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2009年3月 1日

第 5回 アイスキャンディカップ

もうほとんど惰性でしたが、自分の現在地の確認ということで、今年もアイスキャンディカップに参加してきました。全く変わり映えのしないメンツと今週 "も" ご対面www

結果としては 6位。参加メンバーを考えると妥当な順位です。5位と 6位の間には日本海溝なみの溝があって、まったく違う世界が広がっており、自分が到達するのはたぶん無理な世界でしょう。



2/28
予選
ビギナー 3課題、オープン 4課題で、すべて男女共通のセッション方式で行われ、当方はオープンに参加。4課題中、3課題は氷オンリーの課題で、立体的なルートになっており、楽しんで登れました。

難しさはジャパンカップの予選よりはやや難しい感じ。非常に窮屈なムーブが要求される課題で 1度バウンダリーに引っかかりましたが、ルートセットの参考になるいい課題で、なるほどなーと思いながら登っていました。

予選は 4完登 5トライの 4位タイで通過。男子は全完登者の 8名が予選通過となりました。韓国選手は当然ながらみんな強く、サクサク登っていました。

女子は全完登の 3名(韓国 2名 + 石原さん) + 安達さん。安達さんすごいですねー。

ビギナーは見ていなかったのでよくわかりませんが、アイスを始めたばかりの恩田さんが参加していたのには驚きました。



スライドショー
夕食後は、なぜか来日しているコンラッド・アンカー(Conrad Anker) と馬目弘仁さん + 岡田康さんによるスライドショー。

コンラッドのスライドショーは、2007年のアイスクライミングジャパンカップ、今年で 6年目となったクーンブ・クライミングスクール (Khumbu Climbing School) が前菜で、メインは 2008/10 におこなったヒマラヤ・メルー (Meru)・Sharks Fin への遠征。全編動画で構成されておりましたが、基本的に、メルー遠征時の Blog に掲載されている動画を繋いだものでした。

馬目さんと岡田さんのスライドショーは 2008/11 のネパール・テンカンポチェ(Tengkang Poche/6500m) 遠征がメイン。岳人で記録は読んでいたものの、映像を見るのは初めてでした。やっぱりでっかい壁はイイ!! そろそろどっか行きたいなぁ。今回、馬目さん、岡田さんと初めてお話しでき、一人で勝手に舞い上がっておりました。

その後もぐだぐたと、江本さん、ノースのスタッフさん、コンペメンバーと日付が変わるまで飲んでおりました。



3/1
決勝
決勝はオンサイト方式で男女共通課題。ビギナー、オープンの順番でおこなわれました。

ビギナーの決勝課題は、昨日のオープンの予選課題 4 と全く同じ。最近はやりのリサイクルってやつですね、わかります。エコエコ!!

ビギナーの優勝は、参加段階でほぼ確定していた越さん。完登者が今回は 4人おり、完登タイムによって順位を付けていました。



オープンの決勝課題は、氷のトラバースから入り、ドライ壁をメインに据えた去年同様の長い課題。

氷は時間稼ぎの前菜なはずなのに、奈良さん、吉田さん以外は、バウンダリーだったり、すっぽ抜けだったりと、全員 1度は登りなおす羽目に。当方も出だしでいきなりバウンダリー外に蹴り込みました。

最初の核心はアイスからドライ壁に移り、ルーフに入るところのホールド。ムーブが狭くて遠かった・・・。江本さんの設定だとランジだったそうですが、アイスコンペでは確率が低いムーブになるため、ランジで解決した選手はおらず、全員うまく体を振っていました。ここまでで半分がリタイヤ。当方もここでおしまい。もう少しいろいろとムーブを試せばよかったなぁ。

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ここで終了。

次の核心は 2連続のピノキオの処理。ピノキオから次のホールドが結構遠く、ここで順位がつきました。ここを超えた選手が表彰台となり、優勝は吉田さん。ジャパンカップに続き 2連覇となりました。僅差で奈良さん、山岸さんと続きました。

