(ATC等) を使っている場合は少し厄介です。その場合はディレクションで折り返してのボディビレイだと思いますので、まず、ミュールノットで仮固定をし、ムンターミュールのクイックドローとフリクションノットでビレイ状態から脱出します。その後オートストップの機能をオートブロックで作り、ミュールノットを少しずつ緩めて仮固定を程き、テンションを自分のロープに移したら、あとはこれまでと同じです。ちなみに、オートブロックで作った箇所は支点のビナに巻き込まれやすいため ATC を間に挟むと巻き込まれることがなくなるのでグーです。

このシステムって言葉にするのが非常に難しいですね。わかっている人や経験が有る人ならこれだけでわかるかもしれませんが、経験がないと、図や写真がないと理解できないでしょう。登高会 くらレスキューの項目に図入りで説明がありますが、やっぱりこれもわかりにくい気がします。ちなみに都岳連に頼むと、プライベートのレスキュートレーニングを行ってもらえます(有料)。

1/1 練習中
1/1 練習中

1/2
1/2 は 1/1 とは違い、一旦セカンドまで下りて、セカンドの末端を外す必要があります。通常アルパインではダブルで登るはずなので、1本外してしまっても問題ありません。末端を外したら支点に結び、セカンドのビレイループのビナで折り返し、折り返しを再度支点のビナで折り返し、その先にフリクションノットで自分と連結して、あとは 1/1 と同じ要領で引き上げます。1/2 の名が示すとおり、1/2 の力で引き上げることができますが、引く距離は 2倍になります。折り返しのビナをプーリーに、フリクションノットをタイブロックに変えるとロスが減るため凄く楽になります。

1/2 実践中
1/2 実践中

1/3
1/1 のシステムの中間から 1点折り返しの支点(フリクションノット+カラビナ) を作れば 1/3 になります。当然ながら引く距離は 1/1 の 3倍になります。

1/3 模範演技
1/3 模範演技

1/6
1/3 の状態でさらに支点を 1つ増やしたもの。引く距離が多すぎて全然現実的ではありませんでした。

予定ではこのあと宙吊りからの脱出も行う予定でしたが、雨が降ってきたのと、人だらけになってきたため、14:00 ということもあって撤収しました。2日間に渡ってのレスキュー訓練は、自分を除く全員が全メニューを練習、実技でこなせたため充実したものになりました。やっぱりレスキュー関連は年に 1度はみっちりやらないと忘れてしまいますね。またクライミングをやる人は、自己責任としてこの程度のことはきちんとできるようになっていないと駄目でしょう。

今日岩場にいた練馬山の会のメンバーもレスキュートレーニングを行っておりました。他の山岳会から講師を招いてのトレーニングできちんとした内容のものでした。また、もう 1団体来ていたのですが、30人くらいの謎の団体で、全員で肩がらみの懸垂やロープワークなど、よくわからないことをやっている団体でした。世の中にはいろんな人たちがいるのだなぁと実感できた 2日間でした。クライミングの技術や道具は日進月歩、井の中の蛙にならないように気をつけねば。

ちなみに天覧山は非常に蚊が多くかなり刺されました。防虫ネットをして行った方が無難です。

おまけ 1
洋ナシ型のカラビナのことをカタログ等で HMS型カラビナと表記されているものがありますが、HMS とはドイツ語で HalbMastwurf Sicherung (発音はハルプマストヴルフ ジヒェルング / 英語の half clove-hitch belay と同意。) の略で、ミュンターヒッチ用のカラビナということです。(茶木さん、山本さん有難うございました。)

おまけ 2
結び方の名称一覧(一部)
Figure Eight Knot(エイトノット、8の字結び)
Bowline with Yosemite Finish(変形ボーライン、ヘッドオン)
Klemheist(クレムハイスト)
Autoblock(オートブロック)
Bachman(バックマン、バッチマン)
Garda Hitch(ガーダヒッチ)
Munter Hitch(ミュンターヒッチ、ハーフクローブヒッチ、イタリアンヒッチ、半マスト結び)
Mule Knot(ミュールノット)
Clove Hitch(クローブヒッチ、インクノット、マスト結び)
Girth Hitch(ガースヒッチ、ガウヒッチ)

