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2010年12月 9日

横山勝丘講演会・「糸 ~岩、山、人~ 北米クライミングトリップ14ヶ月の記録」

12/9 にパタゴニア・横浜店で行われた横山勝丘さんの講演会、「糸 ~岩、山、人~ 北米クライミングトリップ 14ヶ月の記録」を聞いてきました。

当日はお店の一角にスペースを取って椅子を並べ、前方にスクリーンとプロジェクターを設置して行われました。当日の参加者は 30名程度でしょうか。

以下講演会メモ。



今回の講演会はパタゴニアのアンバサダーとしては初めての講演会。大したことはしておらず、経験したことしか話せないが、クライミングの喜びが共有できればと思う。

● 山を始めたきっかけ
1979年 4月 5日、6人兄弟の末っ子として、神奈川県相模原で生まれた。小学校の時の趣味は相撲。両国国技館で相撲をとったこともある。

8歳から山歩きを始めた。父親は趣味で山登りをしていたが、父親が捨てようとしていた「山と渓谷」誌を読んだのがきっかけ。周りの人が見ているアニメやファミコンにはまったく興味がなかった。

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中学の時は自転車で裏山によく行っていた。雪が降った日は丹沢まで行っていた。歩いて行ったこの先には何があるんだろうというドキドキ感とワクワク感が、映画の主人公になった気分で好き。大学に入るまでクライミングはせず、ひたすら歩いていた。

山が近いからという理由で信大へ入学し、山岳部へ入部。年間 200日以上は山に入っており、1ヶ月間誰にも会わないまま山の中にいたりもした。大学時は仲間の大切さを実感した。一緒に何かを成し遂げるのが好きで、ソロは基本的にやらない。


大学卒業後も遠征続きだった。安く行けるし、少しでも多くの壁を登りたかったので、ヒマラヤよりもアラスカばかり行っていた。とにかく遠征をしたかった。

1年のうち 5ヶ月は遠征をするという生活を 5年続けた。やりたいこと、やれることがどんどん増えたが、全てたくさんのパートナーのおかげ。


何人か仲間を亡くした。2008年に山田達郎、井上裕人を亡くしたのが一番つらかった経験。2007年にはアイスクライミングでグランドフォールをし、頭蓋骨骨折と雪崩に流されて 2回死にかけた。死んだ人と自分が生きていることの差をずいぶんと考えたが、答えは見つけられず、運が良かっただけ。いつ死ぬかわからないから、自分自身がやれることをただやるだけ。

● 北米ツアー
クライミングのことだけを考えたくて、2009年 4月 ~ 2010年 5月に妻と北米へクライミングトリップに出発した。最後にカナダ・ローガン南西壁を集大成としてうまく締めれた。

色んな経験、出会いがあった。トイレ以外は常に誰かしらのパートナーがおり、必ず誰かと登っていた。誰かといる方が落ち着く。ここからの話は仲間達、僕達の話として聞いて欲しい。


2009年 4月に、まずはやり残したことがあったアラスカのバックスキン氷河へ。ベアーズトゥースのイーストフェースに過去 2回トライして、まだ登れていなかったので、再トライ。しかし、状態が悪く、半日粘ったが駄目だった。

そこで、カヒルトナ氷河へ移動して、ハンター北壁の Wall of Shadowsにトライ。最初のトライでは悪天のために敗退。いったんベースに下降し、1.5日は好天という情報を得たので、再トライ。山頂は壁の終了点から結構距離があるため、天気予報の情報を得た段階で、山頂はあきらめていた。

荷物は軽量化して 3kgのウエストバッグだけ。1994年の初登時には 1週間かかっているラインを 29時間で終了点へ。第 4登。

半分ルートを知っていた、情報があるから早く登れた。技術の差ではなく、未知かどうかの差。情報の有無でプレッシャー、クライミングの内容が全然変わってくる。ルートの情報を持ってるから軽量化ができる。

天気が悪くなるという予報だったので山頂はあきらめたが、下山してもしばらくは天気が良かった。山頂へ行けば良かった。天気を言い訳にするのは弱い人間。情報に踊らされており、モチベーションも削られてしまい、山登り本来の楽しさもスポイルされてしまった。

初めての海外遠征で感じたワクワク、ドキドキ感は貴重。2006年にハンティントン、2007年にアラスカからボリビアまで遠征をした。未知が多かったので、無駄も多かったけど、オンサイト行為が楽しかった。世界中のどんな山に行っても同じ、楽しいからその行為を繰り返す。