韓国勢は南こうせつこと、催元一選手が 4位、5位には去年も参加された石井さんこと廣炯浣選手が入りました。

女子は、去年に引き続き参加の辛雲善選手が断トツで優勝して 2連覇を決めました。ヒールをパーツごと完全に外した状態での参加で、男女総合で見ても圧倒的な強さでした。

2位に入った鄭雲花選手は去年のジャパンカップに参戦した選手。去年よりもムーブが滑らかになっていました。予選結果のカウントバックにより、石原選手は 3位でした。

決勝ルートは、最初のハング下が核心になるとは、オブザベ段階では誰も予想せず、結果的に、競技時間の 6分というのも短すぎ、優勝した吉田さんがなんとか半分まで行けたという結果でした。この辺の難易度のさじ加減は非常に難しいところでしょう。江本さんお疲れ様でした。

現状のコンペメンバーを見ると、奈良さんと吉田さんはお互いに切磋琢磨してはるかな高みにあり、その後を石井さん、山岸さんがつけていて、そのはるか下にほかのメンバーがいる感じです。ビギナーと上級者の間の層に対する対応をどうするかが現在問題になっていますが、参加人数がもっと増えないことにはクラス分けをすることは難しいでしょう。各クラス数人でコンペをやってもしょうがないですし・・・。

決勝リザルト(敬称略)
順位 オープン男子 オープン女子 ビギナー
吉田 貢 辛 雲善 越 友宏
奈良 誠之 鄭 雲花 高野 友宏
山岸 尚将 石原 幸江 清水 智
催 元一 安達 苗穂子 梶谷 隼人
廣 炯浣 狩野 克樹
榎戸 雄一 松永 夕花里
岸 育未 金子 まどか
横川 秀樹



その後は表彰式、じゃんけん大会をやって解散となりました。今回は The North Face 、大塚製薬がメインのスポンサーとなり、石井スポーツ、Ice Extreme 等も商品提供で協賛されていました。いろいろ御馳走になり、ありがとうございました。

コンペ終了後に馬目さんにいろいろ伺いたいことがあったのですが、North Face の撮影で、コンラッド・アンカー、韓国チームの人たちと大同心大滝へ行かれてしまいました。残念。

関連情報
赤岳鉱泉 (コンペのレポート、リザルトが出ています)
コンペ終了! (鉱泉日誌)

赤岳鉱泉 Ice コンペ (Plastics・ICE)
アイスキャンディカップ (Puutaro-blog)
アイスキャンディーカップ報告。その1。 (クライマー「H」の研究室)
キャンディ杯報告2(第5回赤岳鉱泉アイスキャンディーカップの結果) (クライマー「H」の研究室)
男子決勝の動画。第5回アイスキャンディーカップ(2009年3月1日) (クライマー「H」の研究室)

アイスキャンディーカップ (Masami Climbing)
キャンディカップ (私の青空)
赤岳鉱泉アイスキャンディカップ1 (正しく生きる)


これで、今シーズンのアイスはたぶん終了、なはずです。皆様、お疲れ様でした。

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2009年3月 6日

[雑誌]ROCK & SNOW 2009春号 No.43

(2009/3/6 山と渓谷社)
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ジャパンカップのレポートと DVD のレビューを書きました。

ジャパンカップのレポートは時系列を追ってざっと書きました。より詳細な内容に関しては、別途ここで書きたいと思います。

コンペのレポートを書くと、他でおこなわれているコンペのレポートが気になってきます。今号では平山ユージさんによる The North Face Cup、1月に船橋ロッキーでおこなわれたグレゴリー & ヨシキ P2カップの記事。コンペの狙いやセットの大変さなど色々と参考になります。いずれも時間があれば 1度は観戦したいコンペです。



DVD レビューで紹介した作品は、『DOSAGE vol.1 - 5 コンプリートボックスセット』、『ON SIGHT』、『committed vol.2』、『SIDEWALK SLOPERS』の 4枚。

DOSAGE のボックスセットは本当にお買い得なので、DOSAGEシリーズを持っていない人は是非。逆に、全部持っている場合は・・・。ケースだけで売ってくれないかな。

『SIDEWALK SLOPERS』は、他に紹介する DVD がなかったので、ややネタ気味ですが、入れてみました。



今号のメイン特集は、前号に引き続き最難。ボルダーとクラックルートが特集されています。

ボルダーはめったにやらないので課題の名前しか知らないモノが多かったです。デイブ・グラハム(Dave Graham) によって v16 に関するグレードの暗黙の了解があったということも知りませんでした。