以下のサイトで結び方を動画で見ることができます。
雷鳥シアタア Hall


2004年5月24日

夫・星野道夫と見たアラスカ

(2004/5/20 13:00-15:00 / カメリアホール 亀戸文化センター 3階)
夫・星野道夫と見たアラスカ

故星野道夫氏の奥さん、直子さんの講演会に行ってきました。講演会は前半が星野氏の代表的な写真のスライドショー、後半が Office Ten の司会者と直子さんのトークショーという構成でした。

スライドショーはほとんどが写真集で見たことがある写真ですが、大画面で見るとまた違った迫力が伝わってきました。ただ、スライドショーの方針が「夫、星野道夫の仕事を、そのまま何色をも付けずにお伝えするのが私の仕事です」という方針でしたので、写真の解説はほとんどなく、写真のキャプション的な説明に終始してしまい少し残念な気がしました。直子さんの目から見た星野氏の写真の解説が聞きたかった気がします。

そういった意味では、トークショーのほうが面白かったです。星野氏との馴初めから始まって、アラスカでの生活、子供の話、毎年アラスカに行っている話、教科書に星野氏の写真や文章が使われていること、写真展で全国を回っている話などなどです。使用されている教科書も国語、英語、美術など多岐にわたり、少しでも多くの子供達が星野氏の写真に触れられる環境にあるのはいいことだと思います。

結婚生活が 3年と短かったこともあり、没後 8年経ってはいますが、スライドショーや写真の選定はデザイナーさんに任せていることを鑑みても、まだ星野氏を完全には消化できていないように感じられました。今後とも頑張って欲しいと思います。スライドショーは写真が少しぼやけた感じになってしまうため、大きなパネルで見たいと思う写真もあり、写真展が東京に来た際にはまたお邪魔したいと思います。

会場で星野氏のファンだという後輩のまさる&真理子と会いました。終了後は夜に甲府で行われる山野井さんの講演会に車で直行しました。


2004年5月25日

三浦雄一郎 永遠の少年

(2004/5/21 GENEON ENTERTAINMENT DVD)

三浦雄一郎 永遠の少年

"三浦雄一郎" という名前を聞いても、"エベレストの登頂者最高齢記録を作ったおじいちゃん"、"北海道知事に立候補した風変わりなスキーヤー" など、余り良いイメージを持っておりませんでした。ですが、この DVD を見てイメージががらりと変わりました。噂や記録だけで人を判断してはいけない最たる例になりました。

DVD は三浦さんのインタビューと記録映画である『地球を滑った男』の映像を断片的に挿入しながら、これまでの人生を振り返る 1章がメインで、おまけみたいな感じで 2章に息子達へのインタビュー、3章に父である敬三さんのインタビューが入っています。できれば『地球を滑った男』は全編通して見たかったです。

1964年 キロメーターランセ
プロに転向して 2年目にイタリアで開かれていたキロメーターランセ(スキースピード選手権) に参加し、防衛庁の施設を借りて滑降フォームや装備を研究したこともあり、見事当時のスピード記録である、172.084km を出して優勝しました。見てて怖かったのは、滑ってから止まる時に、勢い余って転倒するのですが、その後の板を見ると板が 90度に折れ曲がっています。スキー板ってあんなに曲がるもんなんですね。

1966年 富士山直滑降
結果的に成功しているので、見てても怖い感じはなく、「おー、速いなー」で終わりです。1900年頃から滑られている山なので、当時でも富士山を滑る人は結構いたと思いますが、パラシュートをつけてまで直滑降をしようと考えた人はいないでしょう。時速 150km に達したらパラシュートが開く仕組みになっていたそうです。

1970年 エベレストスキー滑降
これは怖い映像です。当時はまだ日本人はエベレストの山頂に立っておらず、エベレストの登山許可すら取るのが大変だった時代だったため、現東京都知事である石原慎太郎さんの政治力を利用して許可を取り、撮影には石原プロダクションを使っています。

滑降はサウスコルからスタートしているのですが、スタートして 3秒ほどでパラシュートが開き、斜滑降気味に 30秒ほど滑ったところで転倒、そこから 40秒の滑落が始まります。このシーンが一番怖いです。必死にもがいていますが止まりません。ピッケルではなくストックで滑っているため、滑落停止も使えません。途中で板がはずれ、岩にぶつかって減速し、岩の下の雪の吹き溜まりみたいなところでスキーの板を胸に抱えて雪面に引っ掛け、何とか止まっています。助かるとわかって見ているからまだしも、当時の撮影隊はよくカメラを回し続けられましたね。凄いです。