4年連続でアラスカに行っているため、新鮮さが減ってしまった。アラスカが悪いわけではないが、原点に帰り、もっと未知な場所へということで旅に出た。

アラスカからアンカレッジに行き、雪と氷を離れ、乾いた岩登りに出発。2000ドルで車を購入し、フリーのショートピッチからマルチ、トラッドと 7ヶ月登りまくった。ただ、目標としたグレードには届かなかった。各地で凄いクライマーをたくさん見た。

行った場所を地図で振り返ると、北アメリカの西側 1/3程度しか行っていない。行きたい場所がありすぎるが、時間が足りない。

生活は基本的に車で行い、車の中にボルダーマットを敷いて、後部にシステムキッチンを作った。車中でトータル 160泊し、疲れたときは時々モーテルを利用して泊まった。

色んな人にお世話になった。スティーブ・ハウス宅に 3週間泊まったり、他にもクライマーの家にお世話になった。岩場で会えばすぐにセッションになるし、家に行けばパーティになる。クライマーはみんなフレンドリーで、クライミングのなせる技だと思う。

ワイオミングで会った 1人のアンバサダーに、Giri-Giri Boysのクライミング哲学に関して聞かれたが、うまく説明できなかった。興味を持ってくれるのは嬉しいし、そんな会話から新しいモノが生まれてくることがある。アルパインクライミングをやっているだけ、山の中にいただけでは駄目だということがわかった。

10月にインディアンクリークに行ったとき、International Climbers Mtgに参加し、昼はただひたすら登り、夜は焚き火を囲んで馬鹿話をするという 5日間を送った。いい時間を共有するイベントだった。アメリカクライミング界の重鎮、ジム・ドニーニと話をした。彼が言うアメリカが誇る岩場は2つ、ヨセミテとインディアンクリーク。そんなクライミング文化を自慢げに話す笑顔がクライミングの文化なんだろうなということを実感した。

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ワシントン州にある Index Town Wallというローカルな岩場に行ったときも、地元の人が嬉しそうにルートの説明をしてくれた。海外でも日本のクライミングに興味がある人は多く、今自分が住んでいる瑞牆のクライミング、文化を伝えることを考えた。このクライミング文化は守っていかないといけないこと。


アメリカのクライミング雑誌・Alpinistの前編集長であるクリスチャン・ベックウィズのワイオミングにある家に泊まったとき、ローガン南西壁の写真を見せられ、衝撃を受けて行くことに決めた。3000mの未踏壁で、天気が非常に悪く、周囲に何もない。

この壁に昔からトライし続けているジャック・タックルという55歳のおじさんがおり、彼にトライすることを伝えたら、表情が変わり、「あれは俺の壁だ。」と言い出した。驚きつつ感心もした。情熱はあるし、体力も技術もある。彼のような高い情熱を持ち続けてクライミングをしたい。

それからカナダのキャンモアに移動して、アイスやミックスの壁を登りまくり、ローガンのパートナー、岡田さんと鳴海君を迎える。


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氷河に入るとローガンにトライすることの難しさを理解した。毎日悪天で雪が降り、山には雲がかかっており、山がでかい。下界からは 150km以上は離れていて、周囲には何もない。GPSも持っていないので正確な場所がわからない。氷河の源流なのに幅が 10km以上ある。壁にトライして悪天になったら、ベースキャンプを見つけて戻ってこれるか、怪我したらどうするかなど不安要素が大きかった。

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大自然の中にたった 3人という非常に贅沢な環境で、五感を駆使して山に取り付くというやりたい山登りができるということで、凄く興奮した。

連日天気は悪く、セラックの崩壊音が頻繁に聞こえた。入山にも時間がかかるし、偵察も天候が悪くて上手くいかず、不安要素が多く、自殺行為ではないのかと考えることもあった。アルパインクライミングは不安要素との戦い。鳴海君は不安要素が強いということでトライをやめてしまった。

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岡田さんと 2人で決行することに。決行と決めたら、あとはただ登るだけ。壁の中では 1日 1000kcal程度しか取れない状況で、20時間以上行動を続けた。心身ともに疲れた。テントもまともには張れないし、気温は -30度前後。心の持ち方が非常に大事で、アルパインクライミングでは楽観的に行けるか、やっていることを楽しめるかが鍵。

3日連続で晴れた。晴れが続くことは滅多にないため、上に行って悪天になったらどうしようという不安が常にあった。当初は懸垂で下りる予定だったが、トラバースが多く、岩も脆く、天気が崩れると雪崩の巣なので、同ルートの下降は無理とわかり、登るしかない状況になった。

しかし、いつまでたっても壁の終わりが見えない。セラックの上が稜線だと思うが、セラックを抜けられるのかという不安があった。夜 11時にセラックの脇から稜線に抜け、シュルンドにナイスなビバークポイントを見つける。数歩歩いては立ち止まるというヘロヘロな状態。靴がガチガチに凍りついていて脱げない。ダブルの革靴にオーバーシューズを履いていたが、靴下まで凍っていた。