クラックでは UKトラッドは除いた、純粋なクラックルートのみが紹介されています。が、Cobra Crack の説明は間違っています。ニコラ・ファブレス(Nicoras Favresse) が第 2登したのは、2008/7 ですし、2008/9 にはマット・シーガル(Matt Segal) が第 4登しています。

グランドイリュージョン、スティングレイのレポートは良かった。中原栄君がいつの間にかクラッククライマーになっているのも驚きです。

クラック繋がりで、杉野保さんの『城ヶ崎 トラッド 10選』も併せて読みましょう。



第 2特集も前号に引き続き、「強くなるためのトレーニング法」。今回はアルパインクライマー編です。

共通して言えることは、「冬のシーズンは 12月 - 3月と短いので、どんどん山に行って経験を積め、山に入ることがトレーニング。」ということです。

『WCM』の記事も併せて読むと面白く、特に森山さんによる "まとめ" は目標としてわかりやすい。

関連エントリー
[雑誌]ROCK & SNOW 2008 冬号 No.42 (2008/12/6)
[雑誌]ROCK&SNOW 041 (2008/9/6)
Rock&Snow 40 (2008/6/6)
ROCK&SNOW No.39 (2008/3/10)



2009年3月 7日

山野井泰史講演会「奥多摩の山・世界の山」

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今日は都岳連海外委員のお仕事。社団法人東京都山岳連盟 60周年記念式典の一環としておこなわれた山野井さんの講演会のヘルプで参加しました。

山野井さんの講演会は、初めて山に登った 幼少期の写真から始まり、去年の熊に襲われた後までを 1時間でざーっとまとめられました。

内容を箇条書きで

  • ヨセミテでクラックを登っていたことが世界に繋がった。クラック技術、プロテクション技術、荷揚げなど、ビッグウォールのテクニックは現在は余りはやらないけど重要だった。この頃は、空手着や柔道着のズボンで登るのがはやっていた。
  • トール西壁を単独で登ったことによって、単独行の自信がついた。
  • パタゴニア・フィッツロイは非常に孤独を感じ、精神的にかなり追い詰められた。しかしながら、孤独は山にとっては必要不可欠な重要な要素。
  • ブロードピークが最初の高所登山。高所でも比較的強いことが分かった。
  • この頃は冬季の富士山の荷揚げのバイトをしていた。都合 11年やって、200回以上積雪期に登っている。
  • 富士山で怪我をしてから、奥さんの妙子さんと奥多摩に引っ越す。静かな生活を送りたかった。あえて情報からは距離をおいた生活。
  • 92年のアマダブラムは体調悪かったが、登るときだけは調子が良かった。
  • 94年のチョー・オユー南西壁は自分のベスト 5 に入る。
  • レディースフィンガーは食料が足りなかった。8日間の食料で、12日間をもたせた。クライミング用のチョークを食べていた。
  • マカルー西壁は取付きから見て無理だと思った。地球上にはまだ課題が残っている。幸せなことです。
  • クスムカングルは今までで一番難しかった。5.9 くらいの壁を 1300m プラブーツでフリーソロ。これ以上難しい登山はいまだにやっていない。
  • 2000年の K2 は上部で韓国隊と合流したし、所々でフィックスロープをつかんでしまったので、単独とは言えないし、登山スタイルとしても良くない。この頃が一番体力があった。
  • ギャチュンカンの話をするのはもう飽きた。でもいい登山だった。世界で 15番目の高峰。
  • 退院してから半年後に四川に行って、過去に写真集で見た山を見つけて運命を感じ、復活のきっかけにしようと思った。
  • 手足がすぐに凍傷気味になってしまって困った。クライマーとして、まだ死んではいないことを証明したかった。
  • グリーンランドのオルカはあっけないほど簡単に登れた。グリーンランドには未踏の山はまだまだたくさんある。登山のレベルは高くないけど、地図から壁を探して登るという探検的要素が面白かった。テレビをつけたのはお金の問題。
  • 2008年に行ったハンテングリは薄い酸素の中で登れるかのチェックに行った。まだシーズンが早かったので、人が少なくて楽しめた。
  • キルギスのキャラバンは 35度の中で大変だった。スイカとメロンの原産地で毎日食べていた。
  • カラフシンの壁では 1000m を 1日で登らねばならず急いだ。1ピッチ 30分で 30ピッチ、15時間。最後の 300m は大雪。下降中にみぞれに変わり、壁は滝になり、その中で 1晩ビバーク。下に降りてから、小川が濁流に変わっていて、徒渉で流され死にそうになるが、大内さんに助けられた。
  • 今はのんびりとした生活を送っている。情報に流されることなく次に登る山を考えたい。
  • 熊が出るくらい自然豊かなところで生活できて幸せ。奥多摩の山も、世界の山も分け隔てなく美しく魅力的。
  • 年を取っても、動けなくなるまで登っているでしょう。