1977年 南極ビンソンマシフスキー滑降
これもまた怖い映像です。南極最高峰ビンソンマシフから滑るのですが、途中の斜面で雪崩にもろに巻き込まれます。滑ってる本人も必死だとは思いますが、見てるほうも怖くなります。

これらの映像だけでもうおなか一杯です。マスコミ等に乗せられているところはあるとはいえ、自分が言うのも何なんですがこの人は本当に冒険家です。三浦さんの昔の著作を読みたくなりました。この DVD はスキーヤーにもクライマーにも、また、夢を追い続けるとは? 冒険とは? と模索している人にもお勧めできる 1本です。

昔の映像の特徴なのか、『地球を滑った男』のスキーで滑っている映像には "ギューン" とか "ピューン" とか昔の戦隊モノに入っているような妙な効果音が入っていて笑えます。



2004年5月26日

山野井通信

山野井通信が更新されていました。

瑞牆山ベルジュエールと海金剛スーパーレインをソロで登られたようです。単独登攀に向かう前の気持ちが書かれています。 "出発前のあの物悲しい気持ち"、"挑戦への意味を無理やりにでも見出そうとする試み"、"一人だと言う恐怖と開放感"、"せっかく生き残れたのに、またあの世界に戻るのか" という気持ちなどだそうですが、山野井さんにとってゲレンデのような岩場でもソロだと色々葛藤があるんですね。


2004年5月27日

フリークライミングテクニック インドア編

(1997/11 山と渓谷社 ビデオ)
フリークライミングテクニック インドア編

当分は山に行けなさそうなので、山に忙しくて、ここ半年ほどしていなかった部屋の整理を始めました。いつどこで買ったのか全く記憶にないような本やらビデオやらDVD がわらわら出てきましたので、時間がある今を使ってレビューしていこうと思っています。

木村伸介&理恵夫妻が主演のインドアでのフリークライミングの初心者向けビデオ。インドアでのフリークライミングがどんなものかという雰囲気をつかむには最適でしょう。

フリークライミングとはから始まって、ギアの説明、ストレッチ、トップロープ、リードでのクライミング、クリップの説明後、ムーブの解説を交えて 5.9-5.12 まで Pump2 で 4本のルートを登ります。

最後にコンペの映像として平山ユージさんの映像が流れて終わりです。コンペの出場者の顔ぶれから、1996年に池袋サンシャインシティで行われたジャパンカップ Round2 だと思われますが、この大会って確かユージさんの奥さん(宮岡姿慧さん) が初めてユージさんがクライミングをやっているシーンを見た大会だった気がします。

ちなみに音楽はすべて北山真さんです。


2004年5月28日

How to フリークライミング インドア編

(2004/4/26 山と渓谷社 DVD)
How to フリークライミング インドア編

昨日紹介したビデオの新版。7年の時を経て、主演クライマーを茂垣敬太 & 榊原佑子ペアに変更し、ジムも Pump2 からミストラルに変更になっています。

構成はナレーションも含めて昔のビデオの構成ほぼそのままです。新しく追加された箇所として、ホールドの持ち方、スタンスへの立ち方が加わり、ムーブにフィギュア 4 が加わった程度です。

フィギュア 4 なんて使うのかなと思いきや、5.12 のルートを登るシーンで使っています。慣れているせいか登っている流れの中で自然に使われていて綺麗です。

さらにルートの映像に 5.13 が加わっています。これはここ最近のクライミングレベルの向上を受けてでしょう。ナレーションでも前のビデオではコンペの決勝レベルが 5.12 と紹介しているのに対し、この DVD では 5.13 となっています。ちなみに最後のコンペの映像は松島暁人さんになっています。

クライミングの技術(ムーブ) 自体はここ数年ではほとんど変化しているとは思えませんので、クライミンググレードの向上は道具の進化とプロセス(トレーニング) の効率化によるものと思われます。また、ここ最近ジムも劇的に増えていますので、クライミング人口の広がりも関係しているでしょう。