夜は寒くて一睡もできず、岡田さんがガスカートリッジを落としてしまう。アルパインクライミングの遠征では、危機的状況の連続で気が休まる暇がない。

アルパインクライミングを何でやっているのかを示すのは難しい。日常見れない風景が見れる、非日常を体験できる、全て自分でやりくりするところが好き。また、一緒にいて楽しく、ストレスが溜まらない、お互いに認められる仲間がとても大事。

ローガンが 4日連続で晴れた。今回は本当に運が良い。しかし山頂はまだ 4km先。数時間歩いたがまだまだ先。アルパインクライミングは山頂が終了点だと考えているので、山頂へは行きたいが、寝ていない、食べていないので歩くのが本当につらい。岡田さんと 30分議論した末、安全策を取り、仕方ないけど下山することに決めた。

荷物をまとめて、出発するときにちょっとした溜息が出てしまったが、それを聞いた岡田さんが、やっぱり行こうと提案し、やはり行くことに。シビアな状況で、心理的な疲労も大きかったが、天気が良いなら山頂へ向かう。3時間後に山頂へ到着。今回は本当にへばったが、これまでにないほどの感動を得られた。

山は常に迷わせるし、考えさせる。その考えるプロセスでクライマーは何かを感じることができる。自分が知らないことは常にある。どれだけ本気になって物事に取り組めるかが大事。

歩いてさえいれば帰れる場所まで下りてきたときに、1ヶ月の不安から解放された。たった 5日間だけど、長い旅の後のような気分だった。今回の遠征ではローガンの全てを受け入れられたと胸を張って言える。

クライミングの世界は狭く、今回のツアーは出会いと親切に支えられた。ローガン南壁も、その間に出てきたアイデア。色んな人がアイデアをくれた。そこで今回のルート名は仲間とのつながりから「糸」にした。


帰国後 1週間でパキスタンへ飛び、ラトック 1峰へトライしたが敗退した。しかし、成功も失敗も素晴らしい経験になる。登れない壁があることは良いこと。また行く理由ができるし、得られる物がある。クライミングは人と人を繋ぐツールだ。

現在は山梨県北杜市に住んでいる。色んな人が遊びに来てくれ、北米ツアーの続きをしている気分。クライミングが色んなことを教えてくれるし、繋がっていることが楽しい。まだまだ色んなクライマーと知り合いになりたいので、今後ともよろしく。

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Q&A
Q. オススメの夏のクライミングルートを教えて。
A. 北ア・錫杖。ロケーション重視。色んな難易度のルートがあって楽しい。

Q. 山に必ず持って行く物は?
A. お酒。特にゲン担ぎはしない。最近はお金がないし、体重も気にしているのでお酒はやめている。

Q. 生活費は?
A. ツアー前にお金を貯めて、サラリーマンをやめてツアーに行った。現在は山関係の仕事を色々としている。出費が少なければ収入は少なくても良い。無駄が少ない生活をしている。山に行きたいので、交通費のかからない山の近くに住んでいる。

関連リンク
パタゴニア:パタゴニア直営店 ストアイベント



関連エントリー
横山勝丘講演会 「ラインを引く」 (2007/1/24)



2010年12月17日

[記録]城ヶ崎・バンブー北の磯

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久しぶりに吉田さんと城ヶ崎でクライミング。天気は曇っていましたが、風もなく比較的穏やかな一日で、寒くもなく、暑くもなく適度な日和りでした。今日はバンブー北の磯へ。

初めて来るエリアでしたが、下地は低いものの、立派なルーフ帯があってびっくりでした。ルート課題だと、スパニッシュダンサーや熱川ダンサーがあるエリアです。

吉田さんはそんなルーフ帯にあるボルダーのプロジェクト課題、ダイバー漂流、チュパカブラ、スーパーコウモリの 3課題を交互にやっておられました。

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当方はロープ課題を。初めてのエリアだったので、アップのつもりで Mo(5.10b?) というナチュプロルートに取り付いたのですが、上部がもれなく崩壊中。抜け口がとにかく怖いルートでした。

続いて、バイオミンクラック(5.10c?)。やはり、こちらも上部が絶賛崩壊中。前半にある核心よりも、岩質が変わってからの方が核心でした。5.10c だと思って取り付くと大変なことになりますのでご注意。体感 5.11a。

吉田さんが切り上げるタイミングの 14:30 で本日は終了。日没までは、周辺のイサリビからカメノテまでのエリアをうろうろしてみましたが、意外なルートにチョーク跡が残っていたりと、なかなかに楽しい散歩となりました。

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関連リンク
吉田クライミング日記 : 12/17



 
 
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