「まだ顔が完治していないので、人前には余り出たくない」とのことでしたが、遠目にはほとんど違和感ない感じでした。

今日は午後から用事があったので、山野井さんの講演だけ聴いておいとましました。とは言え、ここに来たら、ARMS に行かないと、ということで、お昼は ARMS で食べました。

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都内で一番好きなハンバーガー屋さん

関連情報
Breakthrough -- 突破する力 山野井泰史 (朝日新聞グローブ (GLOBE))
ー山野井通信ー

関連エントリー
競う ライバル物語 山に生きる登山家夫婦の絆 (2004/4/5)
なぜ人は山を登るのか 「垂直の情熱」について 沢木耕太郎 x 山野井泰史 (2004/4/19)
エルク20周年記念イベント「山野井泰史スライド講演会」 (2004/5/20)
山野井泰史講演会 垂直の記憶 岩と雪の7年 (2004/6/25)
山野井泰史 「復活」の大岩壁 (2004/7/17)
山野井泰史講演会 @柏市中央公民館 5階大講堂 (2004/11/27)
山野井泰史 講演会 「グリーンランドのクライミング報告」 (2007/11/15)



2009年3月 8日

第 30回 高所順応研究会

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昨日に引き続き、今日も都岳連海外委員のお仕事。今日は今年で 30回目を迎える、高所順応研究会。今回は、竹花晃さん、塩田純一医師、柏澄子さんをお呼びして行いました。



■ 高所順応の基礎知識 - ネパールでの実際 - 竹花晃氏
高所順応の基礎知識に関して。

急性高山病、高所肺水腫、高地脳浮腫等の高所障害の説明から始まり、対応するための高所順応の方法、日本での高所トレーニング、現地での環境順応法、高山病になってしまったときの対処法など、多岐にわたる内容でしたが、スライドが非常に簡潔にまとめてあり、わかりやすい内容でした。



■ 高所障害の実例と対処 - 塩田純一医師
塩田医師には毎年講演をして頂いているものの、短時間で駆け足気味だったので、今年は 2部に分け、時間を多めに取っておこないました。

近年の学会で発表された、最新の高所障害に関する論文の説明から始まり、高所障害に関してより医学的、専門的に解説されました。

最近は、より低所から酸素を使用した登山をおこなうため、身体がきちんと高所に順応しないまま、登山活動に入り、何かアクシデントがあると、身体への影響が大きくなり、問題になる例が多くなっているそうです。



■ 登山中の突然死と高所登山 - 柏澄子氏
柏さんの専門分野、登山における突然死、特に高所登山での例を挙げながら説明されました。

高所における突然死は、遺体の回収も難しく、死因の特定が難しいため、低山の突然死以上に、不明点が多いとのことでした。

柏さんは昨年、本を上梓された後も、突然死に関する取材は続けられているそうです。

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その後は Q&A の時間を 30分ほど取って終了となりました。

関連情報
東京都山岳連盟 高所順応研究会にて (旅の空)

関連エントリー
第 28回高所順応研究会 (2007/2/4)



2009年3月15日

草津・白根山周遊

地元の方とスキーで草津・白根山を周遊してきました。

ロープウェイで上がり、パトロールに入山届けを出してから、シールを貼り、白根山の湯釜を目指して出発。

湯釜目指して出発。
湯釜目指して出発

登りは白根レストハウスからの数百メートルだけ。今日は快晴で見晴らしも良く、他のパーティもちらほら伺えました。スキーとスノーシューの割合は半々といったところでした。

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湯釜はエメラルドグリーン。火口の縁に立つと、風が強かったのですが、湖面は全く波立っておらず不思議でした。