あわせて関連本であるインドア・クライミングを読むといいかもしれません。

インドア編は木村夫妻、茂垣 & 榊原ペアと恋人関係で来ているので数年後に作られると思われる続編もペアで来るのでしょうか? となると・・・かな~。



2004年5月29日

フリークライミング・テクニック アウトドア編

(1997/11 山と渓谷社 ビデオ)
フリークライミング・テクニック アウトドア編

フリークライミング関連の映像を 2本続けてレビューしたので関連ビデオということでこれもレビューしておきます。杉野保、杉守千晶、保坂風美枝、小山田大さんが小川山、城ヶ崎、二子山の有名ルートを解説付きで登る映像です。解説付きとは言っても、解説はほとんどありません。クラック関連の技術はインドアでは練習できないことなので、ムーブの解説やカムやナッツのセット方法の説明にもうちょっと工夫があればいいかなと思いました。

紹介されているルートは以下。
小川山[ジャーマン・スープレックス(5.10c)、小川山レイバック(5.9+)、カサブランカ(5.10a)、彩花(5.10c)、イエロークラッシュ(5.12a)]
城ガ崎[風に吹かれて(5.11a)、キャデラック・ランチ(5.12b)]
二子山[ペトルーシュカ(5.12a)、ババージュ(5.12d)]

外岩でのフリー経験も皆無なのでルート名を聞いてもほとんどピンと来ませんが、生で見たことがある小川山レイバックとカサブランカは登ってみたいですね。

フリー関連の映像は洋モノが圧倒的に多いので、映像が見慣れた岩場だということもあり、洋モノよりは関心を持って見ることができます。

あわせて関連本であるフリークライミングテクニックを読むといいかもしれません。

昨日、一昨日紹介したインドア編がリメイクされたので、このアウトドア編もそろそろリメイクされると思います。平山ユージさんの Web の Message の Back Number を見ている感じでは、山渓のビデオ撮影が多数あったと書かれているので、アウトドア編の次作はユージさんなのでしょう。(邪推?)


2004年5月30日

フォトグラファー・梶山正 スライド&トークショー 「ペルー・ブランカ山群」

(2004/5/29 18:00~19:30 モンベル渋谷店)
フォトグラファー・梶山正 スライド&トークショー 「ペルー・ブランカ山群」

ペルーアンデスに興味があったのと、カムや山渓、ロクスノで名前をよく目にする梶山さんがどのような方か気になっていたので、講演会を聞きに行ってきました。

内容は、昨年の 7月~ 8月にかけて梶山さんが行かれたペルーブランカ山群のレポートをスライドショー形式で紹介するという内容でした。紹介された山はピスコ(5752m)、イシンカ(5530m)、アルテソンラフ(6025m)、キタラフ(6036m)、アルパマヨ(5947m) の 5峰です。

何年後かに行こうと考えていたので大変参考になりました。しかもアルパマヨでは現在の一般ルートであるフェラーリルートではなく、数年前に大崩壊したフレンチダイレクトから登られているので、Q&A で何点かルートの話しを伺え勉強になりました。スライドで見たアルテソンラフもかっこいいなぁ。アンデスはヒマラヤと違って、登山料もなく(入山料はあります)、アプローチも短く、安くさくっと登れるのでサラリーマンクライマーにとってはいいかもしれません。

ちなみにこの時のレポートはロクスノの No. 23 に出ています。

次に気になっているカメラマンは最近良く目にする新井和也さんです。


2004年5月31日

川上村フェスティバル(YUJI HIRAYAMA OFFICIAL SITE)

YUJI HIRAYAMA Official SiteMessage が更新されておりました。

5/22-23 に行われた川上村クライマーズフェスティバルの簡単なレポートと今後の予定が出ています。

PS に 6/5 で北海道・秀岳荘でのスライドショーのお知らせが出てますが、今年の B-session 第一戦の北海道大会の協力に名前があるので、その関連でしょう。お近くの方は是非。

山に行かない分、時間ができたので、クライマーの Web 日記なんぞを読み漁っています。Message の Back Number や Pump の Web にあるコラムページの Back Number なんかも全部読んで見ました。Top クライマーだからか、指や手首、肩など結構怪我をしており、リハビリ中のモチベーションの維持方法や怪我をしないようにするにはどうすべきかなど参考になるコラムも結構あり、ためになります。

そーいえば今日の某新聞朝刊の某金融の広告にフリークライマーの尾川智子さんが載っててびっくり。イメージダウンにならないのかな~?


 
 
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