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湯釜

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白根レストハウス

湯釜からは芳ヶ平ヒュッテ目指して一気に滑り降りました。雪はザラメっぽいバーンで、スキー場に近い感覚で、苦労なく滑れました。

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芳ヶ平ヒュッテ

芳ヶ平ヒュッテで昼食。外見の無機質さとは裏腹に、内部は凄くよく手入れの行き届いた小屋でした。今度は泊まりに行きたくなりました。

もっと長居したかったのですが、上の駐車場に行く道のゲートが、夕方には閉まってしまうとのことで、14:30 頃においとまいたしました。

このエリアは完全にスキー場のパトロールの管轄で、全スキーヤー、登山者を管理下に置きたいようで、小屋には常にスキー場との無線連絡が入ってきており、小屋の主人はかなり振り回されていて忙しそうでした。そこまで束縛しなくてもと思いましたが、小屋にいたときもプチ遭難騒ぎがあり、そうも言ってられない状況だということが分かりました。

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草津目指して一気に

小屋からは、草津の街を目指して、登山道を一気に滑り降りました。スキー場の下まで 1時間くらいでした。

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途中の常布ノ滝。水量が多いので凍らないようです。

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草津国際スキー場は昨日よりもすいていました。



2009年3月22日

黒部横断

せっかく山スキーを始めたので、スキーの機動力を生かした山行をしてみたくなり、黒部横断をしてきました。

ラインはもはやクラシックとなっているラインで、澤田さんが 2004年におこなった記録を参考にしました。

澤田実のチャレンジ 黒部横断 11時間18分 (ディナフィットNEWS)

さらに言うと戦国武将の佐々成政が 1584年の冬におこなったと記録されている "さらさら越え" のラインともかぶるので、まさにスーパークラシック。



日向山ゲート(3/21・4:40/1000m) - 扇沢(6:10/1420m) - 針ノ木大雪渓 - 針ノ木峠(10:30/2536m) - 針ノ木谷 - 黒部湖(13:00/1430m) - 中ノ谷 - ザラ峠 (20:00/2348m) - 湯川谷 - 立山駅(3/22・12:45/480m)

1DAY を狙いましたが全然無理で、途中のオープンビバークも含めて結局 32時間かかりました。水平移動距離は 38km、登りの累積標高差が 2454m、下りは 2974m。

とにかく雪が少なく、たび重なる渡渉と高巻きに肉体的にも精神的にもかなり削られました。立山駅までの林道にもまったく雪がなく、スキーを使えず、かなり余計に時間を食いました。

あとは絶対的な体力不足のおかげでビバークを余儀なくされました。とはいえ、黒部の山奥に、一瞬でしたが、最初から最後まで誰にも会うことなく、1人でどっぷりと浸かれて、黒部の持つプレッシャー、緊張感などかなりいい勉強になりました。



当初は 3/20 に出発する予定だったのですが、雨のために 1日順延し、3/20 は信濃大町で読書にふけっていました。

3/21、日向山のゲートに車をデポして 4:40 分に出発。天気は文句なしの快晴で、星がきれいに見え、東の空には三日月が顔を出していました。

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日向山ゲート

部分的に凍った林道をスニーカーで、扇沢に向けてアプローチ。とにかく全行程踏破が目的だったため、体力は温存する方向で、比較的ゆっくり目のペースでスタートしました。

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扇沢

すべてのシャッターが下りている扇沢ターミナルには 6時頃に到着。"監視カメラ作動中"、"トンネルは施錠されています" という看板を横目に、スキー靴に履き替え、スキーを付けて針ノ木雪渓に降りました。雪面にはいつのものかわからない、スキーとわかんの古いトレースが残っていました。

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針ノ木大雪渓下部

トレースは大沢小屋あたりまで続いていました。下部の堰堤は埋まってはいるものの、真ん中からは越えられず、右岸側から高巻きました。雪質はザラメでシールがよく効いて快適でした。

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針ノ木大雪渓上部

マヤクボ沢との分岐あたりから勾配が急になり、直登出来なくなったためジグを切って上がるも、それもすぐにできなくなり、アイゼンに切り替えました。

しかしながら、昨日積もったと思われる雪が 15cm ほどあり、軽いラッセルとなり、結構消耗しました。傾斜が緩くなったところで再度スキーに履き替えました。やっぱりスキーの方が楽です。

針ノ木峠のすぐ下までスキーで頑張り、最後の 10mだけつぼ足で担ぎました。針ノ木峠には 扇沢から 4時間かかって 10:30 に到着。予定より 30分オーバー。

天気は、やや風は強いものの、鹿島槍方面も、槍ヶ岳方面もきれいに見え、最高でした。

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針ノ木峠より爺ヶ岳、鹿島槍方面

これから下る針ノ木谷も思っていたほどは傾斜が強くなく、雪質も安定していたので、針ノ木峠から滑りました。上部はかなり広いバーンだったので、大きくラインを取り、スピードを殺しながらの滑降、デブリが出始めてからは転ばないように、ラインを選んで滑りました。

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針ノ木峠よりこれから下る針ノ木谷。正面奥が槍ヶ岳

谷はすぐに狭くなり、ゴルジュっぽくなって来たあたりから水流が顔を見せ始め、雪渓も水流で分断されており、頻繁に渡渉するはめになりました。本谷に合流するまでの 20回ほどのスキーの着脱で精神的にかなり参りました。しかも雪はぐずぐずのザラメで、つぼ足になったとたん腿まで潜る状態に、かなり体力を奪われました。

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針ノ木谷。本谷合流手前

本谷に合流し、谷が広くなり、幾分滑れるようにはなったものの、それでも渡渉は数回あり、雪渓が厚いため、渡渉地点のルーファイに難儀しました。

おかげで、黒部湖に着いた時点で体力的にも精神的にも結構参っていました。黒部湖へは 13時に到着。

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黒部湖。湖面は遥か彼方でした

黒部湖は 50m 程の幅広い川。湖岸は砂浜状態で全身砂まみれになり、おまけにヘドロみたいなものも随所に溜まっていました。

平ノ渡あたりで、下半身すっぽんぽんになって一気に渡渉。川幅が広いため、深い場所でも太腿程度で済みましたが、水が半端なく冷たく、感覚が戻るのに結構時間がかかりました。

今回は、出発前に澤田さんにヒアリングをしており、その時の情報では、中ノ谷出合へはスキーで行けたとのことでしたが、対岸に雪は全くなく、中ノ谷出合は完全に川になっており、とてもスキーで行ける状態ではありませんでした。仕方がないので、怪しげな亀裂の入った雪壁を登り、小さな尾根を越えて中ノ谷に降りました。

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中ノ谷出合

澤田さんの情報だと、中ノ谷ゴルジュは雪で埋まっていて、スキーで通過できたとのことでしたが、現状は雪渓が完全に崩壊していて、怪しげなスノーブロックが引っ掛かっている状態で、とても普通に通過できる状態ではありませんでした。

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中ノ谷ゴルジュ。高巻にかなり苦労しました

仕方がないので、右側の尾根(左岸側) から高巻けそうだったので、右の尾根から巻きました。しかしながら、この巻きが一苦労。ラッセルは太腿だし、樹林帯に入るとザックに付けたスキーが引っ掛かって邪魔だし、最初は上がりすぎで崖にぶつかって降りれなくなり、高度を下げて再度トラバースして何とか滝の上に出ました。結局ここの通過だけで 2時間以上かかりました。

滝を超えてからは、傾斜のない斜面が延々と続きます。水流は完全に雪渓の下なので、ラインを考える必要はほとんどないのですが、両岸からのデブリ跡がもの凄く、いちいち足を取られて難儀しました。

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中ノ谷中部。デブリの処理に時間を取られました

中ノ谷はゆるい傾斜がだらだらと長く、行けども行けども高度を稼げず、1900m あたりで日没。暗い中でも、ザラ峠のシルエットは上に見えているのですが、なかなか近づいてこない。しかも登るにつれて風が強くなり、雪面もアイスバーンになってきて、気を抜くと後ろに滑り出す始末。体力はもう限界に近い状態でしたが、ザラ峠まで行ってしまえばあとは下るのみと考え踏ん張りました。

結局ザラ峠に着いたのは 20時となり完全に闇。峠は体ごと飛ばされそうな強風が吹き荒れていました。

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ザラ峠。恐ろしいほどの強風でした

反対側の湯川谷へのルンゼはかなり急で、雪の状態もアイスバーンだったため、上部はアイゼンで降り、傾斜のだいぶ落ちた 2000m あたりでスキーに履き替えました。

スキーを履いても、ヘッドライトで見える範囲しか滑れないので、ゆっくり慎重に下りました。

温泉の匂いが強くなって来たらすぐに堰堤が出現。突然スパッと切れ落ちており、危うく 10m ほどダイブするところでした。ここは右岸側の雪がつながっている個所をアイゼンで降りました。

次の堰堤も右岸側がかろうじて雪がつながっていたので、ここからアイゼンで下降。しかしながら、シュルンドが頻繁に現れはじめ、足もパンパンでスキー操作も危うくなってきたので、樹林帯まで少し上がり、簡単に雪洞を掘ってオープンビバーク。

暗くなっても動いてればいいやと考え、軽量化のためにビバーク装備を何も持ってこなかったので、スキーを敷いて、ザックを履き、大型のスタッフバックをかぶって着のみ着のままでビバークしました。やや寒くはあったものの、朝まで快適に寝れました。



5時半頃から明るくなってきたので、荷物をまとめて出発。天気は、雲が垂れ込めてどんよりとしており、すぐに雨が降り始めました。

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ビバークポイントより湯川谷下流域

シュルンドを適当にかわしつつ、基本的には右岸を滑りました。松尾谷の出合あたりで、地図にない林道にぶつかり、そのまま林道を滑りました。左岸へ渡って少し行くと、泥鱒池への底板が外された吊橋に出ました。

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底板を外された吊橋。ここでルーファイミス

澤田さんの記録に

板の外されたつり橋を渡って右岸へ

という記述があったため、結構怖い思いをして吊橋で右岸に渡り、右岸を下降するも、地形図にはない、大崩壊地にぶつかりすぐに行き詰ってしまいました。

吊橋まで戻ろうか、それとも前方に見えている目的の橋まで頑張って降りるか逡巡しました。何か動いたと思って、ふと下を見るとカモシカが崖の手前の斜面を下っていました。カモシカが下れるなら降りられるだろうと考え、アイゼンに履き替えて下りました。何箇所か怖い箇所もありましたが、無事に河原に降り、大崩壊地の下部を早足で通過してからスキーに履きかえました。

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赤線が実際に通ったライン。たぶん緑線の方がベスト

その後、堰堤を 2箇所、スキーを脱いで越え、湯川谷の目標とした橋へ。ここからはヒアリングの情報通り。左奥にある索道の発着所に行きそこから前方下部に見える川原の橋を目指して滑り降りると、地形図には載っていない林道に出ます。あとはこの林道を立山駅までひたすら滑るのみです。

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湯川谷の目標の橋周辺

澤田さんの記録だと立山駅付近までスキーで行けたようですが、今年は雪が全くなく、サブ谷付近で雪が絶え絶えとなり、ここからスニーカーに履き替え、歩きに切り替えました。荷物は重くなるし、ザックに付けた板は強風であおられるしで、おかげでここから 2時間以上も歩く羽目に。スキーで行けたら楽だったろうなぁ。

途中に一箇所、堰堤で林道が分断される箇所があります。堰堤に付けられたハシゴも下りられるのですが、結構怖いので、すぐ右手に走っている索道跡を歩いてから林道に出ました。

今日は朝からずーっと雨、おまけに 8時頃からは強風も吹き始め、完全に暴風雨状態。立山駅に着く頃には、全身びしょ濡れですっかり身体が冷え切ってしまいました。

結局立山駅が見えてからも、駅周辺の道がよくわからず、右往左往した揚句に、工事関係者の橋を渡って駅へ。駅員しかいない、さびしい立山駅への到着は 12:40 でした。

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富山電鉄立山駅

本当は富山で美味しい魚をつまみに、のんびり一杯やりたいところでしたが、今日中に信濃大町で車を回収して帰らないと行けなかったので、"ますのすし" で我慢。

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特選 ますのすし

日向山のゲートで車を回収し、閉まる寸前の大町温泉郷でお風呂に入り、途中で仮眠を取りながら東京に戻りました。



積雪期の黒部横断はやっぱり総合力が問われると強く感じました。あとは体力。どちらかというと滑り重視のスキー板だったので、足への負担が重く、トレーニングとしてはよかったのですが、ツアー用のもう少し軽い板とビンディングが欲しくなりました。



2009年3月18日

スキートレ

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某ガイドさんを講師にスキートレ。

自分の現状、まず直すべきポイント、目指すべき滑りがよく分かりました。トレーニングに励みたいと思います。先はまだまだ永い。



2009年3月19日

[雑誌]山と渓谷 2009年 4月号

(2009/3/15 山と渓谷社)
山と渓谷 2009年 4月号

ジャパンカップの記事を書きました。

「アイスクライミングコンペが分からない人にも分かるように書いて下さい」という注文でしたので、ロクスノとは大幅に変え、コンペの説明を主体にして書きました。



2009年3月28日

北ア・焼岳

いつもお世話になっている方のお誘いで、北ア・焼岳に行ってきました。登りも下りも重い湿雪に苦しめられましたが、いい勉強になりました。



坂巻温泉(7:30) - 釜トンネル入口(7:50) - 大正池(8:30) - 焼岳北峰(13:30) - 大正池(15:30) - 坂巻温泉(16:40)

坂巻温泉に車をデポして(500円) から釜トンネル目指して出発。予想よりも近く 15分で到着。トンネルでは焼岳に向かうパーティが数名、出発準備をしておりました。

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釜トンネル

釜トンネルの中は非常灯以外の電気が完全に消されており真っ暗。少し怖かったので、ヘッドランプを使って歩きました。

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釜トンネルを抜けると向かいに焼岳がドーン

道は圧雪されており、特に苦労することもなく、スニーカーで大正池手前に架かる橋まで歩けました。

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明神岳

橋でスキーに履き替え、シールを貼って出発。下堀沢と中堀沢の間の尾根を登っていきました。尾根には昨日降ったと思われる雪が 20-30cm 程積もっており、終始ラッセルとなりました。

まだ気温が低いうちは良かったのですが、10時頃から雪が腐り始め、一気に雪が重くなり、ラッセルの大変さも増しました。

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ラッセルしながら尾根を登る

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振り返ると上高地

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当初は焼岳と思っていましたが、手前の岩塊でした

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後ろには霞沢岳

下堀沢が見えてきたあたりで、上に見えていた岩塊の手前から左にトラバース気味にラインを取りました。

下堀沢に入ったところで、上からボールの中をボーダーとスキーヤーが 3-4名かっ飛んで来て、あっという間に滑って行きました。

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下堀沢目指してトラバース

下堀沢をトラバースしているときに対岸の尾根にはなにやらツアー客らしきパーティがわらわらと下って行きました。あれは何ぞ?

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大量の人

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下堀沢を山頂目指してラッセル。

対岸の尾根に上がってからは、クラスト気味の雪面をジグを切りながらギリギリまでスキーで上がり、山頂直下 50m くらいでツボ足に切り替えて、山頂まで行きました。

山頂直下は強風が吹き荒れており、写真だけ撮り、すぐに下山へ入りました。

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山頂

パートナーは山頂直下からすぐにボールに飛び込んで、滑って行ってしまいました。自分には山頂直下からでは厳しそうだったため、少し下がった場所からボールにドロップ。

残念ながらまともに滑らせてはもらえませんでした。というか、深雪の滑り方が全然分からず、もがいてはみたものの全然駄目。とりあえず降りてるだけでした。

おまけに、スキー板に雪がつき始め、下駄になる始末。

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山頂ボール

基本的には上がってきたラインを滑っておりましたが、樹林帯はさらに雪が悪くなっており、表面がサンクラストしたツリーランも何とか下までこなしたという感じでした。

パートナーには「ジャンプすればいいんだ YO!!」とアドバイスをもらうも、羽がないので、上半身がばたばたしているだけで、残念ながら飛べませんでした。とりあえず、雪質の違いによる、難易度の違いはよく分かりました。

大正池でスニーカーに履き替え、坂巻温泉まで一気に下り、今日中に東京に戻るパートナーを松本駅まで送り、当方は翌日に備えて、再度来た道を戻り、新穂高温泉に移動して車中泊。

途中で新平湯温泉に入り、前から行きたかった平湯温泉の奈賀勢で飛騨牛をがっつり食べて栄養を補給しました。

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奈賀勢のテッチャン



2009年3月29日

北ア・乗鞍岳



 
 
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